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57 奥の手

「奥の手、ですか?」


 ボクは首を傾げる。

 ここはチヨさんの家から少し歩くと着く林。

 そこで魔術の実践練習をしていた。


「ああ、そうさ。もっとも奥の手と言う程大したものではないがね」


 彼女の手には手袋。

 ボクの魔術をサポートする為、フェリーの毛を編んだ『魔毛の手袋』。

 手袋に付いているプレートが、魔力を帯びて僅かにキラキラと光っている。


「これには隠し機能が二つ備わっている。一つは守りの『グロウガンド』。もう一つは攻撃の『魔弾』だ」


「『魔弾』……ですか」


「正式名称はない。今適当に付けた。というのも、この技はただ魔力を放出するだけの単純明快なものに過ぎないからだ。多少威力が増すようアレンジは入っているがな。後で自分で名前は決めろ」


 そう言うとチヨさんは目の前の林に向けて指鉄砲のポーズをする。

 実際に見せてもらえるらしい。

 その自然な動作から、どこか使い慣れている雰囲気を感じる。


 構えると同時に、手袋に付いているプレートが二枚光り出した。

 そして光は彼女の人差し指の先へと集約されていく。

 やがて完全に光は指先に移る。この間、約二秒。


 瞬間、目の前に閃光が走った。

 赤白い閃光。

 閃光と言ったが、どちらかと言えばビームに近い。

 ビームは一直線に林へ走る。

 目の前には沢山の木々が立っていたが、それをものともせず光は焼き、砕き、押し倒し、ねじり、回転し、貫通して、障害全てをなぎ倒していく。


 ビームが消えた後には、常軌を逸したエネルギーの放出で抉れた地面と、不自然に穴が空いた木が立っていた。木は少しするとギシギシと大きな音を立てて倒れた。

 チヨさんはそれを何ともない様子で、ボクは唖然として見る。


「こんなもんか。まあ、好きに使え」


「使えるか、こんなもの!!」


 何に対しても対抗策なのか、見当もつかなかった。

 そう尋ねると、彼女はただ一言「自衛」と言った。


「何に対してを想定してます、これ?」


「盗賊とかにでも撃てば良いだろう」


 人に使えは死ぬどころか塵になる。

 こんなもの、冗談でも向けてはいけない。

 しかし、その感覚がよく分からないらしく「半殺しよりも殺し切った方が得だろうに」と、まるで「タイムセールの方が安い」とか「ポイントカードは溜めといた方が良い」みたいなノリで言う。

 

 普段なら共感の糸口を探ろうとするが、今回ばかりはできなかったのを覚えている。

 チヨさんは包丁のようにコレを見るが、封印しなくてはならない代物だ。

 何があっても使ってはならない。

 だが……。


「奥の手を使う」


 そう思っていたが、解く。

 もうこれしかこの場において手段がない。


「ボクの手袋には強力な魔術が込められている。それで森の主を撃ち抜くしかない。現段階で、これが一番威力がある」


「それは、バウアー殿のよりも強いのか?」エカユイが尋ねる。


「まあ、多分。これは一種のビーム兵器みたいなものだから」


「どうして隠してたんだ? あればもっと違ったろうに」


 エカユイの声色からして素朴な疑問として尋ねたのだろう。


「自分で使ったことがなかった。完成度の高い作戦に不確定要素を入れるというのはね、抵抗があったんだ。でも、こうなってしまったら出し惜しみはできない」


「何か俺にできることはあるか?」エカユイは特大剣に触れる。


「もし、仮に、チヨさんと同じものができた場合、前にいると巻き込まれてしまう可能性があるから避難してくれると助かるかな。それと、主の後ろにいるカルデス達にも離れてくれるように伝えてくれ」


「分かった。カルデス達にはこちらで撤退の合図を送ろう」


 そう言うと、彼はセールを連れてすぐに動き出す。

 行動の迅速さから彼等がプロであることを知れる。頼りになるし、心強い。


「おっさん。オレは?」


 二人がいなくなったのを確認して、フェリーは聞く。会話を邪魔しまいとしていたのだろう。


「お前には働いてもらうぞ」


「お、オレには仕事があるのか。良いぜ、何をすれば良い?」


「この奥の手は少し時間が掛かる。撃つ前にブレスが来る」


「おいおい、大変じゃねえか。ぼさっと話してないで今すぐ始めなきゃ!」


「実はね、フェリー。もう撃つ準備を始めてるんだ」


 フェリーはボクの手袋を見る。

 プレートから光が漏れ出し、指先に向かっている。

 けれどチヨさんのように数秒でとはいかない。

 ボクの低い魔力出力が関係している訳ではない。プレートに溜まった多量の魔力の操作が難しいことと、初めてする魔術だから全く慣れていないことが原因だ。


「つまりオレの仕事っていうのは、少しの間、主のブレスを防いでくれってことか」


 かなり無茶を言っているという自覚はある。

 もし断られても文句は言えない。

 もとよりボクが勝手に体を張っているだけなのだから。


「なるほどな。それはどれくらい掛かる?」


「……お前は文句も言わず、了承してくれるね」


「言う訳ないだろ。後方で指示するならまだしも、おっさんが一番前に出て言ってるんだから。それに友達を置いてなんて行けるはずないだろう? オレをあまり過小評価するな」


 友達か。

 会話の中では使うが、自分の周囲にいる人間関係の名称としては久しく使っていない言葉だった。

 押し入れから古いアルバムが出てきたかのような懐かしさを感じる。


「友、達ね。何歳差なんだろうね」


「友達」という言葉は埃を被っていた。

 だからかイントネーションを探っているみたいな言い方になる。

 久々に口にしたからか、僅かな恥ずかしさがあった。


「半世紀以上だな。ほら、そんなことを言ってないで、さっさと言う」


「え、あ、ああ、そうだな。あと、一分くらい欲しい」


「多く見積もって?」


「最短でだね」


「こいつはまた大仕事だな」


「時間外労働手当は出すよ」


 フェリーはボクの前に後ろ足で立つと、前に手を突き出す。


「その言葉、忘れないからな!」


 彼の手に風が集まってくるのが、皮膚で分かる。

 腕からはジェットエンジンのような高い轟音。

 手に溜まった風は前方で広がり始め、巨大なカーテンのように成る。

 フェリーが戦う時に纏う風のバリアを拡張したものだろうと、様子で考察する。


(いつもより風が集まりやすい……。そうか、主が龍脈って奴を汲み上げてるからか)


 轟音が更に大きくなる。

 彼の腕は、僅かに黄金色に光っていた。

 肌を撫でる風は突風になり、背中を軽く押す。

 膜は更に大きくなり、城門を包める程にまでになる。


「さあ、いつでも掛かってきやがれっ!!」



 ◇ ◇ ◇ 



〈エカユイ〉


「ちょっと、エカユイ。あんなどこの馬の骨とも知らない連中に任せて良かったの?」


 セールは後ろにいるシスイ殿達を見ながら走り、魅力的なハスキーボイスで言う。


「馬の骨とは冷たいね。ああして一緒に戦えば同志だろうに」


「そういうことを言いたい訳じゃないわ。この街の人間ではないのだから、彼等が命を懸ける必要はない。アタシ達の仕事よ」


「でも、俺達が残ったところでできることはない。それを知ってるからこうして一緒に走ってるんだろう?」


 不機嫌そうに黙り込むセール。

 彼女もこの状況を冷静に把握している。

 自分達の頼りなさも、彼等の期待値も、色々とだ。

 今はシスイ殿達に任せるしかない。


「でも、ただ見ているだけじゃ、流石にな」


「何かあるの?」


「いや何、給料分働くだけさ」


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