表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/74

56 鞘から抜くまでの間

 何が起きたのだろう。

 辺りが真っ暗だ。何も見えない。

 自分は、また死んだのだろうか。

 これは正確ではないな。死んだのはボクではなく、「僕」なのだから。


 そんな思考ができるということは、まだ死んではいないはず。

 死んだときの感触、記憶はボクにもある。

 アレはもっと、虚ろになるような、考えが霧散するような、そういう脱力感があった。

 今のボクに、そういう感覚はない。


 なら生きているはずだ。

 五感を研ぎ澄ませろ。

 何を感じる。


 視覚は、真っ暗で分からないけれど、瞼は動かせる。

 単純に真っ暗な場所にいるようだ。


 匂いはどうだ。

 ……泥の臭いだ。それと、どこか嗅ぎ慣れた獣臭がする。


 音はどうだ。

 隙間風が吹いているような音がする。

 耳元ではないが、かなり近くからだ。


「大丈夫か、おっさん」


 フェリーの声がした。

 これは耳元からだ。


「フェリー、近くにいるのか?」


 耳元でフェリーの口が開く音がしたかと思うと、上の方から光が差す。

 そのおかげでようやく状況がつかめた。

 ボクは小さな空気のドームの中に居た。

 フェリーが風の防御を張っていて、その周りに泥がびっちりと付いていた。だから泥の臭いと、風の音が聞こえたのだ。


「咄嗟に風のバリアを張ったのさ。狭いのはご愛敬。でも、間に合ってよかったぜ。かなりギリギリだった」


 泥はゆっくりと流れてゆき、ある程度落ちると空気のドームはシャボン玉のように「ポン!」と弾ける。

 少し泥が跳ねて、服に付いた。


 何が起きたのかは推察できる。

 森の主タイタンタートルが大量の水を吐き出した。

 水圧の威力は地面を削り取る程。しかも小石を沢山含んだ泥が混ざっていて、触れた者をことごとく粉砕してくるという、恐ろしいものだ。

 それをギリギリのところでフェリーの風が防いだのだ。


「しかし、本当にギリギリだったね。お前の機転に助かった」


「いや、オレの機転と言って良いのかな。アレ、ほぼオートで発動したものだったし」


「自動で展開したのかい? あの風のバリアを?」


「前に言っただろ? 魔力が含まれた攻撃が近づくと、それに反応して風が出るって。アレは自動のバリアと同時に触角みたいな役割もしてくれて、攻撃が近づいてくることが感覚的に分かるんだ。だから近づいてきたら全身に魔力込めて防御すれば良いだけ」


 そういえば、そんな機能がボクの手袋にも付いていたな。


「ということは、森の主がした攻撃は、魔術ということになるのか」


「それは少し違うかもしれない」


「どういうことだい?」


「魔術には近しいけれど、森の主が使ったのは、もっと原始的というか、生体機能みたいなものだ」


「生体機能?」


「角みたいのが見えるだろ? アレを使って地面のずっと深くにあるエネルギーを吸収して、自分の糧にしてるんだ。それが魔力と似た感じなんだ」


「セシアちゃんが戦う前に少し話していたな。確か『龍脈』というのが地面の下に流れていて、魔力よりもずっと効率の良いエネルギーだって。ただ直接使うと人間だと害がある、みたいなことも同時に言っていた」


「龍脈って言うんだな。知らなかった。じゃあ森の主は、その龍脈を使って水に変換しているのかもしれない。それか、周囲の水をかき集めているのか。まあ、いくらエネルギーを使えても、そこまでトンチキなことはできないから、おそらく後者だろうな。そのときに龍脈のエネルギーが水に混ざって、オレが反応することができた」


「なるほどね……」


 そう言いながら、後ろを振り返る。

 そこには半分程崩れた城壁の壁。

 森の主の攻撃の破壊力を物語っている。

 次にまた同じ場所に撃たれでもしたら、壁はあっという間に崩れてしまうだろう。


「そうだ、他の三人はどこに⁉」


 バウアー達はどうしたのだろうか。

 ボクはフェリーがいてくれたので助かったが、他の三人は違う。

 見たところ、泥はかなり遠くまで広がっている。

 それだけあの攻撃の範囲は広いということだ。

 果たして無事なのだろうか。


 すると隣の地面が盛り上がる。

 出てきたのは巨大な剣。

 それとエカユイとセールだった。


「ふぃー、危なかった。特大剣様様だね。流石の頑丈さだ」


 どうやら特大剣を盾として使い、凌ぎ切ったようだ。

 屈んでいたセールも立ち上がる。


「アタシだけだったら死んでた。特大剣を作った職人には頭が上がらない」特大剣をコンコン叩きながら言う。


「二人共、無事だったんだね」


 無事なことに安心する。

 ボクとフェリーは泥に足を取られながら彼等に近づく。


「あの攻撃で、よく無事だったね」


 改めて考えると、アレを武器で耐えるというのは異常なのではないか、と驚嘆の声色に変わる。


「おお、シスイ殿。お二人も無事でしたか。いや、こちらは本当に間一髪でしたよ。そちらはフェンリルのフェリー殿が?」


「ああ、オレの風でバッチリだぜ」フェリーは自信満々に言う。「それよりも、バウアーはいるか?」


 その言葉を聞いて、首を僅かに動かし周りを見るエカユイ。

 やがて軽く首を横に振った。


「いませんな。こちらは俺とセール殿だけだったので」


「……まさか、アレをもろに食らってぐちゃぐちゃに死んじゃったってことか?」フェリーは顔を青くする。


「ぐちゃぐちゃって……随分グロい表現ですね。いやあ、あの人に限って死ぬとは思えませんし、どっかに流されてるでしょ、多分」


「そっちはそっちで随分と軽いね」ボクは眉をひそめながら言う。


「彼とはそれなりに長い付き合いでね。それくらいの男ということは知ってるんですよ。それよりも、今後のことでしょ」


 そう言って、森の主の方を見る。

 森の主は角とエラを震わせて、第二波を放つ準備を着々としていた。

 これほど大地が泥まみれというのに、不思議と湿気はない。

 森の主の眼前に浮かんでいる小さな水滴が、徐々に大きくなっている。


「なりふり構わずってとこだろうね、アレは」厳しい表情のエカユイ。


「おい、三人共。森の主の足を見てくれ!!」


 セールは森の主を指差しながら言う。

 彼女が指差すところには先程切断され、手がなくなった腕がある。

 よく見ると、何か触手のようなものが蠢いている。

 触手の先には爪があった。


「アレは……まさか、手が再生しているのか? この短時間に」驚くエカユイ。


「あの角が原因だろうな。元々高い再生力のある森の主を龍脈エネルギーがバックアップしている」とフェリー。


「このままじゃ、全てが振り出した。せめてコイツの目的が何かさえ分かれば、策なりが思い付くのになあ」


 エカユイは頭を掻く。

 けれどフェリーの方を見て、搔いていた手が止まる。


「なあ、フェリー殿。その赤く光っている毛は一体なんだ?」


「どれどれ……本当だ。お前の毛、光ってるぞ」


 フェリーのちょうど首元が赤くチカチカと光っていた。

 どこか危険を知らせるアラームのようにも見える。


「ちょっと失礼」


 ボクはフェリーの首元に手を伸ばし、毛の下をまさぐる。


「は? え? あ、ちょっとおっさん、勝手に弄んなよ。ぎ、ぎゃははははははは!! くすぐったいくすぐったい!!」


 フェリーの毛を弄ると、何か硬いものが当たる。感触はガラスに近い。

 掴んで引っ張ってみると、機械が付いたガラス板のようなものが出てきた。

 ガラスの部分が赤く点滅している。


「これは、確かバウアーが持っていた連絡装置だったか。何か文字が書いてあるね」


「シスイ殿、それを少し」エカユイが言う。


「ああ」


 彼に手渡すと、ガラスに書かれた文字を読む。


「どうやら緊急時の特別なメッセージが送られているらしい。『コード・レッド。森の主の目的、卵の奪還。こちらに作戦あり』だそうだ。宛名は……セシア殿か!」


「城壁にも攻撃がいったけれど、なんとか無事だったんだね」


 城壁の上を見て、人影を探す。

 するとキラキラと光っている場所があり、人影もあった。光っているのは剣か何かを日光に当てて、反射させているのだろう。

 意図的に光を反射させているところから、こっちに気づいている様子だ。


「追加で文章が送られてるな。『誘導作戦。荷車に卵乗せ、門を出て遠くに行く』だそうだ。どうやら、これが作戦概要らしい」


「おい。街の門から誰か出ていってるぜ。アレはリアックか? リアックが馬車を引いてる。上にセシアも乗ってるぞ」


 仕事が早い。

 もう実行したみたいだ。

 森の主はそちらを向くだろうか。

 そう思い、主の方を見るが反応している様子はない。


 セシアちゃんの当てが外れたか。

 森の主にあるのは、ただの復讐心なのか。

 ボクやフェリーないし、人間に対しての恨みだけなのだろうか。


 違う気がする。直感だが、そうではないという確信がある。

 もし復讐だけが目的だとしたら、何故この力を隠していたのだろうか。

 何故理性的であろうとした。

 さっきと今。森の主にどんな変化があった。

 それが鍵になるような気がする。


 変化といえば……そうだ。

 先程まで感じていた、射殺すように鋭利な殺気が感じられない。

 圧迫感はある。むしろ増している。

 けれど、逃げているときほどの息苦しさではない。


 この差は一体何なのだろうか。

 その答えを、森の主の目を見て気づく。


「おいおい、止まる様子がないぞ。セシア殿の仮説は外れたのか?」


「……いや違う」


「違うって……分かるのか、シスイ殿」


「アレは、森の主は、ボク達が見えていない。そして多分、卵も、壁も」


「どういうことだ?」


「バウアーの最後の攻撃がマズかったんだ。パイルバンカーで頭を砕いただろう? きっと脳に致命的なダメージを与えた。再生能力が高いから死にはせず、ああして体を動かせているけれど、完全に治った訳じゃない」


 森の主の腕に注目する。


「腕がまだ蛆のようにうねっているのを見ると、瞬く間の間に再生することはできないのは察せる。脳みその再生も完全じゃない。だから森の主は、目の前で何が起きているのかを理解していない。今の彼女は生存本能のみで暴走する怪獣だ」


 エカユイは納得するように頷いた後、顎に手を添えて唸る。


「なるほどな。しかしそうなると、現段階では手段がない。アレを止めるには、少なくともバウアー殿が使っていたパイルバンカーと同等か、それ以上の火力が必要になって来るのだからな。しかも時間の猶予もない。即効性が求められる。俺の特大剣も、こう距離が離れてしまっては壁として使うのがせいぜいだ」


「セシアの誘導作戦もおじゃんだし、どーすんだよ、おっさん!」フェリーが叫ぶ。


「今、一つ浮かんだ奴がある」


「え、何かあるのか? 一体どんな?」


 その言葉を聞いて、手袋のプレートに触れる。

 どこぞの婆さんの言葉が浮かんで来た。


『むき出しの方が振り回しやすいだろうに。鞘はロスタイムだ』


 全く良く言うよ。あの婆さん。

 深呼吸する。

 そして、言う。


「奥の手を使う」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ