第16話 文化祭準備中③
舞台発表に決まってから、放課後の時間は一気に慌ただしくなった。
月菜のクラスでは、黒板の前に簡単な配役表が貼り出されている。
主人公――月菜
脚本・構成――陽菜
舞台監督――委員長
照明・音響――数名
その他――クラス全員
「……本当に私でいいのかな」
台本を手にした月菜は、小さく呟いた。
紙に書かれた文字は、まだ荒削りながらも不思議と読みやすい。
舞台前夜、異変に気づく少女。
仲間と協力し、見えない“何か”と向き合う物語。
「いいに決まってる」
即座に返ってきた声に、月菜は顔を上げる。
陽菜だった。
「台詞も動きも、無理のないように書いてある」
「でも……緊張するよ」
「それは、みんなそう」
陽菜は台本の束を整えながら言う。
「緊張しない人は、真面目じゃない」
フォローなのかどうかは分からないが、少しだけ気が楽になる。
「……それに」
陽菜は視線を落としたまま、続けた。
「この話、文化祭の雰囲気には合ってる」
一拍置いて、淡々と付け加える。
「私の予想だけど……何も起こらずに文化祭は終わらない」
最後の言葉が、なぜか胸に残った。
「……?」
聞き返そうとしたが、陽菜はすでに赤ペンを手に取って台本の添削を行っていた。
「……よし、頑張ってみる!」
月菜は台本を抱え直し、気合を入れる。
「無理はしないで」
陽菜はそう言って、次の修正箇所に印を入れ始めた。
―――――
一方、その頃。
『誰だよ、この通路考えたの』
『狭すぎて人通れねぇ!』
『それがいいんだろ! 怖さ演出だ!』
教室の床には、ベニヤ板や黒い布、段ボールが散乱している。
お化け屋敷の骨組みを仮組みしている最中だった。
「……作るのはいいけど、ちゃんと安全確認はしてるのか?」
『……あ』
『……まだ』
『……今から』
全員の視線が一斉に逸れた。
頼むから、文化祭で救急車を呼ぶ展開だけは勘弁してくれ。
溜め息をつきつつ、俺は釘を打つ位置を確認する。
正直、こういう作業は嫌いじゃない。
地味だが、形になっていくのを見るのは悪くない。
「で、脅かし役どうすんの?」
ショージが聞いてくる。
『人形置くだけじゃ弱いよな』
『誰かが中に入るべきだろ』
『じゃあ誰が何人入る?』
一瞬の沈黙。
そして――視線が集まる。
「……なんで俺を見る」
『だって京田、言い出しっぺだし』
『何か、謎に怖い雰囲気あるし』
「やだよ」
ていうか、クラスから俺そんな扱いだったのか。
「しゃーないなぁ! 俺とタクローとミアで脅かし役やってやるよ!」
「ちょっ!? あんた急に何言って――」
『おぉ、いいじゃん! いつもの“さんこいち”が脅かし役とか』
『じゃあ衣装は手芸部の私と他の子で作るね!』
人の意見などお構いなしに、話はどんどん進んでいく。
「……はぁ。これはやらなきゃいけない流れか」
「ねぇ!? “さんこいち”って何!? 説明しなさいよ!!」
どうやらミアは、その単語が相当引っかかったらしい。
俺とショージとミアで一緒にいることが多いだけなんだが。
「ふっふっふ……これで女の子を脅かした時に『きゃー』って俺に抱きつくフラグが立ったな」
「それは異性同士で入ってきた場合の話だ」
「驚いた相手に抱きつく展開は、まずない」
「むしろ――ビンタされるわよ」
即答だった。
教室に笑いが起こる。
その中で、俺はふと、仮組みした暗い通路の奥を見た。
(……?)
一瞬、誰かが立っていたような気がした。
だが、次に瞬きをした時には、そこには何もない。
「……気のせいか」
そう呟いて、俺は作業に戻った。




