第17話 文化祭ってハプニングの予感⑧
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「えーっ、もう行ってしまうのですかぁ? もっといましょうよぉ」
あの後も星菜は、何度も俺たちのテーブルにやって来ていた。
そのたびに月菜の鋭い視線と、放送禁止用語が書かれた紙が俺の後頭部に飛んでくる。
「まあな……あんまり長居するのも良くないし」
中等部アイドルがメイド服を着ているとあって、星菜のクラスのメイド喫茶には長蛇の列ができていた。
「そうそう、他のお客さんの迷惑になっちゃうからね!」
「とか言って、実はタクローご主人様がデレデレしてるのが嫌だったり?」
「そ、そんなことないもん!」
「はいはい、会計お願いな」
これ以上、月菜を刺激しないでくれ……。
『せ、星菜ちゃん! 次のご主人様だけど――』
会計を済ませようとした、その時。
店内の空気が、目に見えて変わった。
「ふーん、いい感じの喫茶店だね」
……最悪だ。冥夜が来た。
「あれ、タクが何でここにいるの? ここ、タクには似合わないでしょ」
「それはお前も同じだ」
突然の番長出現に、先ほどまで賑やかだった店内が一気に静まり返る。
「すみません。細めの不良ご主人様は出禁なので、早めにご帰宅願えますか?」
星菜は笑顔だったが、目がまったく笑っていなかった。
「そんなピンポイントな出禁、聞いたことないよ? 僕はただ星菜の様子を見に来ただけ」
「そういうのは結構ですので、ご帰宅しやがってください♪」
可愛い口調と、物騒な言葉の落差が怖い。
「……ま、星菜の姿が見れたし、今日はいいかな。行こ、タク」
「は? なんで俺もだよ?」
「いってらっしゃいませ、ご主人様、お嬢様♪
タクロー先輩と月菜ちゃんは、また来てね!」
――いや、面倒になりそうだから二度と来ないよ。
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「で、なんでお前が隣を歩いてるんだよ?」
店を出た後、冥夜は当然のように俺たちについて来ていた。
「そんな硬いこと言わないでよ。星菜、ちゃんとメイドしてた?」
「……まあな」
ちなみに反対側を歩く月菜は、露骨に冥夜を警戒している。
無理もない。冥夜は悪い意味で有名だからな。
「そうか。星菜に手を出す奴はいなかった?」
「いたらどうする気だよ」
「――少し、やきを入れるだけ」
「物騒なこと言うな! いねぇよ!」
仮にいたとしても、命知らずだけだ。
「あの……星菜ちゃんのお兄さんは、どうして来たんですか?」
おずおずと、月菜が冥夜に尋ねた。
「さっき言った通り。星菜の様子を見に来ただけだよ。
それと――悪い害虫が寄ってないか、ね」
穏やかな口調なのが、逆に怖い。
「それにしても……タクと妹。全然似てないね」
「……ほっとけ」
冥夜の視線が、じっと月菜に向けられる。
「君、タクの妹なんだよね?」
「は、はい……」
月菜は小さく頷いた。
肩が強張っているのが、横から見ても分かる。
「安心して。別に取って食ったりはしないよ」
「……それ、逆に安心できません」
思わず口を挟むと、冥夜は少しだけ口角を上げた。
「相変わらずだね、タク」
そのまま冥夜は視線を前に戻し、何気ない調子で続ける。
「でもさ、文化祭っていいよね。普段見ない顔が見れたり、知らなかった一面が見えたり」
「……急に何だよ」
「星菜も、ああやって笑ってると普通の女の子だなって思ってさ」
一瞬だけ、冥夜の声が柔らいだ。
「だから――」
ぴたりと、足を止める。
「星菜を巻き込むような真似をしたら、誰であろうと許さない。それが兄ってもんでしょ?」
その言葉に、月菜が小さく息を呑む。
「……兄、か」
俺は空を見上げて、軽く肩をすくめた。
「過保護にも程があるだろ」
「そうかもね」
冥夜は、珍しくあっさり認めた。
「でも――君も同じだよ、タク」
「……は?」
「さっきから、ずっと月菜を庇うように立ってる」
言われて初めて気づいた。
無意識に、俺は月菜の前に半歩出ていたらしい。
「……別に、兄だから当然だろ」
「ふふ。やっぱり似てないけど、似てるね」
そう言って、冥夜は踵を返した。
「じゃ、星菜の顔を見たし、僕は帰ろうかな」
「お前はクラスの出し物なかったのか?」
「うちのクラスは展示だし、部活の出し物には興味ないからね。それに群れるのは好きじゃない」
「ぼっちなのか?」
「……そういう事にしておいて」
冥夜は手を振り、人混みの中へ消えていった。
「……行っちゃった」
月菜が、ほっと息を吐く。
「怖かった?」
「……ちょっと。でも……」
月菜は小さく笑った。
「星菜ちゃんのこと、大事にしてるんだなって思った」
「まあな」
俺は月菜の頭に、軽く手を置いた。




