第17話 文化祭ってハプニングの予感⑤
「では、私は日文研の方に顔を出して来ますので」
そう言って、陽菜ちゃんは軽く会釈をし、にこやかにその場を後にした。
ミアの応急処置のおかげで、俺の足はなんとか歩ける程度には回復している。正直、完全に痛みが消えたわけじゃないが、紫苑祭を棒に振るほどじゃない。
「ほんとに大丈夫? まだ痛むなら、無理しなくていいんだよ?」
月菜は少し距離を詰め、覗き込むようにして俺の顔を見る。その表情は、さっきまでのお化け屋敷での慌てぶりとは打って変わって、真剣そのものだった。
「大丈夫だって。せっかくの紫苑祭を、一日丸ごと潰す方がもったいない」
「……じゃあ、約束通り。一緒に回ろ?」
控えめに差し出されたその言葉に、俺は軽く肩をすくめる。
「はいはい。エスコートは期待するなよ?」
そうして俺たちは、人で溢れかえる校内へと足を踏み出した。
―――――
「わ……すご……」
月菜が小さく声を漏らす。
廊下の天井には色とりどりの装飾が吊るされ、壁際には各クラスの看板やポスターが所狭しと並んでいる。あちこちから聞こえてくる呼び込みの声に、焼きそばやクレープ、甘い菓子の匂いが混じり合い、まさに“文化祭”そのものだ。
「人、多いな……」
「うん。でも、楽しい」
そう言って月菜は、普段より少しだけはしゃいだ様子で周囲を見渡している。
「まず、どこ行く?」
「えっとね……あ、あそこ!」
月菜が指差した先には、二年生のクラスがやっているクレープ屋があった。手書きのポップには、やたらと力の入ったイラストと「大人気!」の文字。
「よし、分かった。並ぶか」
「うん!」
列に並び、順番が来る。
『いらっしゃい! 何にします?』
「俺はチョコバナナ。月菜は?」
「じゃあ、私は……イチゴカスタード」
『合計で1200円になります』
「これで丁度で」
財布を出すと、月菜が慌てて手を伸ばす。
「お兄ちゃん、私も払うよ?」
「いいって。俺が払う」
そのために、こっそりへそくりを用意してきたんだ。
「……お兄ちゃん、ありがと」
『はい、お待ちどうさま。お熱い二人のために、ちょっとサービスしといたからね!』
「え、えぇっ?!」
「どもっす」
……お熱い関係の兄妹、とは一体なんなんだろうな。
「そこに飲食スペースあるし、そこで食べよう」
「う、うん。……わぁ、美味しい!」
出来立てのクレープを両手で持ち、月菜は目を輝かせている。
「そんなに喜ぶほどか?」
「だって、外で食べるクレープって特別じゃない? ……ねえ、お兄ちゃんも一口食べる?」
そう言って、月菜は自分のクレープを差し出してくる。
「ん? いいのか」
少し顔を近づけ、一口かじる。
「……ああ、普通にうまいな」
「でしょ?」
満足そうに笑う月菜を見て、今度は俺の方がクレープを差し出した。
正直、味は特別じゃない。だが、この賑やかな空気の中で食べると、不思議と美味く感じる。
「じゃあ、こっちも食べてみるか」
「い、いいの?」
月菜はほんのり顔を赤らめながらも、少し遠慮がちに一口。
「……あ、こっちも美味しい」
「だろ?」
そんなやり取りをしていると、近くのベンチに座っていた生徒たちの視線が、妙にこちらに集まっているのに気づく。
「……なあ、月菜」
「なに?」
「周りの目が、やたら温かいんだけど」
「え?」
きょろきょろと周囲を見回した月菜は、すぐに状況を察したらしく、さらに顔を赤らめた。
「……あ」
「お熱い二人、ってこういうことか」
「わ、私たち……そんな風に見られてるのかな?」
慌てる月菜を見て、思わず笑ってしまう。
「微笑ましい兄妹、って感じだろ」
そう言いながら、残りのクレープを一気に食べ切った。
「むぅ……」
「次、どこ行く?」
「えっと……あ、占いのところ! オカ研がやってるらしいよ」
「……嫌な予感しかしないな」
「大丈夫大丈夫。ほら、行こ!」
そう言って、月菜は俺の袖を軽く引いた。




