第十七話 「魔の森を抜ける秘策」
獣の国へ向かう道は、思っていたよりもずっと険しかった。
深い森は昼でも薄暗く、ぬかるんだ土は歩くたびに足を取られる。木々はやたらと生い茂り、道らしい道などない。さらに面倒なことに、魔物の数がやたらと多い。森の入口から出口までずっと敵がいる、みたいな状況だ。
だからこそ今、ほんの少しでも静けさが訪れると、逆に不気味である。
でもまあ、大丈夫だろう。
「お、なんか静かになったな。ちょっと小腹すいたし、さつまいもチップスでも食うか」
のほほんと気の抜けた俺の声が森の中に響いた瞬間――
ズボォォォッ!!!
空気が割れる音とともに、巨大な影が空から落ちてきた。
魔物だ。
「ぎゃあぁぁぁああああ!!??」
まるでデカい袋を被せられたように、俺は上からすっぽり丸飲みにされた。
「し、師匠ぉぉぉぉぉ!!?」
リリィの悲鳴が森中にこだまする。
俺を飲んだ魔物は、まるで盗んださつまいもを抱えて逃げる原井大志くんみたいに、猛スピードで森の奥に消えていくのだった。
◇◇◇
「っ……追わなきゃ!」
リリィは息を飲み、すぐさま風をまとって駆け出した。視界の端から端まで素早く魔物の影を探す。だが――
「あっちにも魔物、こっちにも魔物っ!? え、どれが師匠を飲んだ魔物ですか!?」
不運なことに、似たような見た目の魔物が同時に数匹、森の奥へと逃げているのが見えた。口周りの
涎の量も、尻尾の形も、走り方も全て同じである。
「くっ……!! どれを追えば……」
そのときだった。
森の深い場所から、風に乗って異臭が流れてくる。胃液の酸っぱさと、おぞましい屁の匂いが混ざり合った、世界の終わりみたいなスメルだ。
「……あれだッ!!」
リリィは目に涙を浮かべながら、全力疾走で匂いの元へ向う。
辿り着いたのは森の中心部。巨大な木の根元に魔物の巣窟があった。リリィが駆け込むと、奥にいる魔物が苦しそうに腹を押さえ、地面を転げ回っていた。
「胃、痛そう……あ、師匠のせいか」
そして――
「ぶはぁぁぁ!! 生還っ!!」
魔物の口から、べっとり涎まみれのタイシが飛び出してきた。
「し、師匠っ!! 大丈夫ですか!?」
「いやー、胃の中って意外と狭いな……あと、屁の匂いが臭すぎて地獄だった」
「それは師匠のせいでしょ!!」
「まあな!」
思わず脱力するリリィ。 だが安堵も束の間、次の危機はすぐやってきた。
ガサガサガサッ――!!
別種の魔物が木々を押し分け、リリィへ向かって一直線に飛びかかってきた。
「きゃっ!」
「リリィ危ない!!」
タイシは即座にリリィの前へ飛び出す。しかし――魔物はタイシの目の前で急停止した。
「……え?」
そしてタイシの周りの空気を一吸いし、
『………………』
涙を浮かべながら、ものすごい勢いで逃げていった。
「え、何が……起こったんですか!?」
「俺が臭すぎるんだろ!」
「誇らないでください!!」
◇◇◇
屁の匂いによって魔物が逃げていく。それを見て、俺の中に一筋の光が走った。
「今のでわかった!」
「……いやな予感しかしません」
「魔物は俺の匂いを嫌って近寄れない。つまり……」
「師匠、その顔やめてくださいほんと怖いです!」
「リリィにも屁をかければ安全だ!!」
「絶対いやですぅぅぅ!!!!!」
リリィは全力で逃げ出した。風の魔法で加速して森を駆け抜ける。
俺を舐めるな、リリィ。屁属性魔法のスピードは、地味に速い。
「我慢しろ!これが森を突破する最善の方法なんだ!!」
「絶対ほかにあります!! 魔法の世界ですよ! 知恵とか工夫とか!!?」
「屁は万能だ!」
追う俺、逃げるリリィ。森には奇妙な二人の叫びがこだまする。
そしてついに――
ブボォッ!!!
「ぎゃぁぁぁぁあああああ!!!???」
リリィに屁をぶっかけることに成功した。彼女の周囲に“おならバリア”が展開する。
リリィは地面に膝をつき、顔をしかめた。
「……クッサ……死ぬ……」
「だ、大丈夫だ。すぐ慣れる。多分」
「慣れたくないです!!」
とても嫌そうだ。しかし、彼女の感情とは裏腹にすぐにその効果は現れた。
森の奥から魔物が迫ってくるが、リリィのまわりに漂う臭気に触れた途端――
『……無理ッ!!』
とでも言いたげに逃げていく。
「ほらな、効果絶大だ」
「うう……屈辱です……」
「まあまあ。これで森を突破できる」
リリィは涙目で鼻を押さえつつ頷いた。
「……でも、助かりました。ありがとうございます……くさいけど……最悪ですけど……」
「へへ、なんだかんだ言って頼りにしてるだろ?」
「師匠が臭くなければ、もっと頼りにできます!!」
その後も魔物の群れは何度か現れたが、すべてリリィの周囲に漂う“ハライ・タイシ産!屁の残り香”によって撃退された。結果、俺たちは魔物が闊歩する森を誰よりも安全かつ、確実な方法で突破したのだった。
森を抜けた瞬間、リリィは深呼吸しようとして「あっ」と顔を歪め、結局もう一度鼻を押さえた。風が流れ、屁の匂いも流れ、どこかで鳥が鳴く。それは悲鳴か、それとも歓声か。その答えはまだ、分からない。
100メートルほど進むと、鳥たちが泡を吹いて地面に倒れていた。その答えはまだ、分らない。
「なぜだろう?」
「……師匠のせいですよ」




