61 ことの顛末の報告
〈セシア〉
街は活性化していた。
森の主、タイタンタートル討伐で盛り上がっているのだ。
英雄ガルダリア様の偉業として。
そんな彼の凱旋は、それはそれは盛り上がった。
危機的な状況を打破した人間というのは普段よりも勇ましく見えるものである。
事実そうした経験を積める人というのは実力があり、素晴らしい運という奴を持っている。
人々はそんな人間を英雄と呼ぶのかもしれないし、そういう印象を漠然と抱いている。
今回の場合は再度、そう思ったのだろう。
森の主を倒した。
森の主の侵攻を英雄ガルダリアが止めた。
皆口々に言う。
確かに間違ってはいない。けれど実際は遅れて来て盾を構えていただけの人だ。
別にガルダリア様……ダイン団長のことを非難したい訳でもないし、尊敬できる人だとは思うが、活躍したのはシスイさん達や城壁を守っていた兵士の方々だ。団長よりも彼等の功績の方が上だ。
けれど記号として英雄という言葉は便利らしい。
今回の件を住民が知る上で、詳細な報告書よりも英雄譚の方が記憶に残りやすい。
大抵事件というのは被害者、加害者が何をしたのかという関心よりも、その人物の背景が注目される。
同情を誘う過去があれば涙を流すし、勇気ある行動は称賛される。
ただし、正確かどうかは置いてけぼり。
すりガラスに映った像のような情報に私は魅力を感じない。
「正確じゃないのは駄目なのかしら?」
「駄目ですよ。正確であればあるほど良いに決まってます」
リズさんは机に頬杖をつく。
ここはギルドの受付カウンターの裏。主に事務作業をする場所。
そこで今回の件の報告を彼女に話していた。
私は続けて言う。
「もっと評価されて良い人を差し置いて広まっているのが嫌なだけです」
「評価しなくてはいけない人間がしっかりできていれば、それで良いのよ」
「そうでしょうか?」
「少なくとも、ギルドはシスイ達の活躍を評価しているわ。貴方のこともよ。でも普通に暮らしている人に対して、正確さはあんまり重要じゃない。それよりもこんな事件があったと伝わる方が大切。英雄譚みたいにして頭に残りやすくするの。そうしたら、それを聞いた人の何人かに関心が芽生えて、調べて、正しい評価に行きつくかもしれない。感心がない人も、英雄譚なら耳に残るでしょ?」
「ガルダリア様の魔法の為ですか? アレは他人のイメージを具現化するものですから」
「ええ、そうよ。あと、そのことをあまり人が聞いてるかもしれない場所では言わないで頂戴」
「あ、すみません……。それと、あの、だから、情報が脚色されてる理屈はちゃんと分かってます。文句じゃないです。個人的な見解ってだけです」
「知ってるわ。貴女、知識欲の人だもの。チヨのばあさんと一緒」
「まあ、一応師弟なんで」
「じゃあ、報告の続きをお願い」
私は手にした報告書に視線を落とす。
「タイタンタートルは再生に体力を回した為か、自力で動ける状態ではなかったのでギルドの人間を招集し、元居た森まで運ばれました。暴れる様子はなく、安定していたとのこと。森に運ばれたタイタンタートルは触角を折られたことで再生能力が落ちていたらしく、現在キャンプを設営し、竜の専門家が付き添いで治療を行っています」
「卵はどうなったかしら?」
「残念ながら、一つを除いて全滅でした。何とか残ったのはリアックが持っていた割れた卵だけで……。卵の殻が龍脈エネルギーを吸収の効率を下げていたのではないか、と考察されています」
「子を守る為の殻が仇になるとは、悲しいな」
口調が男性的になる。
冒険者だった頃の感覚に戻っているのかもしれない。
「ええ、そうですね……。続けます。割れた卵はタイタンタートルを治療しているキャンプで成長を記録、観察をしており、このことで親のタイタンタートルが暴れる様子は現時点で見られていません」
「一個残ってくれただけでも幸いか。しかし殻の割れた卵というのも無事に生まれてくるか心配なところだね。生まれたとしても障害が残るかもしれない」
「そうですね」
「そっちはどうなの?」口調が戻る。
「え?」
「貴女のことよ、セシア。強引な龍脈との接続での後遺症。あるんでしょう?」
「そんなもの、ありませんよ」
左手に持っていた報告書を持ち替える。
バラバラバラ!
……持ち替えた、つもりだった。
掴んだと思った紙の束が、何故か床に落ちていた。
「右手の麻痺? それが後遺症?」
「誰から聞いたんです?」
紙を拾う手を止める。
「貴女の弟分からよ」
「そうですか」
きっとリアックだろう。
彼にこのことを話した覚えはないが、変なところで彼は感が良い。
「で、どうなの?」
「……杖から龍脈を吸い上げ、右手から体に流してたんです。一番龍脈に晒された右腕の神経から首の方まで神経が傷んでしまって。そこから痺れが来ているらしいです」
そのせいで握力が激減した。
杖や本が重く感じる。
スプーンでさえ重く感じたときは愕然とした。
コップを派手にこぼすことも増えた。力が入らず、滑ってしまうのだ。
「私の手を握ってみて」
リズさんは手を差し伸べる。
その手を握る。
「本気で握れ」
自分の渾身の力で握る。
「ふうん、幼児以下だね。いや、元々こんなものだったかしら?」
「いくら運動してなくても、左はもっと力あります!」
抗議するように右手に力を入れるがプルプル震えるだけだった。
「それでこれは治るの?」
「完治は厳しい、らしいです。首の中枢神経の損傷から来るものらしいので。ですが、痺れを抑えたり、握力を戻すことはできるみたいです。……チヨ師匠曰く、ですが」
「なんとも信用できるソースだな」
「ええ、一体何をされるんでしょうね」
多分彼女のことだ。
まともな治療ではないのだろう。
キノコの菌なり、寄生虫なりを植え付けたりするかもしれない。魔術だったとしても、普通のものではないだろう。
まさかそんなことをするはずがないだろう、と否定しようにも喉に言葉が引っ掛かる。
突飛な人なのだ、私の師匠は。
「そういえば、シスイ達は大丈夫だったか? 真っ正面から立ち向かったんだろう?」
「ええ。シスイさんは首と足に浅い切り傷。フェリーさんは肺に穴が空いていたそうですが、自力で治したとのこと。今日の昼には街を出発するそうです」
「おいおい、随分と早いじゃないか。森の主を倒して、まだ三日くらいだろう」
「確かにもう少しゆっくりしても良いとは思いますが、何かしら急を要することでもあるのでしょう。ギルドカードのこともあるでしょうし」
「そうだね。確かに」
「報告は以上です」
「ご苦労様。これからシスイ等の見送りに行くのかい?」
「ええ。リズさんも行きますか?」
そう聞くと、首を振った。
「私は良いわ。忙しいから。私の分もよろしく言っておいて。あと報告書はそこの机においておいて。見返すから」
私は持っていた報告書を机に置く為、無意識に右手へ持ち替える。
持ち替えた途端にまた落としそうになってしまい、すぐさま両手で持って、机に置いた。
これは、慣れるまで時間が掛かりそうだ。




