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59 理想の末端

〈リアック〉


 人力で馬車を引いていた。

 後ろには森の主の卵とセシアが乗っている。

 珍しく汗を掻いている。普段ならこのくらいで汗は掻かない。

 浮足が立ち、変な緊張感が足に纏わりついている。


 汗が背中を伝い、傷口をくすぐる。

 冷たい。

 そう勘違いする。

 実際は塩分を含んだ汗が背中の傷を鋭く刺しているだけだ。

 セシアの傷薬で幾ばくかマシではあるだろうが。


「リアック、待って!」


 セシアの声に足を止める。


「何かあったか?」


「タイタンタートルがついて来てないわ。こっちに見向きもしない」


 彼女は森の主の方を見ていた。

 僕もそちらを見る。

 タイタンタートルはブレスを溜め始めていた。

 そしてその前に、シスイさんとフェリーが立ちはだかるようにいる。


「作戦が失敗したんだわ! 引き返して加勢しないと……!! リアック?」


 けれど、僕の視線は彼等の危機的な状況よりも別のことに意識が向いていた。

 彼女の言葉は半分程しか聞こえていない。

 僕の意識は森の主の卵に向かっていたのだ。

 というのも。


「卵の光が消えかかっている……」


 つい先ほど、街に入ったときは夜空の星をそのまま持って来たかのような綺麗で青白い光を放っていたというのに、今はほとんど光っていない。

 布をかぶせて暗くすれば、なんとか光っているのが分かる程度にまで輝きは落ちていた。


「え……?」


 セシアも卵を見る。

 どうやら僕の気のせいではないらしい。

 彼女も驚いている。


「どうしてだ! さっきまであんなに光ってたのに! 助けを呼ぶみたいにピカピカって! なあ!」


「……もしかしたら、あのブレスのせいかもしれない。タルポルポさんが言っていたでしょう。ブレス器官というのは龍脈のエネルギーを吸収して、体内に取り込む器官だって。そして卵の栄養も龍脈が必要になる」


「つまり?」


「タイタンタートルがブレスを撃つ為に龍脈を吸収したときに、卵の中の赤子が生存する為のエネルギーも吸い上げてしまったのよ。今の卵は窒息死寸前みたいな状態ってことよ」


「森の主がそんなことする訳がない。きっと、卵が近くにあることに気づいていないんだ」


「きっと命の危険を感じてやむを得ずやったんじゃないかしら」


「いや、絶対にないよ」


「あなたはタイタンタートルの何を知っているのよ?」


 セシアは鋭い口調で言う。

 僕はその言葉を無視して馬車から手を離すと、卵の中で一番光が強いものを持つ。

 それはタルポルポが叩いて割った卵だった。少し欠けた場所から、中の子供が僅かに見える。


「ちょっと!」


 セシアは僕の服の裾を掴んで止める。


「生態とか、ブレス器官とか、そういう専門的なことは分からない。でも、森の主が愛情深い母親だってことは分かる。だって、遠くまで吹き飛ばされたのに、子供の助けを聞いてここまで来たんだから。自分のことよりも子供を大事にしてるってことだろう?」


「何するつもり?」


「卵を持っていく。子供の危機を知ればあのブレスも止まるはずだ」


「な⁉ 危険過ぎる。下手したらあなたのことを卵泥棒だと思って標的を変えるかもしれない」


「それでもやらんよりマシでしょ」


 彼女の手を振り払う。

 そして、走り出した。

 迷わず真っ直ぐに。


「ああもう! どうしてアレは馬鹿正直で迷わないのっ!!」



 ◇ ◇ ◇



〈シスイ〉


 後ろから歩いてくる大きな影。

 頑丈そうな兜と鎧を纏い、カチャカチャと金属音を鳴らしながら歩いてくる。

 顔こそ見えないが、とても親しげだ。


「お前は!」


「ダイン!」


「待たせたな」


 鎧は早朝にすれ違った隣人に挨拶でもするかのように手を上げる。


「「遅過ぎるわっ!!」」


 声がハモった。


「数分前ならいざ知らず、オレのバリアほぼ決壊寸前だわ、ボケナスが! こっからどーやって状況を打破すんだよ、すっとこどっこい!!」


「そんな盾でどうこうできるものでもないだろ! 肉壁か? 肉壁になりに来たのか?」


「罵倒したくなる程に、この俺を恋焦がれてくれたのか。遅れて来た甲斐があったってもんだ。はっはっはっ!」


「「笑いごとじゃねえーよ!!」」


「しかし肉壁も良いが、それよりも良い壁がある」


 ダインはフェリーの前に落ちて来た盾まで歩いてくると、手を置く。


「見せてあげよう。何故俺が英雄と呼ばれるか、その所以を」


「おい、ちょっ、もう本当に壁が崩れるぞ!」


 フェリーは叫ぶ。

 それとほぼ同時、バリアは崩壊する。

 ダインは片手で大盾を持ち上げ、ブレスを正面から受けた。

 その光景は、かなり不自然に見えた。


 地面を抉り、壁を崩壊させる程のブレスを防いでいるというのに、彼はブレスに怯みもしない。力みもしない。地面に踏み込む様子もない。紅茶を飲む貴人のように自然体だ。

 大量の水でゆるくなっている地面に立っているはずなのに、足が沈んでいないという点もおかしい。

 その後、彼の全身は不思議な光を帯びていることに気づく。


「嘘だろ、おい……絶対おかしいだろ」


 フェリー口をあんぐり開けている。

 ボクも同じことを思った。

 まるで騙し絵を見ているかのような、そんな気持ちになった。

 

 ダインはバリアの先にいる森の主の方を向く。

 表情は見えないが、彼の纏う陽気な雰囲気が変わるのが分かった。劇的に変わった訳ではない。しかし僅かな緊張感が漂い始めた。

 

「『窓を開ける(ティア・オープン)』」


 ダインはそう呟いた。

 声が二重になって聞こえたような気がした。

 途端、大盾の正面が門のように開く。


 門からは白い霧のようなものが噴き出して来る。光に屈折しているのか、僅かに虹色に輝いていた。

 霧はやがて雲のように濃くなり、輪郭を、像を得ていく。


 やがてどこからか風が吹いた。

 フェリーのものではない。

 もっと何か別の場所、この平原とは違う匂い、温度……、色をした風だ。色というは、風という空気の流れを表現するには適切ではないのかもしれないが、ありのまま感じたことを説明するにはこれが一番適当に思えた。


 何色と言えば良いだろうか。

 赤、青、黄色、緑……そのどれもが当てはまりそうで、そうではない。

 常に変化し続ける、変動し続ける、改変し続ける、脈絡のない夢のような色。

 極彩色の風。

 

 そんな風が輪郭を帯びた霧を吹き飛ばす。

 霧が散った後には、巨大な壁が建っていた。

 ガラスのように透き通り、水のように光を屈折させ像を歪ませる異彩の壁。

 それがダインと森の主の間に隔てられていた。


嗚呼、なんて(ホロウワールド)つまらない世界(・ダインスレイブ)』」


 ピリオドを打つように、そう呟く。

 ブレスの水は壁に当たるが、衝突音は聞こえない。

 それどころか、水の跳ね返りもない。

 まるで壁がブレスを飲み干しているようだった。

 ダインはこちらに振り向く。


「さあ、一旦は大丈夫だろう」


「これは一体?」ボクはダインに尋ねる。


「これか? ううむ、どう説明するかあ……」


 頭をポリポリと掻く。

 そして尋ねる。


「シスイ、お前は魔術の基礎はどれほど知っている?」


「基本的なことは大体。チヨさんから叩き込まれた」


「魔術の基礎的な形態というのも知っているか?」


「術式という導線に魔力を流すことで発生する仮想の自然現象だろう? 使う際は減少に対する正確な知識とイメージがあるとより安定すると学んだ」


「そうだ。数式で言うなら『術式+魔力+イメージ』と言ったところか。しかしイメージというのは他二つに比べて酷く曖昧な表現だとは思わないか?」


「言われてみればそうだが、それが今のことと関係するのかい?」


「『この壁が何か』という問いには必要だ。『イメージ』というのは言い換えると『人が持つ運命力』のことだ。これはチヨからの受け売りだけれど、なるほど納得といった印象だ。他の魔術師は『イメージ』というものに対してそれほど関心を示さなかったが、彼女はイメージを魔力とは別の『エネルギー体X』と思っていたようだからな」


「運命力か。ボクからすれば『イメージ』も『運命力』も大した差は感じないけれどな。だが聞いた感じ、なんだか……こう、惹き寄せるような印象を受けるな」


「そう。運命力とは事象や結果を引き寄せる力のことを指す。その力を基にして行使する技こそ『魔法』だ」


「魔法……魔術と具体的にどう違うんだ?」


「魔術とは『魔を持ってすべを得る技』であり、魔法とは『魔を持って法を敷く技』である。ようはベクトルの違いなんだ。術式を基盤として魔力をもとにするか、運命力をもとにするか。比重によって在り様が変化する。


 魔術は『世界に寄り添った技』だ。『世界のルールに従う技』とも言える。世界の法則に既存したものであり、術式とは法則の数式化、具現化だ。だから星を流転する魔力をエネルギー源にする。


 魔法というのは逆に『世界にルールを押し付ける技』なのさ。世界の法則に属さないから魔法には明確な術式というのがない。それらは全て頭の中で完結しているんだ。

 しかしそれは魔力という膨大な資源をほとんど使えないことも意味している。魔力は世界の法則に則ったものだ。術が魔法の方へと傾けば傾く程、魔力という星の資源は使えない。頼れるエネルギー資源は自身のインスピレーションだけと言える。


 だが、その分、行える偉業は無法だ。理論上何でもできてしまう。

 といっても、現実はなんでもはできんし、行使するにも見合った手順や条件、代償というのが必要になるんだがな」


 ダインは扉をノックするように大盾を叩く。


「俺の魔法は『自分、あるいは他人の理想を窓を通して具現化させる』という能力だ。窓に大した制約はない。ただ俺が『これは窓だ』と思えさえすれば窓になる。今窓にしているのはこの盾と、俺が着ている鎧だ」


「それってつまり、ダインの思うがままに好きなものを出したり、できるようにしたりってことができるのか? すげーなおい」フェリーが言う。


「まさか。俺の運命力じゃ、せいぜい別の世界の窓を開けて覗き見るくらいだ。だから一工夫した」


「一工夫?」


「多くの人間に『英雄ガルダリアは理想の英雄である』と思わせることだ。するとそれを信じる多くの人間の想像力が、俺に集まる。想像力とはつまりイメージ、イメージとは運命力だからな。石像やマスコットもその一環だ」


 そうか。

 だからあの巨大な石像か。

 街の真ん中に建っていた巨大なガルダリア像というのは、自身の権威の象徴のようなものと考えていたが、それよりはガルダリアという英雄が偉大であるというイメージを植え付ける為のツールだったのだ。

 どちらかといえば、偶像崇拝の側面の方が近いのか。


「ただあ、こいつは欠点もあってな。大多数のイメージに俺自身が引っ張られちまう。例えば『英雄ガルダリアは肝心なところで星の巡りが悪くなる』とかな。誰が考えた設定なんだか」


「遅刻の理由としては便利だな」呆れた様子で肩を竦めるフェリー。


「言うねえ。ま、俺がダインとガルダリアという顔を使い分けているのもこれが原因だ。多くの人間の運命力を束ねるとついそちらに寄っちまう。自分の意思とは関係なくな。それをダインという顔を被ることである程度避けることができる。だから、この魔法を使うにはこの鎧と兜、大盾が必要なのさ」


「その姿そのものが、ガルダリアというキャラクターであり、記号なんだね。縛りであると同時に安全装置でもあると」


「そういうことだ。しかし生憎、今の運命力だけではここまでが限界のようだ。壁を模した巨大な『窓』を建てることで精一杯。森の主を打破する手段はない。同時に膠着状態にも入った。ブレスがこちらに届くことはない。壁という形を取った別次元の『窓』を超えることはできないからだ。こちらからは干渉できるがね。マジックミラーみたいなもんだから」


「ならこのまま、森の主が諦めてくれるのを待てば……」


「いや、早々に決着を付けなくちゃならない」


 ダインは断言する。

 フェリーも同じことを思ったらしい。

 ダインの言葉に続く。


「アイツは今、過剰に龍脈を消費している。龍脈は確かに凄い力だし、この星があり続ける限り無尽蔵だけれど、ノーリスクっていう訳じゃない。そのリスクは使用者よりも大地に対しての比重がデカい。触れれば流れが変わるし、使えばその分、はねっ返りが来る。このままじゃ周辺の大地が枯れる」


「……倒さなくちゃ、ならないのね」


 先程までは切迫していたから、生きるか死ぬかの駆け引きをしていたけれど、そうでなくなった途端、理想が這い上がって来る。

 殺したくない。この生き物を。

 そういう感情が、だ。

 セシアちゃんが教えてくれた卵のことが、よりこの思考を強くした。


 先程までそんな思考を忘れていたというのに。

 なんて自己中心的。

 なんて偽善的。


「言ってみろよ、シスイ。何か考えがあるのだろう?」


 何となく心中を察したのだろう。

 今のボクは、空気が抜けて萎んだ風船みたいに見えているだろうから。


「……別に戦略的なアレがある訳じゃない。あるのは、ただのボクの我儘だ」


「別段、我儘を言うくらいは良いだろう。それで何かが変わる訳じゃない」


 彼は真剣な様子ではなかった。

 普段通りのおちゃらけた雰囲気だった。

 返ってそれが、ボクの口を緩めた。


「……ボクは、あの森の主を傷つけたくない。殺したくはない。できることなら卵を返還した後に、森へ返してやりたい。偽善と言われるかもしれないし、笑われてしまうくらいに甘いのかもしれないけれど」


「俺はその考え、良いと思うぜ」親指を立てながらダインは言う。


「おっさんの悩みに対して軽っるい返しだな、おい」フェリーはツッコむ。


「俺の辞書にはそもそも『偽善』という言葉は存在しない。前にも言ったように俺にとっての善意は『理想に近づく為の手段』だ。手段に本物も偽物もない。だから、アンちゃんにとってそいつは、理想に近づく為に必要な手段なんだろう」


 彼はボクの肩に手を置く。

 まるでボクの思考を肯定するかのように。


「俺は理想を追おうとする奴等の全てを肯定する。俺自身が理想を追う人間の末端だからだ。だから、アンちゃん、その選択がお前の理想を叶える為の手段だというのなら、思うようにやれ」


「善意の在り方に関しては共感できないけれど、その『偽善という言葉が存在しない』って奴は……嫌いじゃないらしい」


 瞳を閉じる。

 気持ちを整理する。

 そして目を開け、フェリーの方を見た。


「森の主の頭を醒ましてやろう、フェリー」


「ああ、やってやろうぜ!」


 丁度、指に魔力が全て移った。


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