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49 助けを求めて

 〈フェリー〉


 風が轟々と耳の中に飛び込んで来る。

 普段以上の速度で走っているからだ。

 おっさんと別れてから数分。ご飯粒程の大きさだった街が、ホールケーキくらいの大きさになっていた。正確な速度は分からないが、自動車くらいなら優に超えているだろう。


 これほどの速度で走ったのは久しい。

 普段と比べて筋肉量も、足の長さも比較にならない。

 最近はずっと二足歩行だったし、四つ足のときもこれほど体は大きくしなかった。

 完全体とまではいかないにしても、四分の一体くらいにはなっている。


 ただ、最大速度は出せない。

 背中にシルワアがいるからだ。

 本気で走ったら、彼女を吹き飛ばしてしまう。


 仕方がないのは分かっている。

 けれど、だからといって焦る気持ちをどうこうできる訳じゃない。

 早くおっさんを助けに行きたいのだ。


 急げ、急げ、急げ。

 頼むから、早く着いてくれ!

 そう、自分を急かす。


 幸い、その気持ちを爆発させる前に街に着いた。

 門の前まで来ると、加速した体を急ブレーキ。

 ザザザッと地面が擦れ、砂塵が舞う。

 唐突に止まったから、上に乗っていたシルワアの体にGが掛かり、前に飛んでいきそうになる。オレは鼻を上げて、彼女の体をギリギリで受け止めた。


 受け止めた際に鼻がお腹に食い込んで、シルワアは「ぐえぇ」と潰れたカエルみたいな声を上げる。

 その様子を、剣を構えて見る衛兵。

 当然と言えばそうだ。

 突然全高三メートルを超えた狼が猛スピードで走ってきたら、誰だって警戒するし、襲われるのではないかと恐れる。オレが同じ立場だったらそう思う。


 けれど彼等は襲ってこない。

 衛兵はオレとシルワアを交互に見ている。

 オレ単体では敵を迎え撃つ、という日頃の訓練に習って判断を下せば良いが、そこに少女というスパイスが混ざると、途端に状況は複雑怪奇になる。


 敵か、味方か。

 どこから来たのか、何しに来たのか。

 無言の問いかけを目線で送ってくる。


 けれど、今はそんなことはどうでも良いのだ。

 すぐにでも、おっさん達の危機を伝えなくてはならない。

 言い出そうと口を開くが、声を発する前にシルワアの顔を見て、一人の衛兵が言う。


「おや、貴女は先程出ていったエルフの少女。確かバウアー殿と一緒にアンテナの点検に行った……」


「シルワア」


「シルワア殿でしたね、覚えております。ということは、隣の狼が噂に聞くフェンリルのフェリー殿ですか。これは失礼」


 剣をしまうと、他の衛兵にも武器を降ろさせる。


「私は南門の兵の隊長を任されております、バークラッツ三級上位冒険者です。して、尋常ではない様子ですが、一体何があったのですか? バウアー殿はどこに?」


「これ」


 シルワアはバウアーから渡された水晶のプレートを渡す。

 それを見た衛兵の表情は、一気に目を見開いたかと思うと、険しくなる。


「これはバウアー殿のプロト。しかも画面に映るのは緊急コード。二人共、至急状況を説明してください。君達が話したことを無条件で信用しましょう。これをバウアー殿が君等に託したというのなら」


 なるほど。

 バウアーがこれを託したのはこういうことか。

 まどろっこしい説明が省ける。本来通過しなくてはならないステップを、二つか三つ、飛ばして、信用を得ることができた。

 この信用は、バウアーの信頼と直接紐づいているのだろう。


「森の主がダアクックに向かって攻めてくる」


「なんですと⁉ ああ、すまない。続けてください」


「今、バウアーとセシア、シスイのおっさんが街にこのことを伝える為の時間稼ぎをしてくれている。だから急いで三人を助けに行かないといけない」


 話を聞いた衛兵は強く頷く。


「分かりました。しかし救助隊の編成をするには、ギルドの申請が必要です。フェリー殿、このことをギルドに報告してもらいたい。この場にいる誰よりも、貴方が一番速い」


「分かった。すぐ行く!」


 門の中へ、早足で歩き始める。


「頼みます。こちらも申請が下り次第、すぐにでも出発できるよう準備をしておきます」


 そう言うと衛兵の人は門にいる人間と、城壁の上で待機する人間とに指示を出し始めた。

 彼の人柄は、部下の兵士の様子を見れば何となく分かる。

 そんなものを見て分かるのかと聞かれたら、まあ、断言はできないけれど、尊敬の眼差しとか、無駄のない動きとか、献身さが伺える。


 オレはすぐさま走り出そうとするが、背中にシルワアを乗せていないことを思い出し、立ち止まる。

 そして彼女が乗りやすいように、目の前で屈んだ。


「シルワアも来るか?」


「やっておくこと、ある。だから、一人、お願い」


「分かった。オレに任せとけ」


 オレとシルワアは門のところで別れた。

 オレは真っ直ぐ正面の大通りに向かう。

 シルワアは住宅街の方へ曲がっていく。


 どんな用があるかは知らない。

 けれど、シルワアが無意味なことをするとは思えない。

 色々な場面、特にこういう危機的状況では、彼女の判断や技に助けられてきた。

 それに頼るというのは駄目なのは分かってるが、その安心感はやっぱりある。

 もし、今回もそんなことがあったのなら任せたぞ、シルワア。


 大通りに向けて加速する。

 一般道でスピードを出すスポーツカーみたいに。

 門周辺は人通りが少ないが、中心に近づく程、人が増えてくる。

 これをどう避けるか。一人ひとり避ける余裕はないが、信号を守る車両を押しのけるみたいなことも、オレにはできない。

 免許は持ってないし、持てる年齢ではなかったけれど、それでも知っている交通ルールだ。


 チラリと、大通りの左右に建つ家々が見えた。

 あそこの屋根なら!

 屋台に並ぶ群衆とぶつかる寸前で、オレは右の家の屋根に飛び移った。

 さながら高速道路に侵入するように。

 生憎免許を持っていない為、ETCカードもある訳がない。

 無賃電車ならぬ、無賃高速道路だ。屋根の修理はダインにでも押し付けてくれ。


 屋根を叩き割りながら、やがてギルドに到着すると、門を蹴破る勢いで入る。

 ドン! という音に驚いて、座っていた人が何人か立ち上がり、座っている人間も全員こちらを見る。


「ダインはい……、いますか?」


 口調が変になる。

「ダインはいるか!」と言おうとしたが、急ブレーキを掛けるように敬語に言い換えてしまった。

 全員に注目されて、急に緊張してしまったのだ。


「フェリー、お前どうしたんだ?」


 リズがカウンターから顔を出す。

 彼女はスタントマンのようにカウンターに飛び乗って、広場の方に出ると、こちらに歩いて来た。


 横にある扉から出れば良いろところを、あえてそうしないのは、ダインが言っていたヤンキー時代の名残りが影響しているのだろうか。

 確かに広場に出る点では最短コースだが、お淑やかな女性ならスカートで豪快な動きは憚られるだろうし、あまり行儀が良くないから、オレならしない。


「フェリー、お前、見ない内に随分と大きくなったわね。人より動物は大きくなる速度が早いと聞くけれど、まさか数刻見ない内に全高が大人二人分くらいになるとはね。身長はもっとかしら。昔、珍品を扱う店で水につけると大きくなる人形というのがあったけれど、それみたいだわ」


「あー、買って、大きくなる前は凄いワクワクするけれど、水吸って膨らんだら途端に興味が薄れるアレね。オレもよく恐竜の卵の奴買ったなあ……じゃなくて! 緊急事態だ!! ダインはいるか? いや、ガルダリアの方が良い。どっちかいる?」


 その言葉を聞くと、凄い剣幕になるリズ。

 その威圧感は森の主に並び、恐ろしさに固唾を呑む。


「フェリーよ」


「な、なんでしょうか」口調は自然と敬語になる。


「私は今、聞きたくない言葉が三つある」


「と、言いますと……?」


「一つはダインがいるか。二つがガルダリアがいるか。三つは緊急事態だ。お前はその三つを同時に言ってくれた。その意味が分かるか?」


「ええっと……つまり、二人は今いなくて、代わりにリズが代役を担ってる……的な感じでしょうか?」


「ったく、そうなのよ。あの馬鹿、色々できるのは良いが星の巡りだけは極端に悪い。いなくて良いときは入り浸り、肝心なときに限って居ないか、問題を起こす」


 頭を掻きながら「迷惑な奴だ」とぼやいた。


「じゃあ、リズでも良い。とにかく聞いてくれ」


「ああ、聞くさ。留守番だからね。何をそんなに焦っているの?」


「森の主が街に迫って来てる。南門の先の平原からだ」


「何だって? なんでまた」


「それは知らん。でもこのことを伝える為におっさんとバウアー、セシアが時間稼ぎをしてくれてるんだ。早く助けに行かないと」


「ちょっとした一大事かと思ったら、本当に一大事じゃないか。ちくしょーめ、なんでこんなときにアイツがいないかな……。仕方ない、代理として私が指示する。とりあえず、その三人の救助隊と討伐隊の編成と、その申請だ。後者はガルダリア殿に任せるとしよう。それくらいのことはしてもらわないとな」


 リズはギルドの広場をぐるっと見回す。

 そして目に入った人間を指差す。


「カルデス三級上位冒険者、サテール四級上位冒険者、セール四級上位冒険者、トルウチ四級上位冒険者、エカユイ五級上位冒険者」


「「「「はっ!」」」」「あいよ」


 名前を呼ばれた人達は立ち上がり、敬礼する。

 屈強な男が二人と、壮年の皺と白髪が目立つ男が一人、髪を後ろで結んだ女性が一人、リズの前にキビキビ歩いて来て、頭の先からつま先までピシッと伸ばし、横並ぶ。

 そして最後に気だるげな中年男性がゆっくりと立ち上がって、とぼとぼと歩いて来た。


 最後の男を除いて、その様は冒険者というよりは軍人のように映る。

 冒険者とは、元々軍人の集まりだったと、ダインが最初に言っていたのを思い出した。周囲の環境を調べ、偵察する為の組織がギルドだったと言っていたような気がする。

 正確には覚えていない。


「貴方達は超大型動物討伐免許を保持していましたね。現在、門の先の平原から森の主、タイタンタートルが街に向けて進行しています。バウアー七級上位冒険者とセシア一級上位冒険者、シスイ冒険者がそれを足止めし、時間を稼いでいる状況です。貴方達には、彼等の救助と森の主討伐を命じます。討伐隊の指揮はエカイユ五級上位冒険者。お願いできますね?」


「私なんかで良いですかい?」


 気だるげな男が頭を掻きながら言う。

 彼がエカイユという人なのだろう。


「何か問題でも? この中では貴方が一番級が高いですし、それに唯一特大剣の使用を許されているのですから適任かと」


「いや、そういうことを言いたい訳じゃない。ただ、他の英雄と並ぶ実力を持つ、エリザベス・リュービス八級上位冒険者である貴女が、一番赴きたいのではないかと思ったのです。事務仕事というのは不向きだと、普段からぼやいていたのを俺は良く聞いてたもんでね」


「そうしたいのは山々だけれど、留守を任せているからね。そうはいかないの。それにこれが魔族側の策であった場合、戦力をそちらばかりに向かわせるのは危険でしょう?」


「もっともですな。それを忌避して人数も少数精鋭な訳だ」


「人数という点に関して言えば南門にも兵がいる。そして最終的な討伐地点は門の前でしょうから、バリスタ等の兵器が使用できる。今あちらに最も必要なのは、それを指揮する専門家とひとつまみの技量でしょう」


「なるほど。分かりました」


「あとはあの英雄がどう動くか……、どうせ目立ちたがり屋だろうし、そっちに向かうでしょう」


「あまり子供のような言い方をしなさんな、リズ殿。一応ウチの総大将なんですから。ギルドのテッペンが、そう危険な場所に現れんでしょうし、貴女の指揮を信用してくているはずだ」


「エカイユ殿、それは節穴ね。目の前に立っている石像を見てから言って頂戴」髪を後ろで結んだ女性がハスキーな声で言う。


「セールちゃんの言う通りだね。僕等が上級冒険者になったときのことを覚えているかい? ガルダリア様が祝いに送って来たのは、自分の姿が模られたストラップだったろう。ああ、あの石像は嫌々じゃなくて、喜々として作ったんだって確信したよ」


 大弓を持った男が思い出すように上を向いて言う。

 随分なものを贈っているな。

 一部の人間がそういうものを作って崇拝するのだったら分かる。アイドルやアニメのキャラクターを推しと呼び、精神的な潤いを得る風習がこちらにもあったし、かくいうオレもポスターだったりグッズを集めていたとも。


 しかし、それを他人に強制的な布教するのは良くないことだ。自分が好きだから、他の人も好きだろうという考えは、残念ながら違うのだ。合わない人間もいるのだ。

 ……けれど自分で自分のグッズを作ってばら撒くのは、何というか、正しい間違ってる以前に、少し狂っているように見えた。

 アレはそれほどまでナルシストだったのか? そんな風には見えないけれど。


「話は終わりだ。さほど時間はなかろうて。はよう向かうぞ」


 壮年の白髪が目立つ男が言う。彼は大きな盾とランスを持っていた。


「トルウイ殿の言う通りだな。よし、早急に準備をしていくぞ。馬と、それから特大剣だな」


「いや、馬はいらない。皆オレに乗ってくれ」


 そう言うと、この中では一番若そうな男が驚いた表情で聞く。


「良いのかい? 私達五人と装備を含めたら、かなりの重さになるけれど」


「オレはフェンリルだからな。それくらい容易いさ」


「なるほど。貴公が噂の理性の獣か。では、お《《毛》》並みを拝見させてもらおうかな」


「お《《手》》並み、じゃないのか?」


「毛も手も、字としては似ているだろう? フェンリル的にはそちらの方が適切だと思っただけさ。それに上に乗るのだから、手は見えない」


 若い男は軽い調子で言った。

 なるほど、と思わず彼の冗談に納得してしまった。



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