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Noctuelles  作者: u2la
8/33

I-8

心地よいまどろみから滑る出るように視界が開けた。


「お目覚めかしら。もう着くみたいよ」


下から覗き込む彼女がぼんやりと視界に入る。田舎の叔母の家に向かう私たちは、鉄道駅での市場で数日分の買い物を済ませ、家近くへと向かう馬車に乗っていた。適度に不規則的な揺れが心地よく、気がつけば私は現を離れ、寝てしまっていたようだ。


当たり一面に広がる田園の先には、既にレンガ造りのニ階建ての家が見えていた。初夏の風に田は踊るように揺れていた。予定通りに到着し、これまで一人で来ていたときには変わらない景色に道中は退屈であったが、今回は彼女と一緒となれば、喜びが湧いてくるようだった。


馬車から田園を眺めている彼女は、初夏の自然の生気に当てられてか、普段の街とは違う風景に彼女も心踊る部分があったのか、いつもよりも高揚しているように見えた。


家に到着すると、彼女は居間の中を見回し、角から歩きながら棚に並べられた置物を眺めていた。四十平米ほどの居間の壁には、蝶の標本箱が昔と変わらずに並んでいた。くすむことの無い蝶羽の輝きは少年時代の思い出と共に、その時間を止めてそこに在った。その間彼女は部屋の角に置かれた小振りなグランドピアノを見つけていた。


「ここにもピアノが置いてあるのね。そこまでほこりがかぶっていないけど、最近も時々来てたのね」


彼女はそういいながら鍵盤を押した。部屋には少し調律の狂ったGの音が響く。自宅よりも広いので丸く柔らかい音がする。様々なピアノを弾いてきたが、いつもこの家のピアノの音を聞く度に、懐かしさが込み上げてくる。それは、元からそういった音がするピアノなのか、その音自体がここでの記憶と強く結びついているということなのかは分からないのだが。


「いいピアノではないけどね。叔母が死んで、向こう側の親戚にはこの家も引き取る人がいなくて、私の所有になったんだ。時々創作に行き詰ったときや、集中したいときには来てたんだよ。君と会ってから来るのは初めてだね」


「素敵なお家だわ。温かみがあって、とても落ち着けそう。周りも自然豊かだったし、良い滞在になりそうね」


一通り居間を物色し終えた彼女の好奇心は早くもニ階に向いたらしく、階段の方に向かっていく。その前に声をかけておいた。


「この辺りは、明かりもほとんど無いから、直に暗くなる。今日はもう外に出ないで、来る途中に買った食材で夕食にしよう。私は準備しておくから、君は好きなだけ二階を楽しんできて」


彼女は笑った。


翌日、家からほど近い花畑に来ていた。蝶を彼女が見たいというので、私は虫取り網と籠を持ち、家を出てきた。地平線近くまで列をなしたラベンダー畑が並んでおり、時折吹く風は優しく爽やかな香りに満ちていた。


「蝶は花の蜜を求めて集まってくる。その時に気づかれないように、忍び寄って網で手早く捕まえる」


ちょうど眼の前のラベンダーの周りを、黄色い蝶が舞っているのが見える。私は慣れた手付きで、蝶を1匹ずつ捉えていった。既に籠には数匹の蝶が入っている。


「αζ蛇ήν ιΦα殺. εγττ ναノτ γζ ά εν」


麦わら帽子を被った彼女は、風が吹く度に頭を軽く押さえている。帽子は彼女には少々大きいように見えた。


「標本にするということは、捕まえた蝶は殺さないといけないのよね」


彼女は屈んで花に止まった蝶の方を眺めながら私に尋ねた。


「そうだね。薬品を使うこともあるけれど、指で力をかけて〆ることもできる。最初のうちは抵抗感があるけれど、段々と慣れてくるものだよ。捕まえるところだけでもやってみるかい」


そういって彼女に網を差し出すと、少し躊躇う様子であったが、その手にとって蝶が集まっているラベンダーの方へ向かった。忍び寄るようにゆっくりと近づくが、折悪く風が吹き、狙っていた蝶は飛び上がってしまった。彼女は漂うように飛んでいく蝶を花畑の奥に隠れてしまうまで眺めていた。


「大丈夫、今の時期は辺りそこら中にいるから、他のを狙おうか。ほらそこにもいる」


私は彼女の左側の列を指差す。彼女もそこにいる別の蝶を見つけたようだった。彼女は再び蝶に近寄り、そこから蝶が飛び上がろうとしたところに勢いよく網を被せた。彼女を網を覗き込み、蝶が入っていることを確認して、網の口を反転させて、そのまま私の方に持ってきた。


「取れたわ」


「キアゲハだね。うまいじゃないか」


彼女から網を渡された私は、中の蝶の羽根を優しくつまみ、手早く籠の中に移し替えた。


「女王だって何も出来ない訳じゃないのよ。ο学シπξ英ήνυ至νπモυ特εα だったんだから」


一瞬なんのことか意味が分からかったが、彼女の夢のことを言っているのだと気がつく。彼女なりの冗談らしい。私は、そうだね、と笑って返したが、彼女は少し寂しそうな表情をしていた。

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