第五話 「香りづけに屁はいかがでしょうか」
「はああっ!ウインド・ショット」
リリィの重ねた合わせた両の手から、風の魔法が放たれる。その魔法は、彼女の正面にある大木を穿つ――かに思われたが軌道が変わり、とんでもない方向に飛んでいった。
「それじゃ駄目だ」
俺は転がっている大きな岩に腰を下ろしている。足を組み、組んだ足に肘を置き、頬杖をつく。そこから彼女を観察し、端的にダメ出し。こんな事をしているのには訳がある。
『師匠!修行をつけてください!』
眠たい目を擦りながら、宿で朝食を食べていると、リリィの口からそんな一言が発せられた。俺は半分寝ぼけていた事もあり、特に何も考えず承諾した。だが、それは失敗だったと気付かされる。なぜなら――
「具体的にどうすればいいのか教えてください!」
これだ。これが厄介なのだ。俺は彼女の扱う風魔法のことなんて全く分からない。なぜなら、俺が扱っているのは風魔法じゃなくて、屁だから!
したがって、師匠らしい言動だけは心掛け、なんとか威厳を保とうと努力しているのだ。
「リリィ、自分で考えろ。他人から得た答えじゃ、自分の血肉にならない。そして、その答えを見つけようとするプロセスこそが、新たな道を切り開くんだ」
「…師匠、それ言うの5回目ですよ」
まずいな。リリィは世間知らずでアホな雰囲気を漂わせているから、いけると思っていたのだが…そう何度も通用するものじゃないか。
「師匠お願いします!少しでいいのでアドバイスください!」
こう何度も頼まれては仕方ない。俺は、若ハゲに少しだけ悩まされている頭をポリポリと掻き、立ち上がる。
「まず、人差し指と親指で輪っかを作れ」
「こ、こうですか?」
リリィは唐突の指示に困惑した様子を見せながらも、俺を真似て指で輪っかを作った。
「それはデカすぎる。もっと穴を小さく窄めて」
「これでどうですか?」
彼女は指の間を狭め、限りなく隙間がない状態へと近づける。
「うん、いい感じだ」
「これは何の意味があるのですか?」
それは否定的な意味じゃなく、純粋な疑問だった。
「これはケツのあ……じゃなくて!なるべく魔法を凝縮するという意識をつけるものだ。それによって魔法のコントロールと威力を両立する。とりあえず、その指の隙間から魔法を放ってみてくれ」
「はい……うぅ、これは難しいですね」
やはりダメか。屁と風は、似て非なるもの。ケツの感覚で魔法など上手くいくはずが――
「うわぁぁぁ!」
瞬間、リリィから魔法が放たれた。
その風は、大地を抉り、岩を砕く、とてつもない威力だった。
「リリィ!止めろ!」
「と、止まりません!」
彼女は、なんとか制御しようとしているかに見える。しかしながら、四方八方へ魔法を飛ばし、自然破壊が進んでいく。そしてーー、
「ふへっ」
リリィの体が宙に浮いた。そのまま、あらぬ方向に飛ばされていく。
「リリィぃぃぃぃ!」
俺は、ケツに力を入れて全速力でその姿を追った。
◇◇◇
「ここはどこだ?」
気がつけば、俺とリリィは見知らぬ森の奥に転がっていた。リリィは茂みに顔面から突っ込み、俺はズボンのお尻に大穴を空けている。
「師匠……ごめんなさい。制御ができなくて……」
「いや、あれは俺の指導が悪かったんだ。とりあえず、元いた場所に戻ろう」
数時間歩き、ようやく小さな町に辿り着いた。
「た、助かった……」
「師匠のお腹、ぐぅって鳴ってますよ……」
腹の虫の大合唱に背を押され、俺たちは町外れにあったレストランへ。看板には大きく『ジェ・ペテ』と書かれている。
その扉を藁にもすがる思いで開けた。
店内は清潔で、焼き立てパンの香りが漂っていた。
「いらっしゃいませ……おや、ずいぶんお疲れのようで」
そこに現れたのは、気の良さそうな初老の店主。背中は曲がっているが、その目は優しい光を宿している。
「じ、実は……道に迷って……食事もできず……」
俺が説明すると、リリィの腹が「ぐぅ~~」と鳴った。店主はふっと笑い、
「見たところお金はなさそうだが……食事を用意しよう」
「ほ、本当ですか!?」
「困っている旅人を放っておけん。それが“ジェ・ペテ”の流儀でしてな」
俺とリリィは席に案内され、温かいスープと焼きたてのパンを差し出された。
一口、スープを飲む。……沁みる。胃袋がじんわり広がり、全身に生きる力が戻っていく。
「おいしいです!師匠、このスープすごく美味しいです!」
「ああ……これほどありがたい食事は久しぶりだ……」
ふたりして涙目になりながら食べていると、店主がぽつりと呟いた。
「ただな……最近は店が傾いておってな。客足は減る一方だ。味では負けぬと思うのだが……」
すると、そのとき――
「この私を満足させられなければァァ!!この店ごと潰す!!」
怒号とともに、店の扉が乱暴に開かれた。
入ってきたのは派手な衣服を纏った若い貴族風の男と、取り巻きの兵士たち。
「き、貴族様……!」
店主の顔が青ざめる。
「我が食事に満足させられなければ、この店は今日で潰す!わかったな!」
取り巻きがテーブルをドンと叩く。
「師匠……こ、これは……!」
「うむ……典型的な嫌な奴だな」
店主は必死に料理を出すが、貴族はことごとく鼻で笑い、皿を払いのける。
「ふん、どれも凡庸!舌が唸らぬ!」
「も、申し訳ございません……」
店主は土下座せんばかりに頭を下げている。
俺はパンを噛みながら腕を組み、ゆっくり立ち上がった。
「……ちょっと、俺にやらせてもらえませんか?」
「な、なにを言ってるんです師匠!?料理なんてできるんですか!?」
俺は厨房に立ち、見よう見まねで肉を焼く。
肉は焼けたが、香りが決定的に弱い。これでは奴を満足させられない。
「……仕方ない。切り札を使うか」
俺はフライパンをそっと尻に近づけた。
「奥義…屁風味付け《フレーバー・オブ・ブリッ》!」
――ぷすぅぅぅ……
「できたァァァ!!!」
皿をドンと貴族の前に叩きつける。
「喰え。人生観が変わるぞ」
「ほぉ……貴様ごとき下郎が私に料理を?笑止千万!」
そう言いながら、料理を口へと運ぶ――ピタッ。
「……ッ!?!?!?」
バッ!!と立ち上がる。目は血走り、顔は真っ赤に染まっている。…失敗したか?
「うッッッ……うまあああああああああああああああああああああい!!!!!」
感動の衝撃で店の窓ガラスがビリビリ揺れる。貴族の男は立て続けに料理を口へと放り込む。
「ぐわああああ!鼻腔を突き抜ける芳醇な香りィィ!!」
「後味に残る深みィィ!!これが……芸術ッッ!!!」
男は身をよじり、卓を叩き、ひとりで天地を揺るがす大絶叫をあげている。
「認めよう!ジェ・ペテ!!この店の料理は天下一品だ!」
こうして店は救われたのであった。




