50 合流
「あばばばばばばばば」
世界が揺れる。
正確に言えば、世界ではなく、ボクが揺れているのだ。
地面の緑と空の青が混ざり、視界は絵具で汚れたパレットみたいだ。
森の主から退散したボクとセシアちゃんを背負うバウアーだったが、彼に比べてボクの足は遅く、更に体力も雀の涙程な為、すぐにへばってしまったのだ。
そんなボクをバウアーは片腕で抱えて、走っている。
森の主との立ち回りで体力がなかったというのは、ささやかな言い訳だろう。
体力があったとしても、大して結果は変わらなかっただろうから。
彼の足は速く、フェリーとまではいかなくとも、原付くらいには出ている。人を二人持っているとは思えないくらいだ。
しかし何ともみっともない姿だ。フェリーとシルワアには見せられない。
「すまないな、バウアー。ボクの足が遅いばかりに担いでもらってしまって」
「……気にするな。娘一人と痩せた男一人、大した荷物にはなりえない。それよりもセシアと比べ雑に持ってる分、揺れるだろう。口を開いていると舌を噛むぞ」
舌を噛みたくないから、口を閉じる。
会話をやめると、意識は視界に向く。
街との距離はかなり近づいてる。
距離は一キロを切ったか。ボクの内にある曖昧な物差しで量ったら、それくらいだ。
ふと、街から何かが上がる。
アレは、花火だろうか。
黄色、橙色と打ち上げられた光は消えず、しばらく宙に留まり続けている。
信号弾という奴に近いのかもしれない。
「アレは?」舌を噛むことよりも、興味が勝ったボクは口を開く。
「どうやら、フェリーがギルドについたらしい。アレは街の人間に危機を知らせる信号弾だ。街の中心にあるガルダリアの石像から発射されている。街ではきっと避難所への移動が始まっている頃だろう。……どうした、口を押さえて」
「……嚙んだ」
「黙ってな」
彼の言う通りにして、それ以降、喋りはしなかった。
閉じた口は鉄の味がする。
舌の先端を噛んでいた。
その傷を無意識に舐める。
門が近づき、詳細に見えてくる。
門の前には多くの兵士の姿があった。
大半の兵士は南門を守る衛兵だった。身に着けている赤い派手な服と金属プレートの鎧で分かる。
彼等の半分は城壁の上で平原の先を見ており、ボク等を発見したのか、剣を振ったり、声を張り上げていた。何を言っているかはよく分からない。
やがてバウアーは門の手前まで来る。
口の中の血の味は消えていた。
門前で指揮官らしい人間がバウアーを出迎える。
「ご無事で、バウアー殿」
「……ああ、何とかな」
「本当は馬で迎えに行きたかったのですが、どういう訳かどの馬も興奮状態で。大変面目ない」
「きっとタイタンタートルの影響だろう。気にするな、大して変わらない。それよりもバークラッツ、セシアがかなり無理をした。休ませてやりたい」
「顔色が悪いですね。担架で安静にできる場所まで運びましょう」バウアーの後ろにいるセシアちゃんを覗き込みながら言う。
「いえ、私もここに残ります」
寝息を立てていたはずのセシアちゃんはいつの間にか起きていた。
彼女はバウアーの肩を軽く叩く。降ろして欲しい、と無言で訴えているのだ。
その意図を汲んで彼女を降ろすが、地面に立った瞬間よろけた。
「……やはり無理をしない方が良いのではないか?」
「いえ、こんな機会滅多にないのです。学者にとって、あの生物を直に観察できることはどの文献を見漁るよりも貴重なことですから。……大丈夫です。役に立たないことは理解してますし、弁えてますから、邪魔になるような場所には行きません」
「……はあ、分かった。お前はこうなると聞かんからな。それにアレを直に見た人間は貴重だ。考察する中で何か気づくかもしれない」彼女の卑下を聞いてか、柔らかい口調で言うバウアー。
「ありがとうございます」フラフラの体でぺこりと頭を下げるセシアちゃん。
「では、そちらの彼に担架を。怪我をしているのでしょう?」
バークラッツという男は、何故かボクの顔を見て言う。
ああ、そうか。担がれているからか。
「ちょっと……」
ボクはバウアーの腕を叩いた。
「おっと、そうだったな」
彼は思い出したようにシートベルトのように固定された腕を外す。
ボクはしっかりと立って問題ないことをアピールした。
「ボクも大丈夫です。怪我をしたわけではないので」
「なる、ほど? 分かりました」
なら、どうして担がれていたのだ、この男は。
そんな表情を浮かべるバークラッツ。
足が遅くて、その上体力もないからだとはとても言えなかった。その理由は恥じらいではなく、彼の気遣いに申し訳なくなったからだ。
「おーい!!」
街の方から声がする。
聞き馴染みのある狼の声だ。
フェリーが街から走ってくるのが見えた。背中に大勢の人を乗せて。
主人を見つけた犬のようにこちらに走ってくると、ギリギリで止まる。
見た目は犬だが顔を舐めたりはしなかった。
「生きてたか、おっさん! 心配したぞ」
「まあ、何とかね。それで、そちらの人達は誰だい?」
上に乗っている人達に視線を向ける。
フェリーも真似するように上を見た。
死角だから見えてはいないだろう。恰好だけだ。
「ああ、彼等はギルドの討伐隊の人達だ。ちょっと待って、今降ろすから」
フェリーは上の人達が降りやすいよう屈む。
上に乗っていた人達は彼の背中から飛び降りた。
降りてきた人数は五人。
その中で興奮して頬が赤い人が一人、青い顔をしている人が二人いた。
「いやあ、フェリー殿。貴方の毛並みは最高だ! 馬よりも速くて、それで水を走る石のように軽やかに屋根の上を跳ねる。いやあ、良い体験だった! 本当に」若い顔立の男性が興奮気味に言う。
「アタシはちょっと良いかな。肝が冷えたわ」
「僕も同じくだね。なんだろう、崖から落ちるのに似た肝の冷え方をした。上から下ではなくて、左から右に落ちていくような」
「ああ、すまん。急いで走ったからいつもより少し速かったか」フェリーは申し訳なさそうに言う。
顔を青くしていた女性と男性は、地面に足がついたおかげで生気を取り戻しつつあった。
残り二人、年季の入った皺の多い老人と気だるげな様子で巨大な剣を携えた男がいた。
老人の方はバークラッツと何か話している。時折「主」と聞こえてくることから、森の主の情報を整理しているのだろう。
気だるげな男はというとバウアーの方に歩いて来て、握手を交わす。
「無事で何よりです。バウアー殿」
「……なるほど。今回討伐隊の指揮はお前か、エカユイ」
「ええ、まあ、そんなところです。正直場違い感が否めないですけどね。他の奴らは試験を受けて、尚且つ経験を積んだ真っ当な経歴の者ばかり。俺は実績だけでここにいる。教養がない奴の指揮ほど、当てにならないものはないでしょう?」
「実績とそれに伴った経験は、知識に勝ることがある。リズはそれを知っているようだ」
「なら、指揮は貴方の方が良い。森の主を実際に見ているかの差は大きいように思えますからな」
「それは問題ないのか?」
「大丈夫でしょう。俺よりも貴方の方が級は高いのだし、加えて、この不釣り合いな立場を誰かに譲れるのであれば、俺としては上々というものです。……ああ、なるほど。リズ殿は俺のコレを期待していたのかもしれないな。野心がない奴はこういうときに使える」顎を指でなぞりながら男は言う。
「なら、アレは人選が上手いのだろうな」
「全くですな。おっと、そうだった」
男はこちらに体を向ける。
「エカイユだ。初めまして、ではないな。何度かギルドで目にしたことがある。今回の討伐指揮を任された上位冒険者だ。いや、さっき、バウアー殿に任せたのだから元と付けるのが正しいか。それで、後ろにいるじいさんがトルウイ」
エカユイは親指で指すと、白髪で厳格そうな老人が気さくに手を上げ、挨拶をする。
「それで魔術と直剣を混合で扱う、この討伐隊じゃ唯一の女性のセール。大弓での正確な射撃が得意なサラール。一番若いカルデスだ」
「私だけ若さ以外取り柄がないと⁉」
先程フェリーに乗って興奮していた男が抗議する。
「若さはどの実績よりも価値があろうて。実績は、日々の研鑽と巡り合わせが良ければそちら側から来てくれるが、年齢は過ぎ去って手が届かなくなっちまうんだからな。ま、そんなわけで、握手」
エカイユは手を差し伸べる。
「ああ、どうも。自分はシスイです。ちゃんとした冒険者ではないですけれど、森の主を見た時間であれば、多分誰よりも長いと思うので、もしかしたら力になれるかもしれません」差し伸べられた手を握って答えた。
「私も一級上位冒険者の端くれではありますが、目で見た分、情報が出せるかもしれません」
隣にいたセシアちゃんが言う。
その後ろで、フェリーがバウアーに耳打ちする姿が見えた。
「なあ、さっきから気になってたんだけれど、上位冒険者って何なんだ? 凄いの?」
「……冒険者というのは二種類いる。下位冒険者と上位冒険者だ。下位冒険者というのはギルドカードを作った時点でなれるが、上位は違う。上位冒険者になるには基礎的な知識、それも生物や鉱物、環境といったもので一定の成績を収めなくてはならない。加えて最低でも初級魔術以上は身に着ける必要がある。これらを網羅して、さらに試験を合格すると、ようやく上位冒険者になれる」
「随分と大変そうな道のりだな」
「その分、待遇も良い。手当や保険も付く。言うなればギルドからの正規雇用だからな。それに、下位冒険者というのはギルドカードを作った時点でなれるものだが、依頼にある程度制限が掛かっている。専門知識のない一般人でもできるようにな。リアックが受けていたスライム討伐なんかがそうだ。彼はまだ上位試験の資格を持っていない」
「ああ……アイツ、アマチュアなんだ。意外」
そう口にする反面、納得した表情を浮かべていた。
確かに彼は頭よりも体を使うことに長けているから、正直納得してしまうのは分かる。
「だが上位になると専門的な知識を要する依頼であったり、危険な地域での依頼を受けれるようになる。報酬金も高くなる。リスキーだがやはり魅力的に感じる人間も一定数いて、なる人間は多い。あとはギルドが保管する資料というのも閲覧することができるから、それを目的に取る人間もいる。セシアは後者だろう」
「要するに上位はプロ、下位はアマチュアってことだな。ざっくり理解した」
「……まあ、端的に言えばそうだな。……ざっくりか……うん、まあ、十分だろう」
熱心に、そして細かく説明したことをざっくり解釈されて、バウアーの肩が少し落ちた。
普段から漂わせている哀愁が一割ほど増したように見えた。
「とりあえず、一通り挨拶は済んだでしょう」
パン、と強く手を叩いてエカイユは言う。
やけに強く叩いたのは、気を落としたバウアーに、気持ちを切り替えてもらう為だろう。
そのおかげで彼の肩は元の高さに戻る。
「ああ、ここからは作戦会議だ」
彼は気持ちを切り替えるように、口調をハッキリさせて言った。




