18話 負の転換
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(―――やりすぎちゃった〜〜っ!!)
タクローと別れた後、月菜はそのまま日文研の手伝いに戻っていた。
部屋の中には、和装体験用の衣装や古い文献、文化祭用に急ごしらえした展示物が雑多に並び、独特のカオスな空気を醸し出している。
「どうしたの? 顔が赤い」
「な、ななんでもないよー!」
エヴァの一言に、月菜は反射的に否定する。
だが、自分でも分かるくらい頬が熱く、視線が落ち着かない。
「うんうん、大好きなお兄ちゃんと一緒に学園祭を回れて楽しかったのですね」
「だから違いますってば!」
ぶんぶんと首を振りながら、月菜は手伝い用の机を拭く。
乾いた布が机の表面を滑る音だけが、やけに大きく聞こえた。
どう取り繕っても、心臓の鼓動までは誤魔化せない。
「ふふ、否定が速い時ほど怪しいです」
「怪しくないよ!?」
「月菜さん、顔に幸せって書いてあります」
「書いてない!」
エヴァは楽しそうに笑いながらスマホを操作している。
その指の動きがやけに手慣れているのが、少しだけ気になった。
「でも本当にいい写真が撮れました。巫女装束の月菜さんと、袴姿のタクローさん。とても絵になります」
「……私にも送ってください!」
思わず食い気味に言ってしまい、月菜ははっと口を押さえる。
「了解です」
即答だった。
資料棚を整理していた陽菜が、ちらりと二人を見る。
「仲いいよね、ほんと」
「えっ?」
「兄妹って聞いてるけど……それ以上に見える時あるし」
「そ、それは……」
月菜は言葉に詰まった。
否定したいような、否定したくないような。
胸の奥で、曖昧な感情が小さく揺れる。
「……お兄ちゃんが優しいだけだよ」
「それを独占してる自覚、ある?」
「な、ないよ!?」
少し声が裏返り、陽菜がくすっと笑う。
「冗談。でも……」
陽菜はすぐに表情を引き締めた。
「月菜、疲れてない?」
「え?」
「さっきから、魔力の流れが少し不安定」
月菜は無意識に胸元に手を当てる。
言われてみれば、胸の奥がざわつくような、落ち着かない感覚がある。
「……そうかな」
「人が多い場所ですからね」
エヴァも声の調子を変える。
「感情と魔力が渦を巻きやすい。特に今日は文化祭です」
その瞬間――
ぴりっ、と空気が微かに震えた。
「……今、感じた?」
陽菜の低い声に、月菜も静かに頷く。
背中をなぞるような、冷たい感覚。
さっきまでの和やかな空気が、ほんの一瞬で薄れる。
「場所は……校舎側ですね。中庭寄り」
エヴァの言葉に、月菜の脳裏にタクローの姿が浮かぶ。
「お兄ちゃん……」
「大丈夫です」
エヴァがそっと肩に手を置いた。
「今のところ動きはありません。下手に動けば、周囲を巻き込む危険があります」
星菜の言葉が、月菜の頭に蘇る。
『ニブラは、人が集まるところに現れる』
「……うん。でも」
月菜は小さく息を吸い、顔を上げた。
「守るよ。みんなも、文化祭も」
その瞳には、迷いはなかった。
『あのー、色々な衣装の試着ができると書いてあったのですが……』
「あ、いらっしゃいませ!」
空気を切り替えるように、エヴァが声を張り上げる。
「ほらほら、月菜さんも陽菜ちゃんも接客ですよ!」
「ところでこの衣装、どこで準備したんですか?」
「勿論、自前です」
「……だから最近帰りが遅かったんだ」
呆れる陽菜に、エヴァは満足げに胸を張った。
部屋の外からは、変わらず楽しげな笑い声が聞こえてくる。
それが今は、少しだけ遠く感じられた。
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「タクロー、ようやく帰ってきたな……」
お化け屋敷に戻ると、包帯だらけのショージが出迎えた。
顔、腕、なぜか額にも白い包帯が巻かれている。
「ほぅ、ミイラにジョブチェンジしたのか?」
「んなわけあるか!!」
「この馬鹿が女の子の足ばっかり掴むんだから、色々大変だったんだからね!」
ミアが腕を組み、鋭い視線をショージに向ける。
周囲のスタッフやクラスメイトの疲れ切った表情を見れば、だいたい察しはついた。
「お化け役は脅かす係であって、捕まえる係じゃねぇからな?」
「違うって! 暗くて反射的に!」
「言い訳は営業停止を免れてからにしなさい」
「ま、次掴んだら営業中止だからな!」
「それは……知ってる」
タクローは小さくため息をつきながら、屋敷の奥へ視線を向ける。
黒いカーテンの向こうから、かすかに悲鳴と笑い声が漏れていた。
紫苑祭は、表向きは平和そのもの。
だが、胸の奥に引っかかる違和感は、まだ消えない。
(……何も起きないでくれよ)
そう願いながらも、嫌な予感だけは、静かに膨らみ続けていた。




