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29 湯けむりの先にあるもの(上)

 ボクとフェリーは風呂の用意をすると、部屋を出た。

 宿屋の人に風呂の場所を尋ねると、宿の庭にあると教えてくれた。

 庭に繋がる扉が、一階の廊下の一番奥にあるとのこと。


 言われた通りに廊下を進むと、廊下の奥、正面に扉があり、開けると目の前には小さな庭があった。

 庭には小さな小屋がポツンと建っており、そこから丁度シルワアやセシアちゃんが出てくるところだった。


「お、シスイ」


「良い湯加減だったかい?」


「蒸し風呂。湯、ない」


「丁度良い温度ですよ」セシアちゃんが付け足す。


 蒸し風呂か。

 確かに海外だと、湯船に浸かる文化というのは珍しいと聞く。

 ここでは蒸し風呂なのだろう。


「じゃあ、ボク達も楽しむとするか」


「そうだな。湯船じゃないのは残念だけど、蒸し風呂っていうのも悪くない」


 二人と別れて、蒸し風呂の小屋に入る。

 中に入ると二畳ほどの脱衣所があり、そこで服を脱ぎ、準備万端。

 蒸し風呂への扉を開ける。


 蒸し風呂は思っていたよりも広かった。

 大人六人は余裕で入ることができそうな空間。部屋の真ん中には、柵に囲まれている磨かれた岩が鎮座している。岩からは湯気を立っているのを見ると、きっとこれに水をかけて部屋の温度を調整するのだろう。


「どっこいしょっと、ふうー……」


 木の椅子に座ると深く息を吐く。

 入る前はサウナみたいな熱々な空間を想像していたが、体感的に四〇度くらいで丁度良い。


「ああ、癒される」


「そうだなー」


 ぐったりと壁に背を寄りかける。

 疲れがどっと噴き出したためだろう。

 フェリーの方をチラリと見る。蒸気で濡れて細身になるのを想像したが、毛が水滴を弾き、全身水滴まみれである。


「えい」水滴をなじませるように触る。


「何だよ」


「こうしないと、毛が綺麗にならなそうだと思ったから」


「あーそうだな。水じゃないもんな」


 自分で肩や尻尾を撫でて馴染ませるフェリー。

 届かない背中はボクが撫でる。

 なんだか猿が毛づくろいをしている様子に似ている。


 やがてもこもこだった毛は体にぴったりとくっつき、細身の情けない姿のフェリーがあらわになる。

 こうも印象が変わるのかと少し驚いた。

 けれどそれ以上に驚いたことがある。


「フェリー、普段はもこもこで気づかなかったが古傷が結構あるんだな」


 毛が落ち着いたことで彼の素肌が現れて、初めて見えるようになった傷。

 獣との戦いなのか、引っ掻き傷や噛まれたような痕、裂かれたような切り傷と様々だ。


「良いだろう? 男の勲章だぜ」


「そういうもんか。にしても痛そうだな。特にその首の傷、凄いデカいな」


 傷の中で特に目を見張る程大きい傷が、フェリーの首にあった。

 傷の様子からして、何か大きな動物にでも噛まれたような形をしている。相当深かったのだろう。傷の中で一番くっきりと残っている。


「ああ、これか。この傷は熊に噛まれてできたもの《《らしい》》ぜ」


「らしいって、自分のことなのに随分と曖昧な言い方だな」


「それが幼い頃だったからか、覚えていないんだ。知ってることと言えば兄さんが助けてくれたってことだけだ」


 首元の傷。普通であればそんなところを噛みつかれたら、死んでしまいそうなものだけれど、フェンリルというのはよほど頑丈な生き物と見える。


「……兄さんが助けてくれたってことは、兄弟の仲は良かったんだな」


「そうだよ。今でも慕ってる。だからどうして母さんを殺したのか、分からないんだ……」


「別の犯人説、というのはあり得ないのか?」


「ないよ。だって周囲には母さんと兄さんの臭いしかなかったんだから」


 臭い、か。嗅覚に優れた犬、もといフェンリルなら信頼して良い情報なのだろう。

 けれど別の可能性がない。犯人は兄だというのが、感覚として突き付けられてしまうのは、とても残酷だと思った。

 その事実を受け入れるしかないのだから。


「……なんだかぬるいな。おっさん、そっちに柄杓ひしゃくとかないか?」


 気まずい空気を変えるように、ワントーン高い声でフェリーは言う。

 ボクも丁度変えたいと思っていたため、都合が良かった。


「あるぜ。ほら」同意するように柄杓を渡す。


「あんまりサウナとか入ったことなかったから、やってみたかったんだよね」


 フェリーは水瓶から柄杓を取って岩に水をかける。

 蒸気がむわっと立ち、視界がより白くなる。

 体に付いた水滴が滴り落ちるのと同じように、疲れもまた落ちていきそうだ。


「はあ……いででででッ!」


 案外そうでもなかったみたいだ。肩と腰が尋常じゃないくらいに痛い。

 慣れないことをした弊害というべきか。


 普段使わない筋肉を使ったからか、体がびっくりしているのだろう。ちょっと体をほぐせばきっと良くなるはずだ。

 そう思って体を持ち上げようとするが、想像以上に重症なようで凄い痛い。


「……なあ、フェリー」


「どうした?」


「体を揉んでくれまいか。久々の運動だったせいか、あちこち痛くてたまらん」


「別に良いけど、あんまりやったことないから加減が分からないぞ?」


「程よい加減で指圧したくれたら良い。ちょっと椅子に寝転がるから腰辺りを押してくれ」


合点承知がってんしょうち


 座っていた長椅子に寝転がる。フェリーが後ろに回って、腰に指を置く。すると指に段々と力が加わり、体重も掛けているのか、重みも感じ始めた。


 グギギギギッ、ベキッ!!


 そして、鳴ってはいけない音がした。


「ぎぎゃああああああッ!!」


 痛い、痛い、痛過ぎる!

 多少の痛みなら許容した。痛みもまたほぐれている証みたいな物なのだから。


 だが、これは違う。絶対違う。

 万力で骨をすり潰されたような感じだ。もしかしたら本当に潰されているのではなかろうか。

 忘れていた。こいつフェンリルだった。人間なんかよりもバカみたいに力があるんだった。


「大丈夫か?」


「もっと……、もっと優しいタッチで頼む」


「お、おう。頑張るぜ」

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