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55 あらゆることは後回し

〈城壁右上 セシア〉


 一体、何が起きたの。

 確か、バウアー副団長がタイタンタートルにパイルバンカーを突き刺して倒したと思ったら生きていて……そう、首元から角が生えて来たんだ。

 その後の記憶はあやふやだ。


 タイタンタートルが口を開いて、何かが飛んで来たのだ。

 山が崩れるような音と城壁が大きく揺れたのを覚えている。

 それから泥の臭い。


 私は城壁の上から落ちないように屈んでしまって、よく覚えていない。

 何が起きたか、確認しなくては。

 顔を上げる。


 すると自分の体が何かの影にすっぽりと収まっていることに気づく。

 城壁の上というのは日当たりが良い。日を遮るような屋根も建物もないはず。

 では一体、何の影だろう。


「無事か、セシア!」


 聞き慣れた、毒気の抜けそうな声がした。

 顔を上げると、そこにはリアックが巨大な盾を背負って見下ろしていた。


「リアック……? ええ……ええ⁉ どうして貴方がここに? 確か、タルポルポさんのところで雑用をしていたのでしょう?」


「今もそいつは俺の雑用だよ……ハア、ハア……速すぎだ、お前」


 横の階段からゼエゼエと息切れしながらタルポルポさんが上がってくる。


「どうして二人が? 森にいたのではなかったのですか?」


「はっはー、そうなんだけれどね。森の主が街に襲来する可能性を伝える為に、街へ来たんだ。早急に伝えたかったから北門にダインを呼びつけてね。街に着いて、ダインに事の次第を説明していたら、緊急事態を伝える閃光弾が上がったもんで、まあびっくり。嫌な予感って奴だ」


 タルポルポの言葉にリアックが続けて説明する。


「よく分からない状況にあたふたしてたら、丁度シルワアに会ったんだ。大体のことは把握した僕等は、こうして南門の方まで走って来た訳だ」


「うん、だいたい、合ってる」


 後ろからひょっこりと現れるシルワアさん。

 フェリーさんとは別行動を取っていたらしい。

 道理で作戦会議の最中、姿を見なかった訳だ。


「団長はいるのですか?」


「いない。荷物、取りに戻った。きっと、すぐ来る」


 そうか。

 荷物というのは、きっと、英雄ガルダリアとして保持している装備だ。なら、一安心だ。

 団長が英雄ガルダリアとして戦ってくれるなら、これほど心強いものはない。

 ……いや、それはまだ分からない。

 私はまだ、現状を正しく把握できていないのだから。


「あの……今、どうなっているんです?」


「それは、説明するより自分の目で見た方が早いかもね……」


 タルポルポさんは立ち上がって、城壁の外を見る。

 リアックが邪魔で外の様子が分からない。

 私はよろよろと立ち上がると、彼を退ける。

 城壁の塀から乗り出してでも、正確な情報を得なくては。


 違和感。

 城壁にあるはずの塀がなくなっている。

 先程まで確かにあった。それに寄り掛かって状況を観察していたから、記憶違いはあり得ない。


 では、何があったのだろうか。

 その答えを、何となく察してしまう。

 ぼんやりとした惨状が、脳裏をよぎる。

 その想像が妄想であることを期待して、私は、外の景色を直視した。

 

 広がっていたのは緑の大地を食いつくす泥。

 泥はタイタンタートルから扇状に広がっていた。

 地面には、水で土を抉ったような痕がある。けれど、これまで見たことのない規模。


 まるで巨大な剣が大地を切り裂いたみたいだ。

 しかもその剣は、何度も地面を打ち付けたらしく、いくつもの凹凸ができている。


 もしだ。

 もしあそこに人が立っていたら、きっと原形すら残らない。

 歯も、髪も、目玉も、内臓も、腕も、足も、ただの塵芥と変わらない。


 もし、あそこに私がいたら。

 全然あり得た可能性だ。城壁にいた兵士の方に止められなければ、私も加勢しようと思っていたのだから。

 でも、そうしていたら、私は泥に溶けていただろう。

 そのイフに恐怖する。


「おえええええ……!!」


 精神的なショックから来る吐き気。

 しかし、空回る。胃の中身は出ない。

 吐しゃ物の代わりに、粘度の高い唾液が垂れる。


「大丈夫か⁉」


 リアックが酷く心配した顔でこっちを見る。


「……ええ、大丈夫」


 強がりでそう言った。

 内心、全然大丈夫じゃない。

 でも、私にとって、リアックに心配されるなんて、屈辱だ。


 ここで折れるな。まだ私は生きている。

 ちゃんと役割を果たせ。状況を見定めろ。それが私の役目じゃない。

 頬を引っ叩いてよだれを服の袖で拭うと、再びその惨状に目を向ける。


 地面を抉る破壊の痕跡は城壁の方へと続いていて、自然とそっちに視線がいった。

 そこにあったのは、半壊した壁。

 分厚い城壁の中にスペースがあり、武器や衣料品などが置かれている。

 倉庫兼基地としての役割がこの壁にはあるのだ。

 その外側の壁が、崩れ落ちていた。


 しかもその崩壊は一部ではない。

 薙ぎ払われたよう続いている。

 城門の左側の壁から私のいる所までだ。

 距離で言うと約五〇メートルくらいだろうか。

 左側の壁は被害が甚大なようで、下手をすれば完全に壁が崩れてしまいそうになっていた。


「本当に……本当に何があったの?」


「正確には分からないけど、僕が見たのは、巨大な滝みたいなのが壁を壊していたところだ。多分、森の主が口から吐き出していたんだと思う」


 リアックは覚えていることを捻り出そうと、眉間に皺を寄せながら言う。

 その後に彼が話した内容は「どっかーん」や「がっしゃーん」など、擬音が多すぎて参考にはならなかった。


「口から滝のような……でも、そんな水どこから……」


「主のお腹の中じゃないのか?」リアックは言う。


「そんな量、たとえ巨大なタイタンタートルでも無理があるわ」


「アレはブレス器官のおかげだろうね」タルポルポさんが言う。


「ブレス器官?」


 聞き馴染のない言葉だった為、尋ねる。


「ブレス器官。龍脈を直接汲み取り、自分のエネルギーに変換する生体機能のことだ。大抵角であったり、触角のような形状をしている。そしてその器官という奴を持っている生物は一部しかいない。ギルドはブレス器官を持つ生物を総じて『龍』と呼称して、調査している」


「『龍』って、確か古代生物の総称ですよね。何万年という年月を経ても姿をほとんど変えていないという、あの『龍』。タイタンタートルもそうだと言うんですか? もしそうだとしたら凄い……」


「ああ、その通りだな。それなら、あのとんでもない攻撃も納得できる。加えてもう一つ謎も解ける」


「謎、ですか?」


「『タイタンタートルの卵の発光は何を元にしていたのか』という謎さ。アレは龍脈エネルギーを吸い上げて、それを変換して発光していたんだ。こうした緊急時以外のときは、自身の成長に使われているんだろう」


 脈絡がない訳ではないが、この場においてあまり関係なさそうな話題を展開し始めるタルポルポさん。

 そして何故か、興味深そうに話に聞き入るリアック。


「タイタンタートルが背中に卵を乗せるのも、もしかしたら子育ての一環なのかもしれないな。見たところ、卵のときのタイタンタートルはブレス器官が未発達だ。成長どろこか、単体では生存する為のエネルギーも吸収できているか怪しいラインでね」


 一呼吸する。


「だから代わりに親が龍脈エネルギーを吸い上げ、それを吸収する。背中での子育てはとても効率的だ。はっはー、問題の解決の糸口が見つかると、連鎖して関連した謎が解け、新しい課題が見つかる快感というのは珠玉だね」


「なるほど! そういうことだったのか! タルポルポ!」


「お前は理解できていないだろう?」


「いや、なんとなく、だいたいの感じは分かる。つまり子供想いの良いお母さんということだろう? タイタンタートルは」


「幼稚だな。ま、端的に言うとそうなるのか? 今回の問題の芯を突いてはいるから」


「あの、この話の着地点というのは一体どこなんですか? そもそも卵って何のことですか?」


「ん? いや僕達は、タイタンタートルが自分の卵を取り戻すのに街を通るんじゃないかってことを伝えに来たんだ。……あれ、まだ言ってなかったっけ?」


「な……⁉ 全然聞いてないわよおーーーーーー―!!」


 リアックの肩を持つと力一杯彼の体を揺らす。


「うわーお、うわーお、うわーお、ごめんごめん、遅くなったは謝るって……いつつつつ……」


 彼の顔がくしゃりと歪む。


「ご、ごめん。揺らし過ぎた……でも、そんなに痛む程?」


「いや、全然?」


 リアックは数歩後ろへ下がる。

 やけに不自然だ。

 何か後ろに隠している。昔捨て猫を拾ってきて、背中に隠してその場をやり過ごそうとしていたときの姿と重なった。


「何を隠しているの? ねえ」


「あ、ちょっと!」


 無理矢理彼の背中を覗く。

 そこには、血で濡れた背中があった。

 着ていた服の背中部分が全て真っ赤。

 服には点々と穴が空いており、小さく尖った石、短い木の枝などがいくつも突き刺さっている。


「……ちょっと待って、その背中……」


「ちょっと、貫通しただけだよ。盾がなかったらもっと酷かった」


 なんで気づかなかったのだろう。

 彼が私の前にいる時点で気づけたでしょうに。

 タイタンタートルのブレスから身を挺して守ってたのだ。


「もっと助ける人はいたでしょうに」


 素直に感謝は言いたくなかった。

 彼は正直者で純粋だ。

 もし感謝をしてしまったら「この行動が正解だ」と間違って覚えてしまう。

 それは避けたかった。


「一番近くにいたのがセシアだったんだ。だから反射的にな」


 彼はそういう人。

 大体の物事を直感と情景反射で決める。

 火が綺麗だからといって手を伸ばして火傷する子供なのだ。

 誰に対してもそういうことをする。


「でも、近くにいたのがセシアで良かったよ、ホントにね」


「……」


 想像の上を行く返しに、思わず面食らう。

 パッと言葉が浮かばなかった。

 一体何が良かったというの。

 彼にとって良い状態というのは、何を指しているの。


「リアック、それはどういう意味なの?」


「え? どういうも何も……言葉通りですけれど……え、何、なんか怖いよ」


(はっはー、こいつはなんか甘酸っぱい感じだね)


(甘酸っぱい? ……果物、味?)


(若いということさ)


 聞き取れない声で話しているのが見えたが、それほど意識していなかったので気にならない。

 それよりも、言葉の真意を測る方を優先していた。


 私を守れて良かった……そういう意味で言ったのかしら。

 彼にとって、私を助けることが益になるかしら。それほど仲が良い訳ではないでしょうに。

 むしろ私は、彼に対して態度が悪い。

 不思議と嫌われてはいないけれど、関係値も大して高くないはず。


 それとも単純に、友人が傷つくのにストレスを感じるの。

 身内がそれほど大切かしら。

 彼の場合はそうかもしれない。

 だって彼は子供だもの。


 それとも、もっと本能的なもの。

 異性として、見ていたとか。

 あり得ないわ。気持ちの悪い連想だ。

 こんな連想をしてしまうなんて、まるで私が彼にそういう思いを巡らせた経験があるみたいじゃない。肯定であれ、否定であれ、考慮したことがあるみたいじゃない。

 そんなこと、絶対にないわ。


「……って、何を馬鹿なことを考えているのかしら、私」


「セシアも馬鹿なことを考えるんだな」


「黙って頂戴」


(ちゅーはしないか、つまらんな。俺のときはもっとアクティブだった)


(ちゅー?)


(接吻のこと)


(おー)


「黙って頂戴……!!」


 タルポルポさんの目を見て、ドスを効かせて言う。

 小声で聞き取れないが、タルポルポさんはシルワアさんに対して、きっとろくなこと教えていない。

 とりあえず、ポケットから傷薬を取り出すと、リアックの背中に適当に塗って、思いっきり叩く。


「いったいよ! もっと優しく、丁寧に扱ってくれ!!」


「別に軽い傷なんでしょう?  まあ、状況は大まかに理解できたわ。でも、それよりも、今はシスイさんや副団長達の安否を確認しなくちゃ」


 そうだ。

 彼は軽傷だったのだ。

 もう考える必要はない。もうどうでもいい。


 もっと大切なことを考えろ。

 シスイさんやフェリーさん、バウアー副団長は無事かどうか、探すんだ。

 目を皿にして、泥の中から人影を探すのだ。

 それが現時点で私が取れる最善なのだ。


 すると突然、シルワアさんが塀のあった場所まで走って来った。

 彼女は壁から落ちるギリギリで止まると、身を投げる勢いで前のめりになった。そして、泥の大地を見渡す。

 無表情ではあったが、焦っているような気配があった。

 挙動の一つ一つに余裕がない。


 彼女はこちらを向く。

 その表情は、目を大きく見開いていて、ほんのわずかに唇が震えている。

 尖った耳はいつもよりも立っていた。


「シスイ、あそこ、いる?」


 その声は、小さいガラス瓶が割れたみたいな声だった。

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