第17話 文化祭ってハプニングの予感②
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教室に顔を出して一通りの準備を終えたあと、俺はクラスメイトに半ば強引に連れられ、衣装に着替えさせられた。
黒いビニールシートで覆われた教室。
窓は段ボールと暗幕で完全に塞がれ、床にはわざと軋む板が敷かれている。
どこからか流れる効果音と、ほんのりと鼻を突く線香の匂い。
「……本気出しすぎだろ」
『やるからには本気を出さないとだからね』
うちの委員長は真顔だ。
いや、本気すぎると逆に人が来なくなると思うんだが。
俺の役割は“脅かし役その三”。
通路の奥、照明の届かない場所に潜み、通りかかった客の足元を掴む――という役だ。
……これ、不審者として通報されないよな?
そんな不安を抱えつつも、開場時間になると状況は一変した。
あっという間に行列ができ、悲鳴と笑い声が一定のリズムで屋敷の外に漏れ始める。
『きゃあああああ!!』
『ちょ、押すなって!』
「……よし、いい感じだな」
壁に背を預け、次の客を待つ。
「次、三人組入りまーす!」
合図と同時に照明が落ち、赤い非常灯だけがぼんやりと通路を照らした。
足音。
息を潜める気配。
『……大丈夫だって。ただの学校の――』
その瞬間、俺は影からそっと足を伸ばした。
無言で、軽く触れる程度に足元を掴む。
『うわああああっ!!』
『やばいやばい!!』
想定通りのリアクション。
三人組は半ば転がるようにして次の部屋へ消えていった。
(うん、平和だ)
……そう思った直後だった。
次の客が入ってくる。
だが、足音が妙に静かだった。
さっきまでの学生特有の騒がしさがない。
靴底が床に触れる音だけが、やけにくっきりと耳に届く。
(……?)
影の中で、無意識に呼吸を整える。
暗闇の向こうに、人影があった。
人なのは間違いない。
だが、輪郭がどこか曖昧に見える。
(照明のせい、か)
そう思った瞬間、その人影がこちらを向いた。
――いや、見てきた。
背筋に、ひやりとしたものが走る。
(……客、だよな?)
お化け屋敷なんだから、多少怖く見えるのは当たり前だ。
そう自分に言い聞かせ、予定通り動こうとした、その時。
『……ここ、楽しい?』
低く、感情のない声。
一瞬、返事に詰まる。
「……うん?」
非常灯がわずかに明るくなり、相手の姿が見えた。
どこにでもいそうな少年。
無表情で、顔色がやけに悪い。
『……すみません、驚かせちゃいました?』
少年はそう言って、小さく首をかしげた。
(……今のは)
驚かせたのは俺の方のはずだ。
なのに、まるで立場が逆のような違和感。
「いや、大丈夫だ」
反射的に、そう答えていた。
少年は軽く会釈すると、何事もなかったかのように次の部屋へ進んでいく。
足音が遠ざかり、通路に静寂が戻る。
俺は、しばらくその場から動けなかった。
(……変な子供だな)
文化祭。
人が多く、空気も浮つく日。
だから、きっと気のせいだ。
そう思おうとしたが――
胸の奥に残った、言いようのない違和感は、
いつまでも消えてはくれなかった。
―――――
その頃、一年B組では――
教室の黒板には、チョークで大きくタイトルが書かれている。
【文化祭前夜、消えた舞台】
いかにも事件が起きそうな名前で、陽菜が念入りに脚本した作品だ。
『それじゃあ、みんなも紫苑祭を見て回りたいだろうし、
ある程度読み合わせをしたら、舞台発表前にまた集合しよう』
一年B組委員長――斎宮さんの落ち着いた声で、教室のざわめきが少しずつ静まる。
文化祭当日。
本番は午後三時。
皆、演劇のことが気がかりではあるが、
紫苑祭を楽しみたい気持ちもまた本音だった。
(緊張する……)
月菜が演じるのは、主人公である舞台照明係の少女。
文化祭前夜、忽然と消えた舞台の謎に最初に気づく役だ。
『月菜ちゃん、最初のセリフお願い』
「うん!」
呼ばれて、月菜は背筋を伸ばす。
台本に視線を落とし、深呼吸ひとつ。
「――え……? あれ……?」
声に出した瞬間、教室の空気が変わるのが分かった。
「昨日まで、確かにここにあったはずなのに……舞台が、ない……?」
読み合わせとはいえ、自然と感情が乗る。
自分でも少し驚くほど、声が震えていた。
『……いいね、その戸惑い』
斎宮さんが小さく頷く。
『次、相手役いくよ』
月菜の隣から、同じクラスの男子がセリフを読む。
『そんなわけないだろ。大道具が一晩で消えるなんて――』
セリフが進むにつれて、教室の中に物語が立ち上がってくる。
文化祭前夜。
誰もいないはずの校舎。
消えた舞台、残された不自然な痕跡。
『――そのとき、背後から「見てはいけないものを見たね」と声がした』
(……うわ、絶対お化け屋敷向きの展開じゃん)
無意識に、兄の顔が浮かぶ。
今頃、あっちはあっちでお化け屋敷をやっているはずだ。
(お兄ちゃん、今なにしてるのかな……)
『月菜ちゃん、ここもう一回読んでみよっか』
「はい!」
呼び戻され、月菜は意識を台本へ戻す。
「……っ」
読み上げながら、少しだけ胸が高鳴る。
本番は、もうすぐだ。
この物語が、観てくれる人にちゃんと届くかどうか。
(私たち次第、だよね)
月菜は、ぎゅっと台本を握りしめた。




