第四話 「屁バレの危機」
ウヨキト村を出て、俺とリリィはのんびりと舗装された街道を歩いていた。
「結局、報酬は半額でしたけど……師匠、かっこよかったです!」
「……そうか。あのトマトの飛び方、良かったか?」
「はいっ!あれは風魔法でも上級クラスじゃないですか?」
リリィは無邪気にそう言うが、俺の技は“屁”だ。誰にも言えない、最強で最臭の能力――だが、まだバレてはいない。ふふ、完璧だ。
そんなことを考えていると、前方の街道に一人の男が立ちはだかった。
「おい!ハライタイシ!」
剣を背中に携え、真っ赤な髪を刈り上げた青年。どっかで見たことあるような、ないような…あっ。
「お前は……ランク査定のときにいた剣士」
「そうだ!俺の名はヴァイス!この国一の天才剣士様だッ!」
「…そうか」
なんか熱苦しいやつだな。
「なのに!なぜだッ!!なぜ俺がDランクで、貴様がCランクなんだあああああ!!!」
ヴァイスは地団駄を踏み、悔しがった様子を見せる。
「リリィ。帰るぞ」
「えっ、でも…」
「コイツは関わっちゃいけないタイプの人間だ」
そう言って、リリィの手を引っ張り、ゆっくりと歩きだす。
「待てぇ!勝負だ、ハライタイシ!俺の方が強いと証明してやる!」
「いや、俺ら疲れてるし」
まあ疲れてなくても勝負をする気はないがな。
「黙れ!剣士に休息は不要だッ!!」
「いや俺、剣士じゃねぇし」
「いざ勝負ッ!!」
どうやら話が通じないようだ。
ヴァイスは抜き放った剣を構え、真っ直ぐこちらへ向かってくる。背後には太陽が昇り始め、その淡い光が彼の輪郭を照らした。
「ハライタイシ!ここで俺に負けたら、お前のCランク、俺によこせッ!!」
「えっ、それ制度的にアリなの?」
「魂の契約なら、何でもアリだッ!!」
なんだコイツ。
「じゃあ聞くけど、勝ったら何もらえるんだ?」
「俺と友達になれる権利だァッ!!」
「いらねぇぇぇぇ!!」
その瞬間、一気に距離を詰めたヴァイスが剣を振り下ろす。
「うおっ、危なっ!リリィ、下がってろ!」
「師匠っ!」
地面を切り裂き、石畳が砕ける。ヴァイス、意外とやるじゃん。
再び剣を振りかぶるヴァイス。
……だがな。俺には、こっそり育てたおならブーストがある。深呼吸を一つ。意識をケツへ。
「ふんッッッ!!」
ぶおおおおおおおおおおおおん!!
屁による爆風で、ヴァイスの剣を弾く。
「なにィ!?何だ今の風は!?まさかお前――」
やべッ!?バレたか!?
「――風の精霊と契約してるのか!?」
「え、あ……そ、そう。そういうことにしとこう」
「やはりな!くっそ、俺も光の精霊に話しかけてるんだが全然返事がこないんだよ!」
なんだか可哀想だと思った。だが、そんなことを考えている余裕はない。なぜなら、ヴァイスが再び突っ込んでくるからだ。
「おならバースト」
俺の尻から放出される渾身の一撃。
「ふんっ!もう見切った」
ヴァイスは宣言通り、屁をかわした。
こいつ…強い。だがな、とっておきがまだ残っている。
「喰らえッ、屁撃・曲がり角ブースト!!」
ブリュルルルルルルルル!!
俺はもう一度、屁をこいた。それをヴァイスは避けようと動く。
その瞬間、放屁は右へカーブし、避けたと思ったヴァイスの横っ面にクリーンヒット!
「ぐはッ!?なん……だ……風が……曲がった!?」
「ハッハー!これが俺の実力だ!」
よし、これで帰れるな。早く寝たいぜ。そう思ったのも束の間、奴は立ち上がった。
「クク……やはりな……ハライタイシ……お前の戦い方、ずっとおかしいと思ってたんだ……!」
「な、なんだと……?」
「さっきのあの爆風、そしてカーブする風圧……全部、“ケツ”から出ているッ!!」
「!? ち、違う!これは、風精霊の…」
「言い訳無用ッ!!俺の剣には、臭いセンサーが搭載されてるんだ!!」
「そんな…バカな!?」
「つまり、お前の魔法の源は、“屁”だッ!!」
ついに、俺の秘技がバレた。その時、リリィの顔がピクッと動く。
「し、師匠……? ほんとうに、屁……だったんですか?」
「ま、待てリリィ、これは違うんだ!これは高濃度のエネルギーを圧縮して──」
「言われてみれば、思い当たる節がいくつもあります。師匠が魔法を使うと、いつも臭かった。」
視線が、冷たい。氷のように。
そんな俺たちに構うことなく、ヴァイスは戦う姿勢をとった。
「もう“後ろ”から出すだけじゃ、俺には勝てないぞ!!」
まずい。これ以上、屁を出したらリリィに言い訳ができない。しかしそれでは、奴の動きを止められない。
ならば──新技を作るしかないッ!!
「くっ……できるのか……今の俺に……いや、やるしかないんだ!」
俺は静かに、手をケツに伸ばした。
勝利を掴め、未来を掴め、希望を掴め、夢を掴め……屁を掴め!
「はああああああああ!」
ごっそりと屁を掴む俺。ぬくい。湿度が高い。臭い。超臭い。いろんな意味でギリギリだ。だが、手の中に、屁力が集まっていくのを感じる。これは……いけるッ!!
タイミングを間違えるな。間違えれば、自分がダメージを受ける可能性のある捨て身の奥義だ。空気をギリギリまで漏らさないように。インパクトの瞬間、一気に解放する。
「いっけぇぇぇぇ!!奥義──握りっ屁爆裂拳!!」
バンッ!!!
拳を叩きつけた瞬間、密閉発酵された屁圧が爆発し、強烈な破裂音と衝撃が炸裂する。
「ぐあああああああああああ!」
ヴァイスの体が吹き飛ぶ。その頬には、僅かに涙が伝っていた。
「ぅぅぅ……な、なんという……芳醇な……ッ……」
そして、倒れた。
「見たかリリィ!今のは、手から魔法を出したぞ!だから、おならのはずがない!!」
目を見開き、ハッとするリリィ。
「何だか臭い気はしますが……たしかにそうですね。さすが師匠!」
その翡翠のような瞳に、再び尊敬の色が戻った。




