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虚構のシスイ ~異世界に不法投棄されたおじさんは、世界の最果てに名を刻む~  作者: yagi
第一章 理想末端都市ダアクック ~第一幕 矮小な思考を破る世界~
11/74

11 疾走

 走る。

 血反吐を吐くくらい、必死に走る。

 怒り狂った森の主から、とにかく全力で逃げる。

 死の感触と緊張に飲まれまいと、必死に冷静さを保とうとする。

 客観的に物事を捉えるように努める。


 目の端の地面に、木が丸々一本後ろから飛んできたのが見えたが、その木の絶叫のような軋み音なんかより、自分の心臓の音の方が大きかった。

 自分の駆ける足よりも速く鼓動し、肋骨の内を殴り続ける。


 なんでこんなにドキドキしてるんだ。

 恐怖からか。

 それとも興奮からか。

 その境界線が曖昧になっていた。


 こんなに必死に走ったのは、人生で初めてだ。

 緊張からか足の力が妙に抜ける。強張っているんだ、きっと。

 息が浅い。ちゃんと吸え、吸え、吸え。


「アンちゃん」


「なんだ!」


 息も絶え絶えで答える。


「お前右の鼻の穴、鼻毛出てる」


 空気を読まない、場違いなことを言うダイン。


「こんなときに身なりをどうこうできるかっ!」


「いや、すまん。つい気になってだな」


「そっちは余裕かもしれないけれど、ボクは体力がないんだっ! 辛そうなのが見て分からないかい⁉」


「そうさな。生きることというのは苦難の連続だ。確かに辛い。だがそれにどう向き合うのかが俺ぁ大事だと思うぜ」


「いや、確かに『辛い』という悩みは抱えているけれど、そんな人生単位のベクトルの話での辛さではなく、コンマの単位で可及的速やかに解決したい命のやり取りの辛さだ」


「しかしよ、見てみろ、あのタイタンタートルを。こうして走っていて、特に距離を離すことはできないが追い付かれる様子はない。この速度を保ち、飛んでくる木々をひょいひょいっと避けるだけで、なんら危険のない役回りじゃねえか?」


「そこに不安があるから危機なんだって言ってるんだろう! ボクの足を見ろ。アンタの巨木に比べてボクのは小枝並だろう」


「まあ、確かに俺の足は巨木並だし、筋肉には自信があるから比べちまったら駄目なものだと思うが、それにしたってちと貧弱過ぎやしないか? ズボンで足自体は見えないが、この程度で息を上げてる奴は子供にだっていねえぞ」


 よく生きてこれたな、と謎の感心と珍獣でも発見したかのような目でこちらを見てくる。

 必死に走らなくてはいけない状況と、ダインの気が抜けるような会話で気がおかしくなりそうだ。

 なんだか腹も立ってくる。

 嫌味ではなく、本心で言ってそうなのが怒りを助長する。


 ムカつく心を抑えようと躍起になっていると、ふと気づく。

 なんか、軽くなった。

 体ではない。多分気持ちの方。

 胸の内に寄り掛かっていた重さが軽くなっている。


 きっと、感情を吐き出したからだ。

 その分、気負いが少なくなった。

 力が入らなかったのは、緊張から来るものなのは分かっていた。

 その緊張がダインとの会話で緩んだのだ。


「少しは落ち着いたか? そんな切羽詰まった顔すんな。気楽に行こう。こんな体験滅多にない」


「そんなポジティブな考え、自分は思いつかないよ」


 空気を読めないのかと思ったが、意図的だったようだ。

 その方法が少し腹が立つが、緊張をほぐすという点で効果的だ。

 きっと緊張で動けなくなった経験というのがあるのだろう。あるいは身近に緊張しやすい人間がいるのかもしれない。


 緊張が抜けた足で、地面を精一杯蹴る。

 だが体力が増えた訳じゃない。身体的に辛いのは変わらない。

 乱れる呼吸。加速する心臓。疲労により感覚が研ぎ澄まされているのか、呼吸と鼓動がやけに大きく聞こえる。


 次第に耳は外側へと向かう。

 岩がゴロゴロと、木々がバキバキと音を立てて飛んでくるのが聞こえてくる。

 辺りに舞う砂塵、木片。

 時折背中に当たるつぶて。

 何が後ろで起きているか、見はしない。

 怖いからだ。


 その分、意識は耳に集中してしまう。

 途中何度も岩や木そのものが大砲の玉のように飛んでくるが、後ろを振り返って避ける余裕なんてものはない。技もない。

 全て運任せだ。


 けれど一瞬、ちらりと後ろを振り向いてしまう。

 そこにはダインが少し後ろを走り、岩や木を大盾で弾いてる姿が映った。

 そうか、彼が飛んで来る岩や木から守ってくれていたのか。

 どうやら、運ではなかったらしい。

 ボク一人だったら、一体何度死んでいただろう。


 ダインのその行動がいかに負担になっているのか、無茶なことなのかは、彼を見ていれば分かる。

 滝のような汗。頬にできたかすり傷。荒い息。


 彼の無茶は、ボクが囮となるという無茶から来るものだ。

 だから走れ、走れ、走れ。

 ボクの為ではなく、ダインの為に走れ。

 喉が千切れてでも、心臓が胸から突き抜けても走れ。

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