第17話 文化祭ってハプニングの予感⑩
――――
日文研の部屋を後にして、俺たちは人の流れから外れた中庭脇のベンチに腰を下ろした。
校舎のあちこちから聞こえてくる呼び込みや笑い声が、ここまで来ると不思議なくらい遠い。
木々に囲まれた中庭は、文化祭当日とは思えないほど落ち着いた空気に包まれていた。
「はー……」
月菜が、わざとらしいほど大きく息を吐く。
「そんな疲れた顔するほどだったか?」
「したよ。お兄ちゃん、まさか日文研であんな事をしていただなんて……」
「それは否定しない」
巫女服から私服に戻っているものの、月菜はまだどこかそわそわしている。
色々と精神的ダメージの方が大きかったらしく、落ち着きがない。
「写真まで撮られると思わなかった……」
「あれは事故だ。不可抗力」
「絶対楽しんでたよね、田中さん」
「目が完全に趣味のそれだったな」
そう言いながらベンチに深く腰掛け直した、その直後だった。
月菜が、ごく自然な動作で俺の隣にぴったりと座り直す。
「……近くないか?」
「空いてるから問題なし」
「即答かよ」
突っ込む間もなく、月菜は俺の腕に軽くもたれかかってきた。
「おい」
「疲れたんだもん」
「さっきまで元気だっただろ」
「今は甘えたい気分なの」
そんなことを、当たり前みたいに言う。
反論しようとして、結局言葉が出てこなかった。
月菜は満足そうに小さく笑い、空を見上げる。
「文化祭、やっぱ楽しいね」
「ああ。想定外のことばっかだけど」
「それ含めて楽しい」
「強いな」
「お兄ちゃんと一緒だからだよ」
さらっと言うな。
心臓に悪い。
「なぁ月菜」
「なに?」
「無理なことは無理って言えよ。誰に対しても」
魔法少女の件には触れず、言葉を選ぶ。
「……うん。でもね」
「でも?」
「お兄ちゃんと一緒なら、多少無理でも平気」
「それはそれで問題だ」
「問題じゃないですー」
月菜はそう言って、今度は俺の腕をぎゅっと掴んだ。
「離さない宣言か?」
「うん。今日は文化祭だし」
「理由になってねぇ」
周囲から見たら、どう見ても仲のいいカップルだろう。
実際は兄妹なんだが、事情を知らない人間には関係ない。
……いや、事情を知ってても誤解されそうだけど。
「ねえお兄ちゃん」
「今度は何だ」
「また二人で回ろ?」
「今日だけじゃ足りないのか」
「足りない」
即答だった。
「次は私が全部案内するから」
「それ、危険な匂いしかしない」
「大丈夫だよ。多分」
「多分って言うな」
そのタイミングで、ポケットのスマホが震えた。
【タクロー、ヘルプ】
短いメッセージ。
内容を想像するには、十分すぎる一文だった。
「……月菜、悪い」
「呼び出し?」
「ショージが限界らしい」
「そっかぁ……」
月菜は分かりやすく頬を膨らませたが、すぐに諦めたように立ち上がる。
「じゃあ約束」
「何のだ」
「またデート」
「兄妹で使う単語じゃない」
「えー、そんなことないよ! だって――」
月菜はベンチから立ち上がり、俺の正面に回る。
「ーー私とお兄ちゃん、血が繋がってないんだよ!」
――そう。
俺と月菜は血の繋がらない、いわゆる義理の兄妹だ。
その事実を知っているのは、ごく限られた連中だけ。
「何も知らない奴から見たら、ただのブラコンとシスコンだぞ?」
「そんなの関係ないもん!」
月菜は、迷いのない満面の笑みを向けてくる。
……多分だけど。
月菜は俺に、恋愛感情を抱いているんだろう。
でも俺としては――
今の、この兄妹の関係が一番ちょうどいい。
「じゃあ決まりだね」
「押しが強いな、本当に」
「今さらでしょ?」
そう言って、月菜はようやく俺の腕から離れた。
――兄妹としては、少し距離が近い。
けど、それが月菜らしい。
やれやれ、と心の中でため息をつきながら、俺は次の戦場――ショージの元へ向かう準備をした。




