51 タイタンタートル討伐作戦
森の主の討伐をする為の作戦会議が始まった。
ギルドの討伐隊五名、衛兵の隊長バークラッツ、森の主と接触の経験があるボク、フェリー、セシアちゃんは円になって、指揮をするバウアーを見た。
「まず、状況を整理しておきたい。セシア、あの氷の拘束はどれほど持つ?」バウアーはセシアちゃんの方を見て言う。
「龍脈から見て、あと三〇分程でしょうか」
「あまり時間がないな。手早く済ませよう。タイタンタートルの基本的な情報を頼む」
「はい。全高は五メートル、全長は一四メートルになります。そこから考察して二〇トン以上の体重があることが考えられます」
(なあ、おっさん。それってどんなもん?)
フェリーがひそひそと聞いてくる。
会話を邪魔しないように気を遣ってだろう。
(全長はミニラよりも少し小さいくらいかな)
(大きいのか小さいのか分からないマニアックなもので例えるな。もっと一般に認知されているものにしてくれ)
(じゃあ、ええっと……キリンの足から頭までが大体五メートルくらいって聞くね。体重はゾウが五、六トンくらいだから四頭ってところかな)
(そうやって聞くと随分とデカく感じるな)
君も今の姿だと、全高三メートルで全長六メートル程だから、サイズ感だけで言えばアフリカゾウと同等ではあるのだけれどね。
しかしこれは言わなかった。
フェリーとの談笑よりも、バウアー等の真剣な会話の方を求めていたからだ。
「コイツには厄介な点が三つある」
バウアーは指を三本立てて言う。
「一つは言わずもがな、その巨体だ。体が大きいというのはそれだけで脅威なものだ。避けたと思ったら認識していた長さよりも伸びたりする。皮膚も分厚い。普通の攻撃では歯が立たないというのも厄介だ」
親指を折る。
「二つ目は泥だ。アレは背中から泥を吐き出し、周囲にまき散らす。厄介なのはそれが滑るという点だ。こちらが足を取られてしまうことに加え、奴はそれを移動手段に使う」
「移動手段とは?」エカユイが尋ねる。
「滑走するんだ。泥は特殊な粘液が混ざっており滑りやすい。体重が重い分、加速する。馬並みだと考えて良い」
「うわあ、そいつは面倒臭そうだ」エカユイは軽い口調で言う。
人差し指を折る。
「三つ目は警戒心が非常に強いということだ。自分にとって厄介な相手というのを観察し、見極めているいる節がある。先程の時間稼ぎでセシアが戦いの要であることを見抜き、執拗に狙う場面があった。知性が垣間見えたな」
残る中指を折った。
「三つ目はオレとおっさんが援護射撃できるね。初めてあの主にあったとき、オレの攻撃が脅威であることを瞬時に見抜いて距離を置いた」
「そうだね。更には弱点を見抜いて遠距離からの攻撃という行動に出たのも驚いた。普通相手にならないと判断すれば逃げる、というのが生物にとって自然な行動なのだけれどね。そうしなかったのは、何と言うのかな……親近感が湧いたね」
「親近感?」エカユイが首を捻る。
「要はこだわりやプライドというものを感じたのさ。いや、それよりも深い……将来的に脅威に成り得るかもしれないという予感を感じ取っているように見えた、かな。いや、これはボクの考え過ぎかもしれないけれど、つまり、人間を相手しているみたいな感覚だった、ということを伝えたかったんだ」
「それほどの知性があると推測するのだな、シスイ殿は」
「少なくとも分かりやすく罠にハマったりはしないだろうし、痛い目にあったら二度と忘れない質だと思う。恨み辛みを含ませてね」
恨み辛み。そう、恨みだ。
セシアちゃんの囮をしているときに感じた嫌な感じはそれだ。
上手く一言でまとめられず、酷く曖昧な不快感だけが頭の中にあったが、言葉にしてようやくそれは像を得た。
あのときは、セシアちゃんの魔術よりもボクのマジックハンドの方が脅威だと判断して襲っているのだと考えたが、あのなぶるようないやらしい攻撃には違和感があった。
脅威なら早々に排除したいと考えるのが普通だ。
しかし、そうはしなかった。
アレはいたぶることを考えていた。
先程まで脅威を正確に判断し、合理的だったのが噓のようだ。
あの瞬間、森の主は感情が優位に立っていた。
いや、むしろ逆かもしれない。
本来感情優位の存在が合理的に振舞おうとした。
けれど何らかの理由で激情し、襲ってきた。
こちらの方がしっくりくる。
合理的な思考を持つ者というのは、理性によって支配されている。その支配域は無意識にまで到達しているとさえ、本人達は錯覚する。
合理的な奴というのはそういう気質があるから、簡単に激情には流されない。抗う姿勢を見せる。
主にはそれがなかったのだ。
だが感情的な内面であれば、今回の反応は至極当然だと言えるだろう。
フェリーとボクとで吹き飛ばされてしまったことへの恨み。
事情があったとはいえ、森の主を住処から追いやってしまったのだ。理不尽だと思うだろう。
それにあれほど遠くまで飛ばされたら、着地に際してのダメージは相当なものだ。
理不尽と痛みが紐づけば、怒りへと変換される。
そして怒りが熟成すれば、それは恨みとなる。
何故こんなことを失念していたのか、ボクは。
しかし、そうか。アレが恨みか。
ボクの人生は勿論、「僕」の人生においても、他者から恨みを向けられることはなかった。
あったかもしれないが、自分は気づかなかった。
それは他人から向けられた恨みよりも、自分自身に向けた憎しみの方が大きかったからかもしれない。
いや、これ以上は止そう。今は悲観的になるべきじゃない。
だが、なるほど。
アレが恨みだとするなら、恐ろしいことこの上ない。
厄介なものに目を付けられてしまった。
「その情報を聞くに、多分森の主はメスだろう」一番若いカルデスが言う。
「それはどうしてかしら?」セールが聞く。
「ジメジメした嫉妬、恨みというのは女の専売特許だろう? ……あー、これは決してセール殿に言ったわけではないですぞ」
「アンタの迂闊さにいちいち突っかかるアタシじゃないわよ」
「なら、その、踵で私の足を潰さんとするのはやめて頂きたい。全くこういうところが怖いですな、サテール殿」
隣にいる大弓を背負ったサテールに、告げ口でもするかのように言うカルデス。
「いや、どう考えても今回の場合はお前が悪いだろうし、二次被害を被るから僕に振らないでくれると助かる。さて、とりあえず、情報は粗方出たけれど、第一に考えるべき点は、二つ目の泥及び機動力だと僕は見るね」
バウアーはサテールの考えに頷く。
「同感だ。アレを倒すには、機動力を封じなくてならない」
「地面を吹き飛ばすというのはどうでしょう。タイタンタートルの泥による滑走は、平原という障害物がなく、平らな地形を活かした移動手段です。その二つの条件の内、どちらかをなくすことができれば、機動力を封じることができると思います」セシアは提案する。
「作戦のパーツとして有りだと思う」頷くバウアー。
「地面を爆発させるとなれば、設置型の爆弾でしょうな。賢いというのを考えると地面に埋めて、遠隔での起爆になる。今から設置時間を考えると、広範囲の設置は不可能。来るであろう場所に設置しなくてならない。となると、誘導する必要があるな」
年季の入った声のトルウイは蓄えた白い髭をいじりながら言う。
バウアーは考えるように顎に手を添える。
「やはり街にと到達する前に戦い始めるべきだろう。誘導もあるが、地面にはめた後、倒し切れるように体力を削いておきたい」
「でも、問題はどう攻撃をするかなんじゃないかい? 皮膚が厚くて攻撃が通らないのだろう?」ボクが言う。
「それには一つ、使ってみたいものがある」
バウアーは視線を自分の足元に向ける。
そこには木箱が置いてあった。
先程、バークラッツに頼んで持って来させたものだ。
箱の中を覗くと、機関銃のような形状のものが入っていた。
彼はそれを取り出す。
よく見ると、捕鯨船で使う捕鯨砲を小型化したような代物だった。
「対巨大生物兵器、爆裂槍パイルバンカー。槍の内部に火薬が仕込まれており、その爆発を推進力とし、標的の体を撃ち抜く武器だ」
「なんだか凄そうな響きだ」まじまじとその武器を眺めながら言う。
「特大剣というのは効果は絶大だが取り回しと扱いの難しさに問題がある。しかしこれであれば腕に装着するだけで、扱いも標的に押し当て、トリガーを引くだけだ。試作品ではあるが威力も保証できている。これを森の主の足に撃ち込んでしまえば、機動力の低下が期待できる」
「随分、危なそうな響きだね」
「反動の逃がし方さえ覚えれば大したことはない」
銃なら分かるが、果たして小型の捕鯨砲でも同じことが言えるのか、ボクには分からなかった。
要は片手に爆弾を付けて、炸裂させるようなものなのだから。
しかし自分は武器に関しては全くの素人なので、そういうものなのだろうと脳死で納得した。
「なるほど。そんじゃ、私の仕事はなくても良さそうですな」特大剣に寄り掛かりながらエカユイは言う。
「いや、お前も必要だ」
「分かってますよ。しかし、どう配置されるのですかな?」
「まず街から四〇〇メートル地点に爆弾を埋める。これは城壁に設置されたバリスタの射程距離を考慮してだ。そしてメンバーの配置だが、爆弾へと誘導する人員として六〇〇メートル地点に俺、カルデス、トルウイ、フェリーを置き、爆弾の後ろに起爆をするセール、森の主の足が止まったところに致命打を与えるエカユイ。城壁にはサテールを。バークラッツはバリスタでの支援と衛兵の指示を頼む。セシアもここだ」
「この作戦の大取は俺かあ。とんだ大役だぜ」
困ったように頭を掻くエカユイ。
表情はひょうひょうとしていたが、僅かに不安の色が見えていた。
「お前の負担が少ないよう、こちらも全力でタイタンタートルの力を削ぐ。そう気負うな」
「いかんせん責任って奴が苦手でね。だから基本フリーなんですが、まあ、平常運航ができるよう努めますわな」
そういうと彼は一歩下がった。
バウアーの作戦を理解したのか、他の人間から質問は飛んでこなかった。
各々目配せをしたり、自分がこの後どのように動くかをシュミレーションしている。
その中でボクは一人、手を上げる。
「バウアー、ボクの配置はどうなっているのかな?」
作戦の説明の中で、ボクの名前だけが上がっていなかった。
それを指摘したのだ。
その問いに、バウアーは少し困った表情をする。
「……少し迷っているんだ」
「迷う、というのは?」
「作戦の成功率を上げる為に考えた配置というのは、一応ある。それは俺と共にタイタンタートルの誘導をするというものだ。お前が言うように、アレは恨みを持っているようだし、効果は三人で足止めしたときに確認できている。ただ……」
「冒険者ではない一般人にそれを強いるのはいかがなものか。そう言いたいんだね」
バウアーは頷く。
「俺の本心としては、セシアと共に後方に下がってもらいたい。集中して狙われる可能性が高い立ち回りだからリスクも大きい。うむ、これは迷う必要はないな。やはり後方に……」
「やるよ。その立ち回り。ボクもやる」
バウアーはその言葉に驚いた後、申し訳なさそうな表情をする。
「逆に断りづらい状況にしてしまったか? 本当に危険だから無理にする必要はないぞ?」
「いや、そういう訳じゃない。初めからそう思ってたんだ。果たして自分がどこまで役に立てるかは疑問だけれど、いないよりはずっとマシだろうからね」
いつもなら、自分の実力を弁えてセシアちゃんと共に城壁で待っていただろう。
けれど今回はボクとフェリーが招いたこと。いや、指示をしたのはボクなのだから、責任はボクにある。
こちらに非があるのなら、それは正さなくてはならない。
ボクが『僕』である為に刻んだ、数少ないルールだ。
それに、これは、人としても大切なことだ。
自分の尻拭いを他人にさせてはいけない。
ドン。
背中に軽い衝撃。
振り向くと、フェリーが鼻でどついていた。
「おっさん、オレの背中に乗れよ。おっさんが狙われるってことは、吹き飛ばした張本人であるオレはもっとだろうし、狙いが分散するよりもはひとまとまりの方が、今回は良いだろう?」
「すまないね」
「……分かった。誘導するメンバーにシスイ、お前も入れる。だが、これはフェリーもだが、無理はするなよ」
バウアーは手を叩く。解散の合図である。
こうしてタイタンタートル討伐の作戦会議は終わった。




