第17話 文化祭ってハプニングの予感⑨
「さてと、次はどこに行く?」
「次は日文研に行ってもいいかな? 由香里さんばかりにしておけないし」
「日文研は結局、何をするんだ?」
「うーんと……分かんない」
「分かんないのかよ」
思わず即ツッコミを入れると、月菜はえへへ、と誤魔化すように笑った。
「でも、由香里さん一人に任せておくのも大変そうだし」
「それはまぁ……分かるけどさ」
正直、一人で何をやらかしているのか分からないという意味では、不安しかない。
人混みを抜け、少し静かな廊下を歩いて部室棟へ向かう。
目的の教室の前に着くと、扉には妙に達筆な字の看板が貼られていた。
【日本文化研究会 コスプレ試着会】
「……コスプレって」
「あー、由香里さん……」
「自由すぎだろ」
戸を開けると――
「いらっしゃいませ。来場者、二名ですね」
教室の中央で、田中さんが妙に丁寧なお辞儀をした。
「何してんだ、その格好」
田中さんは何故か和装エプロン姿。
奥にいる陽菜ちゃんも、同じ格好をしていた。
「何してんだ、その格好?」
改めて聞くと、田中さんは当然のように胸を張る。
「日本文化です」
「エプロンが?」
「和装エプロンです」
「強引すぎるだろ」
横を見ると、陽菜ちゃんは死んだような表情をしていた。
「いらっしゃいませー! 文化体験コーナーですよー!」
「完全に趣味全開じゃねぇか」
「違います。試着会の受付係です」
田中さんは即答だった。
教室の中を見渡すと、壁際にはずらりと衣装ラックが並んでいる。
着物、浴衣、巫女服、作務衣、学ラン、なぜか忍者装束。
「……本当にコスプレ会じゃねーか」
「日本文化という大きな枠で見れば誤差です」
「誤差の範囲が広すぎる」
月菜は目を輝かせて衣装を眺めていた。
「すごい……いっぱいある」
「月菜さんも、何か着てみます?」
陽菜ちゃんが軽いノリで聞くと、月菜は一瞬だけ迷ってから――
「……じゃ、じゃあ……」
「よしきた」
即座に田中さんが巫女服を取り出した。
「こちら、サイズもぴったりです」
「用意周到すぎない?」
「文化祭なので」
意味は分からないが、自信満々だ。
「お兄ちゃんは?」
「俺は遠慮しとく」
「えー、せっかく来たのに」
「嫌な予感しかしないんだよ」
その予感は、大体当たる。
「では、こちらを」
田中さんが差し出してきたのは――
「……袴?」
「正統派・日本男子です」
月菜が巫女さんで、俺が袴。
どう見ても初詣の組み合わせだ。
ちなみに今は六月である。
――数分後。
「……」
鏡に映った自分を見て、思わず黙った。
「わぁ、似合ってますよ」
田中さんは真顔で言った。
「初めて袴というものを着たな」
「えー、日本男子なのにもったいないですよ」
日本人が全員袴を着ると思うな。
そこへ、月菜が更衣スペースから出てきた。
「お兄ちゃん……」
白と赤の巫女服姿。
少し緊張した様子で、裾をつまんでいる。
「……似合ってる」
「ほ、本当?」
「ああ。変なことに巻き込まれなきゃ完璧だ」
「それは今さらじゃない?」
その通りだった。
「はいはい、写真撮影もできますよー」
「待て待て待て」
「文化の記録です」
「絶対違うだろ!」
「では、お二人はこちらへ」
そう言って田中さんが指さしたのは、
背景用の簡易パネルと、妙に本格的な一眼レフカメラだった。
「……どこから持ってきた、その装備」
「日文研の備品です」
「絶対違うだろ」
「文化の記録は高画質で残すべきです」
月菜は少しそわそわしながら、俺の袖をつまんだ。
「お、お兄ちゃん……どう立てばいいの?」
「普通でいい、普通で」
「じゃあ……こう?」
月菜が少し距離を詰める。
「近くない?」
「きょ、兄妹だから大丈夫だよ!」
「周りの目があるだろ!」
「……あの」
陽菜ちゃんが小声で言う。
「今、外から見たら新婚夫婦の記念撮影みたいです」
「新婚にしては服装おかしくない?」
「では、撮りますよ」
「話聞け!」
「三、二――」
「待てぇぇぇ!」
シャッター音が虚しく響いた。
「……撮れました」
「とても良い文化資料ですね。永久保存です!」
「それを保存して何に使うんだよ?」
俺は深くため息をついた。




