第十三話 「骨盤底筋の力」
ヴァイスと別れた俺は一人でリリィを探す。
「ヴァイスのやつ、大丈夫か?」
あいつは俺との別れ際に『俺は事が終わるまで池で身を隠す!』と言っていたが、多分見つかってしまうだろう。ヴァイスという男は、絶対にじっとしていられないタイプだからな。多分三分後には池の中で魚とレスバトルを始めている。
「そのためにも、早くリリィを見つけないとな」
「その必要はない」
背筋をぞわりと撫でる気配。暗がりの奥から声が響く。
影の中から現れたのは因縁の相手――
「……セリオス」
金色の髪が淡い月の光を反射し、氷のような双眸が俺を射抜く。どこか神聖で、どこかむかつく。ビジュアルの良い男がそこにいた。
「無様に生き延びたものだな、ハライタイシ」
「リリィはどこだ」
「教えると思うか?」
やっぱりか。素直に答えるようなタイプじゃない。やるしかないな。はゆっくりと膝をつき、次に両の手、そして額を地面に押し当てた。
「教えてください」
土下座である。
「……は?」
セリオスの眉がピクリと動いた。
「頼みます!リリィの居場所を教えてください!」
「教えるわけないだろ!ここは普通バトルする展開だろうが!」
「そこをなんとか」
「ええい!早く立て!力で証明しろ!」
セリオスは本気で困惑しているようだ。だが、俺はやめない。さらに額をゴリゴリと地面に押し付け、誠意をアピールする。
「一生のお願いなんで。頼みますよぉ~」
必死さと情けなさのミックスを声に乗せる。額が熱い。だが、これは覚悟の証だ。俺の土下座が本物であることを、セリオスの氷の心に届けるんだ!
すると、セリオスは深いため息を吐いてから口を開けた。
「……分かった、教えてやる。突き当たりを右に曲がって奥の部屋だ。だが立て。リリィの隣に相応しいかどうか、力で証明してみせろ」
意外とチョロいな。
「じゃあどいてください。一生のお願いです!」
「さっき一生のお願い使っただろ!」
「だってあなた強いじゃないですか」
土下座しながら褒める。これが俺の戦法だ。
「うるさい!いいから戦えよ!俺はな、リリィに厳しくしているが、実はリリィのことを思っていて、もしお前が俺を倒せる実力があるならば、リリィを任せてもいいとも考えているんだ!だから早く力を見せろ!もしお前が負けても、ある程度戦えるなら、なんだかんだお前を認める展開にするから!」
「台本喋んなよ!」
この人、言っちゃったよ。自分の心情と、なんだかんだ俺を認めてくれる展開にしようとしてることも。だけど、そんな彼がリリィを本気で大切にしてることは伝わる。だからこそ、俺も中途半端じゃ終われねぇ。
「分かりました。でも、俺は本気で勝ちにいきます」
さっき早口でまくし立てたセリオスは肩で息をしている。ゼェゼェと声を漏らしながらも頷いてくれた。
じゃあいくか。俺は土下座したまま屁ロケットでセリオスに突っ込んだ。土下座アタックだ!
「屁ロケット――土下座アタックッ!!!」
ドゴォォォッ!!!
爆音とともに俺の体が一直線に突進!だが――
ドンッ!!
強烈な風の壁に叩き返され、俺の体は宙を舞った。背中から地面に落ち、転がる。
「ぐえぇっ!」
セリオスは腕を組み、鼻で笑った。
「この程度か?」
「まだまだ!」
俺は立ち上がり、再びケツに圧を溜める。
ブゴォッ!
屁の爆風によって、セリオスに突撃!
だが、またしても風の盾が立ちはだかり、俺の体は跳ね返された。
「ぐっ……!」
すかさず体勢を立て直し、もう一度。
ブゴォッ! ブボォッ! ブガァッ!
三度、四度、五度。しかし、そのたびに風に叩き返され、地面を転がる。
「何度来ようと同じことだ」
「くそっ!」
正面突破は不可能だ。やり方を変える必要がある。もっと細かく――もっと繊細に、ケツを操らなければ!
俺はケツに全神経を集中させた。
プシュッ!
小出しだ。小出しにして、控えめな屁。それによってもっと機敏に、細やかに動ける!
ドン! シュッ! ヒュン!
まるで床を蹴るように、ケツの推進力で空中を滑走する。
セリオスの瞳がわずかに揺れた。
「なにっ……!? さっきまで直線しかなかった動きが……急に読めなくなっただと!」
そうだ。俺の屁ロケットはただの直進だけじゃない。
骨盤底筋を制する者が、屁を制する。
この筋肉こそ、放屁の角度、圧力、解放タイミングを支配する鍵だ。締めれば止まり、緩めれば弾け、左右をずらせば旋回。まるで戦闘機のスラスターようだ。
俺は右の骨盤底筋をキュッと締め、左をわずかに緩める。瞬間、体がカーブを描きながら風を切った。空中を縦横無尽に駆け回る俺のケツ。
「うおおおおおッ!」
セリオスに向かって突撃。奴の作る風の防壁ををすり抜け、脇腹へ拳を叩き込む。そして、すぐに反転し、距離を取る。
プシュッ! ドン! ブボッ!
再び突撃、今度は斜め下から。
「くらえ!」
さらにもう一撃、背後から。
「おらぁ!」
「くっ……このっ!」
ヒットアンドアウェイ。撃っては離れ、また撃つ。小出しの屁で軌道を微調整しながら、わずかな隙を突いていく。
だが、さすがは風使い。セリオスもただではやられない。
「……いいだろう。お前が俺に速さで挑むというのなら――」
セリオスは片手を横に払う。次の瞬間、足元の空気が爆ぜ、奴の身体が消えた。
「なっ!?」
次に見えた時には、俺の真横にいた。
「同じ土俵で戦ってやろう」




