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39 声のない悲鳴

「ふうむ」


 腕を組んで、指に挟んだペンを振る。

 目の前には、チカチカと光る石。七個が長机に置かれている。

 ここはガムダリル森林の近くに設置されたキャンプ地。屋根だけがあるテントの下。

 そこで光る石を、静観している。


「見つかったのは計七個だな」


 リアックは俺の真似をして手を組むが、多分頭は空っぽだろう。


「何を考えているんだ?」首を傾げるリアック。


「何故光るのか、どうして光っているのか、その二つをな……」


 傾げる首がより曲がる。

 どうやらこの説明では、彼には足りないようだ。

 彼の前に指を二本立ってて、説明する。


「光る、ということは何かしらエネルギーが必要だ。それが何なのかというのを考えている」


 一本目、人差し指を折る。


「どうして光るのか。これはあくまで仮定だが、光ることに何かしら意思が働いていたとしたら、一体どんな目的があるのか。どんな意思がそうさせているのか。それを考察しなくてはならない」


「石に意思って……お、だからか!」リアックは納得したように顔を明るくする。


「はっはー。君面白いね」


「まだ僕何も言ってないのに察すなよ。言う機会が潰された……」



「あたかも誰も発見していないことに気づいてしまった、みたいな顔をするから、つい。俺はそういう人間を見たら、いじめたくなってしまうんだよ」


「嫌な性格だ」


 口を尖らせて言うリアック。

 それを見て、似たような仕草をするガールフレンドがいたのを思い出す。

 十数年前に別れて、顔も思い出せないけれど。


 男が面倒な女のような仕草をするのは、いかがなものかと思ったけれど、彼の場合は不貞腐れた子供に見えたし、彼のキャラクターに合っていた。

 彼の言動に不快感がないのは、そのせいだろう。

 童顔だし、何より精神年齢と身の振りが相応なんだ。


「それで、何か思いついたのかぁ?」不機嫌そうな声で聞かれる。


「最初に考えたのは蓄光。日光や月の光を溜めて、光るのではとね。まあすぐ却下した。蓄光であれほど強い光を出せるとは考えにくいし、石の中に仕舞われていたコレが、光を溜めれる訳がない」


 顎に手を添えて、美術品を眺めるように顔を近づける。


「次に考えられるのは魔力。だがこれもどうかな」


「え、普通考えて魔力じゃないのか? ほら、洞窟の中でも光る水晶とか、そういうの、あるだろう?」


「アレは厳密にいえば水晶が光っている訳じゃない。水晶の表面にいる微生物が、水晶の中に閉じ込められている魔力を吸収しているときに発生する光、消化エネルギーの発露に過ぎない。けれどこの石には、その微生物がいない」


「え、アレって小っちゃい生き物が光ってたのか⁉ 小っちゃい生き物が一匹でそんなに光るなんて、凄いな」


「一匹じゃないよ。群衆だ」


「一致団結ってことか。凄いなぁ……。僕は、魔力が光っているとばかり思っていた。そっちの方が衝撃的だ」


 リアックは石を持ち上げながら、呟く。

 だからそれには微生物がいないと言っただろう?

 そう指摘しようとする意地悪な自分が出てきそうになったが、彼の感心している姿を見て、微笑みながら引っ込んだ。


 たとえ会話の半分も理解できていなくても、興味を持ってくれるというのは、それだけで嬉しいことだから。


「確かに魔力も圧縮すれば光が発生するけれど、石に封じられた程度では光らないよ。それに光る生物のほとんどは、何故光るのか分かっていないんだ。どういう進化をしたら『光る』という生存戦略に発展するのかもね」


「じゃあ、蛍が光るのも分かってないのか?」


 蛍というワードは、石が点滅するように光るところから来ているのだろう。


「はっはー、アレは求愛だよ。光るのはオスだけだ。メスに見つけて貰えるようにアピールをする……アピール……」


 何か、辻褄が合ったような、なくしていたパズルのピースが見つかったような、そんな予感がした。


「なあ、リアック」


「なんだ、タルポルポ」


「石にオスメスってあると思うか?」


「ないんじゃないか? ……まさかあるのか⁉」


「いや、認識を共有したかっただけ。俺もないと思う。となると石じゃないことも視野に入れよう。じゃあ、石みたいな生き物はどんなとき、自分をアピールしたいと思う?」


「え、石がアピール? ええ……う、うーん……」


 リアックは頭を捻って考えているようだが、生憎今の問いは、彼に向けたものではなく、自分に向けた独り言だ。

「光る」ということをアピールとして用いるのであれば、まず考えられるのが存在の強調。

 光るというのは、それだけで目立つからな。

 この石の発光現象は、それに似ているように見えた。


 だが見えるだけでは根拠にならない。

 それに、もしそうだとしたら、この石は一種の生命体ということになる。

 森の主、タイタンタートルの体内から出てきたということは、鉱石を模した寄生生物のようなものなのだろうか。


 釈然としない。

 違う気がする。

 研究者の勘が反応しない。


「何か見落としてる……ここまで来てるんだがな」機械を直すように頭を叩く。


「あ」


「まさか光ってる理由を思いついたのか?」


「いや、光るのは分からないけれど、もしかしたら僕、タイタンタートルが暴れてた理由が分かったかもしれない……」


「本当か?」


 全く期待していない声で聞く。

 目線は石に釘付けで、リアックの顔を見る気は起きない。


「尿路結石だ。最近ダイン団長がなってた。ほら、タイタンタートルも暴れてただろう? きっとこの石が詰まってて激痛でのたうち回っていたんだ。団長ものたうち回ってたし」


「その話、後にしてくれないか? 普通に結構面白い。でも今は……いや、そうか! 暴れていたんだな!!」


 そうだ。

 肝心なことを見落としているじゃないか。

 大事な要素を一つ。


「ほら、意外と冴えてるだろう?」


「いや、尿路結石は違う。全然違う。でも、キーワードをくれた」


「キーワード?」


 その言葉に頷く。

 俺の仮説を説明しようと思ったが、内心で意地の悪い自我が現れる。

 ここは一つ、リアックにも考えてもらおう。


「何故あのタイタンタートルが暴れていたと思う?」


「尿路結石じゃないんだろう? うーん……そういや、フェリーが周囲を威嚇して刺激したからって言っていた。本人から聞いた。だからなんじゃないか?」


「ああ、その話は聞いた。だが、それなら普通、他の生物も気が立ってないとおかしい。タイタンタートルは確かに森の主だけれど、アレと同等にやり合える生き物は何種類かいる。でも、反応したのはあの個体だけだ」


「腹の居所が悪かったってだけなんじゃ?」


「ここで一つ、情報を付け加えよう。タイタンタートルは多分メスだ」


「メス? メスで狂暴……気が立っている、居所が悪い……生理か?」


「惜しいな。もっと状況を寄せよう。お前は熊を狩ったことがあるか?」


「ああ」思い出すようにテントの天井を仰ぐ。


「一番厄介な熊とは、どんな個体だ。条件はメス。そして毎年、ある時期、高い確率で遭遇する」


「メスで毎年いて、厄介な個体か……子持ちの母熊とか……あっ、え、嘘だろ。まさか、その石っていうのは……」


 どうやら気づいたようだ。

 俺が至った仮説に。


「そう、あの石は卵だ。タイタンタートルが何故あれほど荒れ狂っていたのか。それは産卵期だったからだ。刺激されたら子を守ろうと敵を排除するとは、母の鏡だね」


「そうか……卵だったんだ」


 愛撫するように優しく石を撫でるリアック。

 その姿は酷く平凡で、俺の目には異質に見えた。


「いや、まだ仮説だ。答え合わせをしよう」


 これから俺がやろうとしていることを見たら、きっと怒るだろう。

 地面に転がっているピッケルと拾うと、石を一つ取って足元に置く。

 そしてすぐに振り下ろした。


「あああっ!!」


 リアックは悲鳴を上げる。


「なんてことするんだ! 卵なんだぞ、赤ちゃんなんだぞ!!」


「黙って見てろ」


 振り下ろしたピッケルは石に刺さる。

 手に感じた感覚は金属の塊を殴ったよう。

 鉄板に穴を開けた。そんな感覚だった。

 石のように砕ける様子はない。


 ピッケルを抜くと、穴の中に空洞が見える。

 小さな空洞。

 そこから、青白い光が漏れ出ていた。脈動するように点滅しながらだ。

 そして中心には、未成熟のトカゲに似た影があった。


「これが、タイタンタートルの赤ちゃん?」


「ああ。天然の竜の卵は貴重だ。特にタイタンタートルの生態は謎が多い。これは、世紀の大発見だ」


 世紀の大発見。

 そのワードに心惹かれぬ学者はいない。

 いや、どうかな。違うかもしれない。


 学者には二種類いる。

 知識欲を満たす為に学ぶ者と、偉大な功績を歴史に刻みたい者もいる。

 前者には天才タイプの人間が多い。

 自分はどちらかと言えば前者だが、後者の欲も持ち合わせている。


 舞い踊って、喜ぶなんてことはしない。

 無表情で顎に手を添えて、冷静な趣を見せている。

 けれど内心、興奮で震えていた。

 そんな俺とは打って変わって、落ち込んだ顔をするリアック。



「でも、じゃあこの光る現象はさ、母親を探している合図って解釈できるな。なんかさ、可哀そうだね……」


「ん? ああ、そうだな……」


「どうした? 何か気になることでも?」


「親であるタイタンタートルは彼方に飛んでいったと、報告書で見ただろう」


「そうだね」


「なら、まだ生きている可能性があるんじゃないか?」


「いや、でも、とんでもないところまで飛んで行ったんだろう? それで生きているというのは、考えられない」


 自分でも突飛だと思うし、あり得ないと否定している。

 けれどそれと同じくらい、肯定的な自分もいた。


「排泄物であの硬さ。本体はもっと硬く、そして丈夫だろう。加えてあれほど子を思う生物が、残した卵に執着しない訳がない。それに竜という種は、生命力が高い生物と聞く。多少の重症でも、もしかしたらってな。リアック」


 呼ばて、目を合わせる。


「地図あるか?」


「ああ」


 リアックは地図を取り出す。

 それをひったくると、長机に乗った石を寄せて、地図を開く。

 胸ポケットからペンを出すと、乱暴にインク瓶に先端を突っ込み、地図へ書き込む。


「ここがガムダリル森林」


 ペンでマークで印を付ける。


「ギルドの記録を見ると、ここから南西の方に飛んで行った。ということは……」


 線を真っ直ぐ引く。

 その先にはダアクックがあった。


「ダアクックの上空を通過したのか」


「ギルドの観測によると、目撃されてる」


 もはやギャグだな。

 それほど自称フェンリルの力というのが凄いということか。

 半分思考放棄で、その事実を飲み込んだ。


「その後、さらに南西に飛んで行ったことになる。もし森の主がここへ戻ってくるとするなら、街を通ってくる可能性があるということだ」


「それほど正確に方向が分かるかな?」


「さてな。だが、ギルドに伝えておいた方が良いだろう。備えておくことに越したことはない。悪いことが起こると、大抵それは連鎖するものだ。突飛なことというのも、同類だ。経験がある」


「言えてるね」


「リアック、お前確かガルダリアから無線機貰っているのだろう? アレを貸せ」


「あんまり雑に扱わないでくれよ。それ、試作品なんだから」


 受け取ると、電源をオンする。

 周波数の部分を弄って、ギルドにいるガルダリアの無線機に合わす。

 アレとはそれなりの仲だから、この時間でも出てくれるだろう。


 ジジジジジジジジジジ……。


「……おかしいな。ノイズが酷い」


「まさか、壊したのか?」


「いや、壊れたのと違うな。何か、別の電波に邪魔されているような感じだ」


 しかし、それは一体……。

 電波の通りが良い場所を探そうと、テントの中をぐるぐると周る。

 電波が改善される様子はない。

 それどころか、酷くなる場所だってある。

 特にこの石の周り……。


「……リアック。これ、どう思う?」


「え?」


 近づいて、無線機を見る。

 俺は無線機を徐々に机へ、いや卵へと近づけていく。


 ジジ……、ジジジ……、ジジジジジ……! ジジジジジジ! ジジジジジジジ!!


 ジジジジジジジジジジジジジジジジッ!!!


「これって、どういう……」


「コイツが、電波障害の原因ってことだろうな。はっはー、こいつは、かなりマズいかもしれない」


「どういうことだ?」


「この発光現象は、ビーコンだ」


「びーこん、ってなんだ? ベーコンみたいだ」


「分かりやすく言うと、つまり場所を教えているのさ、母親に。救難信号をずっと。なあ、リアック。何か予兆みたいなものはなかったか? 機械の類が誤作動を起こす、みたいな」


「予兆……あ、そういえば普段メッセージを送る機械が誤作動を起こしてたな。普段使わない緊急メッセージを誤送信してた」


 そういうと、リアックはメッセージ端末を見せてくれた。

 水晶の板に機械が組まれた端末。無線機のプロトタイプだ。

 二十文字の言葉を送れる代物で、まだ水晶玉の名残りが残っているからか、電波での送信と、魔力での送信が可能である。


 二十文字程の連絡が精一杯のその機械を弄ると、保存されているメッセージが一件残っていた。

 そのメッセージの文字は赤で書かれていて、緊急性が伺える。

 日付を見ると、六日前だった。


「ずっと前からこれは送られていたってことか……」


「でも、それならおかしい。誤作動を起こしていたとき、普通に無線機は使えたぜ。一昨日も連絡できた」


「電波が強くなってるんだ」


「強くなるってことは、どういうこと?」


「多分親が近づいてきてるんだ。生きていることは確定だな。多分、数日中に来る。リアック、馬乗って街まで行って、このことをガルダリアに伝えろ。あと馬車の手配を頼む。卵を運ぶ為に必要だ」


「分かった。すぐ行く」


 リアックはすぐにテントを出る。

 これでとりあえず、問題はないだろう。

 そう思った矢先、再びリアックが戻って来た。


「どうした?」


「馬が怯えて凄い興奮している! アレじゃまともに乗れない!!」


 確かめるようにテントを出ると、何かに怯えているのか、目を大きく見開き、涙を浮かべる馬がいた。ロープをちぎってでも、この場から立ち去ろうするみたいに暴れている。

 乗るどころか、近づくだけでも危険な状態だ


 馬は卵を凝視していた。

 もっと言えば、卵の背後にいる何かを見ているようだった。

 一体何を見ている?

 何を感じている?


「何が起きてるんだ……、一体……何が……」


 振り返ると、石の点滅が速くなっていた。

 自分の鼓動と連動するように。


 速く。


 速く。


 速く……。



 ◆ ◆ ◆



『マザー、ハヤクキテ』


『ボクタチノイノチガ、ツキルマエニ』


『ハヤク』


『ハヤク』


『ハヤク……』



 ◆ ◆ ◆


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