第16話 文化祭準備中⑦
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文化祭準備期間も終盤。
俺のクラスは、現在進行形で修羅場だった。
『ちょっと待て、これ誰が運ぶんだよ!』
『そっち支えろって! 血糊こぼれる!』
『ショージ! そんな危ない物を飾るな!』
悲鳴と怒号と笑い声が入り混じる教室。
机はすべて壁際に寄せられ、中央には段ボールと暗幕、ベニヤ板で組まれた迷路状の通路が出来上がってきていた。
「はぁ……」
俺は壁際で、深いため息をついた。
「なあタクロー、文句言う前にこれ着ろって」
そう言って、無遠慮に押し付けられたのは――
「……なんだこれ」
黒ずんだ着物。
胸元は破れ、裾はズタズタ。ところどころに赤黒い染み。
「怨霊役。お前、顔が薄気味悪いから丁度いいだろ?」
「褒めてねぇだろそれ」
ショージはケラケラ笑いながら、自分の衣装を広げていた。
白装束に、頭からすっぽり被る三角巾。完全にテンプレ幽霊だ。
「俺は王道でいくからな。『うらめしや〜』担当」
「担当とかあるのかよ……」
「あるある。役割分担大事」
そう言いながら、ショージは楽しそうに三角巾を頭に乗せる。
「で、ミアは?」
そう聞いて振り返った瞬間――
「……」
思わず、言葉を失った。
ミアは、血まみれのナース服を着せられていた。
白衣は裂け、包帯は無造作に巻かれ、首元から覗く素肌には赤いペイント。
そして何より――
「……何で俺たちは和装なのにミアはナース服なんだ?」
「お化け屋敷に国境などない!」
「そんなことよりもこのナース服、スカートの丈短くない?」
ミアの言う通り、一般で言うところのナース服よりもだいぶスカートの丈が短かった。
「ミア、それがナース服なんだよ。男の夢なんだよ!!」
ショージの言葉に男性陣は皆うんうんと頷く。
『ま、まぁ、古木さん、細身でスタイル抜群だしね。ここで無言で立ってて』
クラス委員が配置図を指し示す。
「通路の角。客が来たら、ゆっくり振り向くだけでいいから」
「え、それだけでいいの?」
『叫ばない方が怖いタイプお化けだから』
即答だった。
「……確かに」
ショージが真顔で頷く。
「ミアは美人ナースのお化け役だな」
「何よ、その役」
納得したのかしてないのか分からない返事。
「で、タクロー」
ショージが俺を見る。
「お前はこの通路の奥な。暗いところから出てきて、客の足元掴め」
「足元!?」
「安心しろ、掴むフリでいい」
「いやいや、相手が女性だったら色々と不味いんだよ……」
文句を言いながらも、俺は着物に袖を通す。
鏡に映った自分を見て、少し眉をひそめた。
「……我ながら、ろくでもないな」
薄暗い照明、血糊、ボロ布。
普段の自分とは別人みたいだ。
「いいじゃん、似合ってるぞ」
ショージが肩を叩く。
「文化祭だし、楽しまなきゃ損だって」
「お前は完全に楽しんでる側だろ」
「当たり前」
その時。
教室の照明が一部落とされ、赤い間接灯だけが点いた。
「テスト点灯行くよー!」
瞬間、空気が変わる。
暗闇。
赤い光。
軋む床の音。
ミアが、指示された位置に立つ。
――じっと、動かない。
ショージは通路の向こうで、妙にノリノリで腕を上げている。
「……なあ」
俺は小声で呟いた。
「これ、本当に学園祭だよな?」
「何言ってんだよ」
ショージの声が暗闇から返る。
「最高だろ?」
……まぁ、そうだろな。
暗闇の中で、衣装の袖を握り直した。
赤い光の中、
お化け屋敷は、静かに完成へ近づいていた。




