表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/17

第十四話 「禁域」

 耳を裂くような突風とともに、風の刃が振るわれる。反射的にケツをブシュッと噴かし、ギリギリでかわす。


「おいおいおい!お前も屁で加速かよ!」


「違う!風魔法で加速してるんだ!……風の速度はこの程度じゃないぞ」


 セリオスの動きがさらに加速する。全く目で追うことができない。風の刃が連続で襲いかかり、俺は必死に屁を連発した。プシュ、プススッ、ブボッと、リズムを刻むように。


 それでも、刃は確実に俺の肉をかすめていく。最初はふくらはぎに浅い切り傷がひとつ、次に腕、肩、背中…そして頬。気がつけば、全身のあちこちに細かい痛みが広がっていた。 


 体力もじわじわと削られていく。呼吸は乱れ、胸が苦しい。骨盤底筋に力が入らない。視界が揺れて、耳の奥で自分の鼓動だけが響く。どれだけケツを連打しても、攻撃の雨は止まらない。


「はぁ……はぁ……やっべぇ……反応が追いつかねぇ!」


「遅い、遅いぞ! その程度の屁では、俺には届かん!」


 このままじゃやられる。もっと速く動かなければ――いや、違うな。だって俺は風使いじゃないのだか

ら…リリィにはずっと嘘をついてきた。屁を風だっていう嘘を。でも、それはやめると決めたはずだろ原井大志!俺は屁使いだ!そして、屁の本当の強みは臭いことだ!


 俺の脳裏に浮かぶのは、焼き芋屋台でのこと。ジーム爺との奇妙な邂逅だ。あの時、気づいたら目の前にいたはずの爺さんが、次の瞬間には背後にいた。あの強烈な匂いと、思考が途切れたような感覚。


 あれは……なんだったんだ?俺はずっと考えていた。あの技の正体を……


 そして今、一つの仮説にたどり着く。


「……そうか。あれは――」


 俺はケツに全ての力を込めた。もう小出しじゃない。限界を超える一撃だ。

 

「鼻が死んでも構わねぇ!この一発に俺のすべてを懸ける!嗅覚よ、沈め!常識よ、砕けろ!腐敗の香りに包まれし禁域――屁霞の園(ヘイズ・ガーデン)ッッ!!」


 ブシュゥゥゥゥッッッ!!!

 

 異様なほど濃厚で、強烈な悪臭が辺りに広がる。目に見えぬはずの空気が歪み、セリオスの動きがピタリと止まった。


「なっ……ぐっ……!? な、なぜ……身体が……動かん……!」


 まるで時間そのものが凍り付いたかのように、セリオスは硬直している。


 上手くいったようだな。


 俺は震える唇を噛みしめ、呟いた。


「これが、爺さんの……いや、俺の新しい屁の力――屁霞の園(ヘイズ・ガーデン)。ただひたすらに追い求めたのは臭さ。それは、脳が自己防衛を始めるほどの匂いだ。感覚を遮断し、動きを止める。最終的には意識をも手放す激臭さ」


「そ、んな…ふざけた…力で…」


 セリオスは次第に意識を失っていく。


 その姿を確認した俺は、ふらつきながらもセリオスの背後へ回り込んだ。ヘイズワールドで相手を無力化できるのは、もって十数秒だ。だからその前に、決着をつけなければならない。


 「……もう、これで最後だな」


 呼吸は荒く、ケツも限界を迎えている。もはや一滴の屁力も残っていない。俺は酷使した尻をそっと撫で、感謝を込めて呟く。


「よくここまで頑張ってくれたな……最後は拳で決める」


 腰を落とし、拳に力を込める。屁が尽きた今、俺にできるのはただのパンチ。それでも全力だ。


 ……その時だった。


「なっ!? あの臭い男はどこだッ!?」


 セリオスが意識を取り戻したらしい。目を見開き、辺りを見回している。だが、もう遅い。

 

 俺を探そうと、こちらに振り向く――その瞬間、渾身の右ストレートを顔面に叩き込んだ。


「おらああああぁぁぁ!!!」


「ぐぉっ!!?」


 セリオスの身体が地面を転がる。徐々に勢いが弱まり、静止した。


 戦場に残るのは、自身の荒い息の音と屁の臭さだけ。


「……終わった、か」


 ギリギリの戦いだった。ジーム爺の魔法に気づけていなかったら、負けていただろう。そもそも奴が近距離戦を選ばず、遠距離から魔法を放ち続けていたなら、屁霞の園(ヘイズ・ガーデン)の範囲外だったかもしれない。だが、勝ちは勝ちである。リリィを探しに行く権利を得たのは確かなことなのだ。


「突き当たりを右に曲がって奥の部屋…だったか」


 ゆっくりと一歩ずつ歩を進める。静まり返った廊下に、靴音だけが乾いた音を立てて響いた。


 コツッ、コツッ。

 

 その静寂を破るように、背後でヒュウと風の音が鳴った。最初は勘違いかと思った。けれど、その風は次第に強くなり、やがて俺の髪を逆立てるほどに荒れ狂い始める。


「…まさか」


 気のせいのはずだ。気のせいだと信じたい。この想いを確信に変えるため、俺はゆっくりと首を回し、後ろへ視線を向ける。


 セリオスが立っていた。血と汗に塗れ、全身をボロボロにしながらも、確かに立っていたのだ。その身体からは風のうねりが漏れ出し、まるで周囲の空気ごと震えているようだった。


「…まったく、化け物みたいな臭さだったな」


 その男は、血に濡れた口角を吊り上げて笑う。


「マジかよ」


 俺にはもう、奴と戦う力は残されていない。絶体絶命だ。

 

 セリオスの笑みが消えると同時に、彼の掌に膨大な魔力が集まっていく。


「この魔法を対処してみせろ、タイシ!」


 牙を剥いた風の奔流が俺の体を切り裂こうと迫る。避ける暇なんてなかった。体はもう限界で、ケツはぴくりともしない。


「くっそ……ここまでかよ!」


 セリオスの生んだ風が目前に迫り、俺の皮膚を裂くその瞬間――


「ウインド・バズーカ!!」


 鈴の音のような声の詠唱が、耳を打った。


 巨大な風の砲弾が横から飛び込み、セリオスの魔法を正面から迎え撃つ。二つの風がぶつかり合い、爆ぜる。強烈な衝撃波が屋敷を揺らし、壁の絵画や装飾が次々と吹き飛んでいく。


 思わず腕で顔を覆った。吹き荒れる暴風や飛んでくるガラスの破片から身を守るために。


 やがて、嵐は止んだ。


 立ち込める煙の中、見覚えのあるシルエットが浮かぶ。長い金髪を風に揺らし、指は肛門のようなのような形を作っている。


 あの構えは――


「…リリィ」


 その少女はこちらを一瞥し、ニコリと笑うとセリオスへと視線を向けた。その瞳は決意を宿したような力強いものだった。


「守られてばかりの私じゃ、いられないんです!」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ