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45 望まぬ再開

 平原にポツンと建つ五メートル程の柱。

 その上に付けられたアンテナを確認する為に、セシアちゃんはフェリーを足場にしていた。


 フェリーはアンテナが見えるように変身しており、普段より身長が六メートル、高さ三メートル程の狼になっている。四足歩行だ。

 立て掛けられた梯子のように、柱に寄り掛かっている。立ち上がって爪研ぎする猫のようにも見える。


「セシアちゃん、アンテナの調子はどうだい?」


「ええっと……すみません、フェリーさん。もう少し右にズレて貰えます? 少し見えにくくて」


「ほいほいっと……ったく、梯子とか持ってきといた方が良かったんじゃないか? オレがいなかったらどうしてた?」


「……そのときは、俺がロープを使って登っていた。普段はそうしている」


 バウアーは腰に携帯しているロープに触れて言う。

 彼のロープはただのロープではなく、色々な金具が付いており、木を登る専門の道具であるランヤードと呼ばれるアイテムであることが察せる。


「うーん、問題……なさそうですね。フェリーさん、ありがとうございます。降ります」


 フェリーはゆっくりと前足を地面に付けると、体を伏せる。

 肩に乗っていたセシアちゃんは背中に移り、彼が伏せ切ると手に持っていた靴を放り投げ、履く。


「よくできました」抑揚の少ない声で、フェリーの頭を撫でるシルワア。


「お前はオレのお母さんか?」


「干し肉」ポケットから取り出す。


「餌付けをするな。オレは犬じゃねえよ。というか、さっきの撫では母親が子供にする報酬じゃなくて、飼い主がペットに対する躾だったのか⁉」


「正しい、でしょう?」


「何でだ?」


「よく吠える」


「誰だ! 子供に言葉のナイフを握らせたのは誰だ!! 十中八九あのクソババアだろ!!」


「子供、言った!」


 売り言葉に買い言葉。

 足を踏もうとするシルワアと、それを避けるフェリー。

 まるで野良猫の喧嘩のよう。

 そんな彼等を他所に、セシアちゃんとバウアーでアンテナの不具合について考える。


「アンテナは、道中どれくらい残っているんだい?」二人に聞く。


「そうですね、エルフの集落までで四本、集落とガナグリの間には八本はあったかと。このアンテナは街から一番近いものです」


 街から一番近いと説明するが、既に街は見えなくなっている。

 平原と言ってはいるが、平らというわけではなく、丘になっている。それが理由だ。

 けれど、丘に登ったとしても豆粒程にしか見えないところまで、ボク達は歩いてきていた。

 それなりの距離だ。


「ここが一番近いアンテナということは、それから逆算すると、エルフの集落というのは結構遠いみたいだね」


「そうですね、確かに。ですが、このペースであれば夕方までには着くと思います」


「……道中、アンテナが何もなければの話だがな。もし何かあったら、修理や取り換えで時間が掛かる。……最悪野宿になる可能性を、忘れてはいけない」


「一応、数日分の食事は持って来ています。シルワアさんのことも考えて」


「……そんなに食べるのか、彼女」


「実際に見たら驚くと思いますよ、副団長でも」


「…それは楽しみだ」


 バウアーは、地面に置いてあったアンテナ修理用の工具が入ったリュックを背負うと、歩き出す。


「……しかし、電波の不調というのは、一体何なのだろうな?」


「今回の予想では、アンテナに何らかのアクシデントが発生したのではないか、と考察します。けれど、もし、アンテナに問題がなかったら、私も専門外なのでなんとも。水晶玉での通話であれば色々な候補があるのですが。例えば別の大きな魔力の奔流が影響していたり、周辺で大きな魔術をしていたりすると、ノイズが走ったりします。魔力は、周囲の影響をかなり受けやすいエネルギーなので」


「電波っていうと、地形にも影響されたりするよね。山とか周囲に高い木があったりだとかすると悪くなる。あとは電波が混雑すると通じなくなったりもするよね」


 ボクがそう言うと、意外そうな表情をするセシアちゃん。


「詳しいのですね、シスイさん」


「そういうのを考える機会が多くてね。ボクがいたところではアンテナの本数に一喜一憂するくらいに、そういうのが当たり前だったんだ」


「それは、想像がつきませんね。とても未来的です」


「きっと将来、近いか遠いかは定かではないけれど、電波は色んなものを繋げてくれる紐になってくれるだろうね。あらゆる情報が小さな端末一つで得ることができる。けれど手軽に情報が入る分、隣人を監視して、問題があれば集団でリンチするような、陰鬱な世界になるだろうね」


「未来のことを語る人というのは、夢のようなことを並べるものですけれど、シスイさんのそれは、何と言いますか、実際に見て来たような物言いですね。実は未来人だったりしますか?」


「いいや、ただの精度が幾ばくか良い予想だよ。多分ひねくれているから、良い未来を語れない。だから、あまり気にしないでくれ」


「……話を中断して悪いが、二人共。正面に何か見えないか?」


 バウアーが正面を指差す。

 これから向かうであろう道の先に小さな黒点が見えた。

 それほど視力が良い訳じゃないが、その黒点に四本の足と尾のようなものが生えているのが確認できた。


「フェリー、お前、目が良いだろう? アレが何か分かるかい?」


「痛い、痛い! 分かった、オレの負けだ! だから、その金的を狙った鋭利な蹴りをやめてくれ! ……え、何? なんか言った?」


「正面、アレ、なんだい?」


「はいはい、正面のアレね。そんな、拗ねたシルワアみたいに言わないでよ。……なんだろう、アレ」


 目を細めるフェリー。

 正面から吹く風で眼前の毛が靡き、目に入らないように手で風避けを作る。

 その風貌は、双眼鏡を覗き込んでいるみたいに見えた。実際、彼の瞳はそれくらいの倍率まで上げることができる。


 さらに細くなる目。

 探るように前のめりになる。

 けれど、次の瞬間、彼の目が大きく見開く。


「嘘だろ……生きてたのかよ……」


「どうした、何が見えた?」


「森の主だ! あのときオレがぶっ飛ばした森の主が走って来てる!!」


「本当かっ⁉」


 あまりの衝撃か、バウアーの三点リーダ―は消えていた。

 先程と打って変わって、前のめりで遠くを見る彼。

 ボクも同じように見る。


 遠く見えるが、言われてみれば森の主に見える。

 しかし、あのとき、初めてみたときとは全く違う印象を受けた。

 森の主には甲羅がなかったのだ。


 森の主の名前は、確かタイタンタートルだったか。

 その名前から受ける印象は巨大で、大きな甲羅を持ち、鈍足な生物だが、一番目以外イメージと真逆だ。


 大きく発達した頭と前足は、まるで工事現場の重機のよう。道中にある岩や木をなぎ倒したであろう残骸が顎に付着している。

 森の主が走った後には、巨体とアゴでえぐり取った軌跡。

 それを見ただけで、その巨体の凶悪さを知るには十分すぎた。


 甲羅という枷を外されたお陰か、足はかなり速い。

 以前の鈍足とはかけ離れた速さだ。軽自動車くらいはあるかもしれない。

 この速度でいけば、数十秒後にはこちらと鉢合わせする。


「どうする、バウアー?」


「すぐに街に戻る。この進路では確実に街へ侵入するだろう。急ぎダインと城壁の兵に伝え、迎え撃たなくては」


 彼を見ると、普段の気だるげは様子は一変し、歴戦を潜り抜けた戦士の顔になっていた。

 発する言葉も、自分の高圧さを隠す為の囁き声から、メリハリの効いたものになっている。


「しかし、問題がある」


「伝える前に森の主が来てしまう、だね」


「そうだ。フェリー、『空気砲』とやらを出すことは可能か? それであればこの場での撃退も考慮する」


「可、不可ではれば可能。お前の言いたいことは分かるぜ。以前みたくぶっ飛ばしたいんだろう? でも多分、以前のようには上手くいかないと思う。アレは中々頭が良いから」


「それに、あのときはボクの『マジックハンド』が上手く使えたから成功したんだ。でも今回はアレの甲羅がない。無機物じゃないと、今のボクには『マジックハンド』が使えないんだ」


 最初の戦いのときでさえ、森の主はフェリーの攻撃を酷く警戒していた。

 そんな生物が、同じ手に何度もハマってくれるとはとても思えないし、あのときと同じ状況を作り出すこと自体難しい。


 憶測に過ぎない、たかがトカゲだろうと言われたら、そうなのかもしれない。

 しかし、それほどの知性を見たのだ。あの主に、ボクは。

 相対したからこそ、そう感じるのだ。


「なら、この場での撃退という考えは切り捨てる。そして、今から二手に分かれる」バウアーは親指と人差し指を立てて言う。


「二手かい?」首を傾げて尋ねる。


「ああ。街にこれを伝えに行く人間と、主をできる限り足止め、陽動する人間に分れる。フェリー、君はこの中の誰よりも足が速いだろう。だから、ギルドへ走ってくれ」


「オレがいなくなって大丈夫か? 足止めするなら、オレはうってつけだと思うんだが?」


「重要なのはどれほど長く足止めするかよりも、どれほど早く連絡を伝えられるかだ。それに撤退を考慮した立ち回りになる。だから、残る人間は少ない方が良い。シルワアもフェリーについて行ってくれ。フェリーとは別に、城壁にいる兵士達への情報を共有してもらいたい。言葉で上手く伝えられなかったら、これを見せれば良い」


 そういうと、シルワアに小さな機械を渡す。

 ガラスの板に機械を付けたような代物だった。

 ポケベルのような、ゲーム&ウォッチのようにも見えたのは、現代人が過ぎるだろうと考えたが、出てくる例えが少しばかり古いとも、同時に思う。


 シルワアはそれを受け取ると、渡してきたバウアーを見る。

 その目は探るよう。訝しんでいるようにも見えなくない。


「どうして、私? シスイ、適任、思う」


「道中、チヨ殿から貰った魔術を聞いて、戦力になると考えたんだ」


「弓、使える」


「君の実力はダインから聞いている。だが弓は、隠密性や静音性こそ優れているが、今回そのアドバンテージは活かせない。それに、そのサイズの弓では、あの巨大な生物の注意を惹く威力を出すのは難しい。それよりもシスイの魔術の方が力という点では未知数だが、弓よりもインパクトがあるはずだ。あからさまに派手だからな、魔術というものは。注意を惹くという点において、陽動に適任と見た。さっきも言った通り、倒すことが目的ではないからな」


 まだ納得してはいない様子のシルワア。

 納得してもらえるよう、そこに付け加えるセシアちゃん。


「陽動、とは言いましたけれど、最終的には私達も街まで引かなくてはならない。そうなったとき、やはり人数ができる限り少ない方が動きやすいのです。ですので、ここは一つ、お願いします。安心してください。無茶なことは一切せず、余力を残す立ち回りをしますので」


 指を顎に添えて、考える仕草をする。

 やがて彼女は顔を上げた。


「うん、分かった。わがまま、ごめん」


「時間がない。早く行くぞ!」


 フェリーが叫ぶ。

 シルワアはフェリーの方へ走っていくが、一瞬足を止めて、ボクの方へ向く。


「気をつけて」


 どこか心配そうな無表情……いや、心配してくれているのだ。

 それなりの付き合いだから、何となく分かる。


「ああ、七割程度の力み具合で頑張るよ」


 コクリと頷くと、彼女はフェリーの背中に乗る。

 乗ったことを確認したフェリーは走り出す。

 強く蹴り上げる地面。舞う土。

 不自然に吹いてくる局所的な突風は、フェンリルの力を使って、自らの背中を押しているのだろう。


 みるみる加速していくフェリーの姿は、轟音こそ聞こえないがスポーツカーそのものであった。

 尖がった顔が空気抵抗を受け流すにも丁度良い角度に見える。


 そんな高速で走る狼から振り落とされないよう、捕まっているシルワアを見て、思う。

 珍しく食い下がらなかったのは、案外ボクのことを案じてだったのではないか、と。

 先程の、二手に分かれる場面の話だ。


 彼女は合理的で、即断即決をモットーにしている子だ。

 狩りを主にしている彼女らしい思考パターンだと、ボクは思う。

 しかし、バウアーの説明を聞いて、加えてセシアちゃんの説得もあって渋々というのは、本当に珍しいのだ。


 最初は、狩人の血が騒ぎ、森の主を狩りたいのだと、安直な考えをぼんやりしていた。

 プライドが高い彼女だから、あり得なくはない。

 けれど、別れる際の様子で、何となく察せた。

 狩人やプライド以前に、シルワアは優しい子なのだ。


「彼女の優しさに報いなくちゃな……」


「シスイさん、間もなく接敵します。気をつけてください」


「ああ」


 ふと、空が陰る。

 巨大な影がこちらを覗いている。

 いつか見た、両生類と爬虫類を足して二で割ったような顔面に、重機のような狂暴な顎。

 しかし、以前背負っていた甲羅はない。サイズ感はダウンしている。

 けれど、威圧感はむしろ増していた。


 グオオオオオオオオオオオオーーーーーーー!!


 主は何かに怒っていた。

 しかし一体、何に怒る。

 その眼球は、何を射殺さんとする。





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