表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/17

第六話 「屁だああああああああ!!!!!」

 その日、俺とリリィは森の奥で狼退治のクエストを終え、街へと戻る道を歩いていた。


  西日に照らされた街道はオレンジ色に染まり、風は涼しい。肩に荷物を背負ったリリィは、疲れているはずなのに笑顔だった。


「師匠、今日の私、結構役に立ちましたよね!」


「間違えて俺に魔法ぶつけたのをを除けばな」


 最近になって、リリィの魔法は大幅に進化した。俺にぶつけはしたが、課題だったコントロールも少しずつ安定してきた。


「うぅ……そこは忘れてください!」

 

 そう言って膨れる彼女を横目に見ながら、俺は歩を進める。

 

 こういう、たわいない時間が意外と心地よかったりする。考えてみれば、異世界に来て最初に出会ったのが彼女で良かった。何も分からない世界で、「師匠」と呼んでくれる存在が隣にいたのは、どれほど心強かったか。もし俺一人だったら、とっくに心が折れていたに違いない。

 

 いつも無邪気で、少しおっちょこちょいで……けど、だからこそ一緒にいて楽しい。それを思うと、今の時間は何よりも大切に思えた。


「リリィ」


「はい、なんですか師匠?」



「……いや。なんでもない」


 口に出すのは照れくさくて、結局ごまかしてしまう。


 幸せだと気づくのは、いつだってこういう瞬間なのかもしれない。

 

 ……だからだろう。

 

 背後から迫る冷たい風に、俺は余計に心臓を掴まれた気がした。


「ようやく見つけたぞ……リリィ」


 風を裂くような声が後方からから響く。振り返ると、一人の青年が立っていた。


 金色の髪に漆黒の外套。整った顔立ちに鋭い眼差し。ただ者ではない、という空気が周囲を震わせていた。


「……セリオス兄様」


 リリィが硬直し、小さく呟いた。


「リリィ。家を飛び出してからどこにいるかと思えば……見知らぬ男と共にしているとはな」


 セリオスという男の声は冷え切っていた。

 

 その圧力に負けまいと彼女は一歩、大地を踏みしめ、精一杯の声で言い返す。


「私は……もう決めたんです。師匠のお導きで風魔法を極めると!」


 そして振り返り、俺を指差す。


「この人が……私の師匠です!」


 セリオスはわずかに眉を上げ、鼻で笑った。


「師匠、だと? ならば、その力試させてもらおう」


 そうして突然バトルが始まった。

 

 風が唸りを上げる。そして、目に見えるほど濃密な気流が彼を中心に渦巻く。瞬間、セリオスが消えた。


「どこだ!?」


「こっちだ」


 その声は背後から聞こえた。そのまま、振り返ることすら出来ず、背中に衝撃が与えられ――


「……おならバースト」


 ブオオオオオッ!!


「ぐわぁぁぁ!」 


 突如炸裂した衝撃波に、セリオスは飛ばされ、大木に体を打ちつける。


 俺の場合は、背後を取ったって意味ないんだぜ。なぜならケツは、後ろについているからなあ!


「残念だったな!!」


「さすが師匠!」


 リリィが目を輝かせて喜んでいる。実にいい気分だ。


 だが、セリオスは地に片膝をつきながら、鋭い眼差しをこちらへ向けている。


「……馬鹿な。どうやって……貴様、私に背を向けていたはず……」


 森に重苦しい沈黙が落ちる。


 俺は必死に澄ました顔をするが、額から汗が一筋つうっと流れた。


「ありえん……振り返ることなく、背後の私を捉えただと? 今の爆発のような衝撃と音、風魔法にしては、あまりにも――」


 そして、セリオスが鼻をひくつかせた後、何かを閃いたような笑みを浮かべる。そのまま、彼は一歩踏み出した。


「ふ、ふはははははッ!!! 理解したぞ……!!!」


 森に響き渡る笑い声。風が逆巻き、木々の葉がざわめく。


「えっ……」


 俺は嫌な汗をさらに噴き出した。


「風魔法?…そうではない!貴様の魔法は屁属性魔法だ!!」


 なにぃぃぃぃぃぃ!まさかバレたッッッッ!?……否、まだ諦めるには時期尚早!


「い、いやこれは特別な風魔法で…」


 身振り手振りも加えて必死に否定する。


「風を愚弄するな!……東方に屁魔法があると聞いたことはあったが、まさかこの国にも存在していたとは」


「ち、違う! これは高度なエネルギー圧縮であって……」


「屁だッ!!!」


「屁じゃないです!!」


「屁だッッッ!!!!」


「屁じゃ……屁かもしれんけど、屁じゃない屁なんだ!!」


「屁だああああああああ!!!!!」


 セリオスの声が爆裂し、森の鳥獣が一斉に逃げ出す。


 俺は崩れ落ちそうになりながら、必死に弁明するが――


「し、師匠……」


 リリィの声が震えていた。


「本当に……ずっと……屁……?」


「ち、違う! 信じてくれリリィ! これは屁だけど、普通の屁ではなく、特別な屁であって、一概には屁とは言えない屁なんだ!」


 リリィの目の奥に迷いの影が滲む。信じたいけれど、臭い記憶が次々によみがえっているようだ。


 セリオスは妹を庇うように立ちふさがり、声を低めた。


「リリィ。お前がなぜこんな男に付き従う? お前は――我がエアリア家の娘だろう」


「エアリア家……?」


 俺は呆然と呟いた。


「風の名家、代々王国を支えてきた誇り高き一族。それが俺たちだ。リリィ、お前は本来、外の世界をさまよう身分などではない」


「で、でも……私は――」


「黙れ。お前はかつて魔法を暴走させ、自分だけでなく周りを危険に晒した。だから二度と、魔法に触らせまいとしてきたのだ。それを……屁の男に導かれるとはな」


 リリィは唇を噛みしめ、涙を浮かべた。


 俺に視線を向ける――けれど、そこには迷いがあった。


「……リリィ」


 俺は必死に声を絞り出す。


「俺を信じろ……! お前が魔法を暴走させたとしても、俺が止める。俺が隣にいて、絶対に守る。だから――自分の力を恐れるな」


「……師匠……」


 リリィの瞳が揺れる。


「屁の師匠を信じるなッ!!」


 次の瞬間、セリオスの風魔法が俺を吹き飛ばす。


「ぐはっ……!」


 体が宙を舞い、巨木に叩きつけられる。衝撃で息が詰まり、肺が焼けるように痛む。


「師匠っ!!」


 リリィが駆け寄ろうとするが、セリオスの風の障壁に阻まれる。


「やめろリリィ。こいつは貴様を守れる器ではない」


 冷徹な声音とともに、風が刃となって俺に襲いかかる。


「……おなら……バーストッ!!」


 必死に尻へ力を込め、爆風を放ち相殺を試みる。


 しかし――


「無駄だ」


 風が風を切り裂く。俺の屁はあっさりと掻き消され、逆に衝撃の奔流が牙をむいた。


「ぐああああああッ!!」


 嵐に叩き飛ばされ、地面を何度も転がりながら血を吐き出す。背中を岩に打ちつけ、骨が軋んだ。


 視界の端に、涙目のリリィが映る。


「……リリィ……信じろ……俺は……」


 手を伸ばすが、力が入らない。


 セリオスが冷酷に告げる。


「見るがいい、リリィ。これが現実だ。暴走した時、お前を止められるのは俺だけだ。こいつではない」


「でも……私は……」


 リリィの声が震える。


「行くぞ」


 セリオスは迷う妹の手を強引に取った。


 リリィは最後に振り返る。その翡翠色の瞳には、信じたい気持ちと、揺らぐ不信が入り混じっていた。


 俺の手は空を掴むだけ。やがて風は彼女の姿をさらい、遠ざかっていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ