第16話 文化祭準備中②
舞台発表に決まった直後の教室は、さっきまでの言い
争いが嘘みたいに和気あいあいとしていた。
拍手と歓声が落ち着いたあとも、あちこちで期待と不安が入り混じった声が上がっている。
『よーし! じゃあ次!』
委員長役の生徒が、パンと手を叩く。
『舞台発表って決まった以上、次は演目よ。歌、ダンス、演劇……大体この三択になるけど』
その言葉に、再び教室がざわりと揺れた。
『歌がいい! みんなでバンドしようぜ!』
『いやいや、ダンスでしょ! 流行ってる曲使えば盛り上がるって!』
『えぇ……ダンスはキツくない? 覚えるの大変だし』
案の定、意見はすぐに割れる。
月菜はその様子を見ながら、そっと考え込んでいた。
(歌もダンスも……目立つよね)
正直、どちらも少し怖い。
人前に立つだけでも緊張するのに、歌ったり踊ったりなんて、失敗したら一生の黒歴史になりそうだと月菜は考えていた。
『……演劇って、どうなのかな』
クラスから思わず漏れた小さな呟き。
『演劇?』
『セリフ覚えるの大変そうじゃない?』
クラスはざわついていた。
「でも……」
月菜は少し考えてから、言葉を選ぶ。
「歌みたいに一人で目立たなくてもいいし、ダンスみたいに完璧に揃えなくてもいいし……役が分かれてたら、みんなで作れる気がして」
その言葉に、周囲の何人かがはっとした表情を見せた。
『……確かに』
『全員に出番作れるよね』
『裏方も必要になるし』
ぽつりぽつりと、賛同の声が増えていく。
『でも、演劇って何やるの?』
『普通の学園もの? それともコメディ?』
そこで、委員長が一歩前に出た。
『内容次第、ってところね』
『せっかくなら、他のクラスと被らないものがいいし』
月菜は、胸の奥で小さく息を吸った。
「……じゃあ、こんなのはどうかな」
教室の視線が、一斉に集まる。
「ちょっと不思議で、でも怖すぎないお話」
「文化祭の日にだけ、学校の中で“何か”が起こる、みたいな……」
一瞬、静まり返る教室。
そして。
『……それ、面白そうじゃん』
『学園ものだし、舞台もそのまま使える』
『ホラー寄りだけど、ガチじゃないならいけそう』
空気が、一気に前向きに傾いた。
委員長が頷く。
『じゃあ方向性は――演劇で決まり、かな』
反対の声は、ほとんど上がらなかった。
『内容は……そうね』
少し考えたあと、委員長が黒板に大きくタイトル案を書く。
【文化祭前夜、消えた舞台】
『文化祭の前日、準備中の消えた舞台が原因で起きる小さな怪異を、クラスみんなで解決していく話』
『怖すぎず、でもちょっと不思議で、最後はちゃんと前向きに終わる』
『役は多めにして、裏方やナレーションも入れる。全員参加型ね』
教室がざわめく。
『それなら演技苦手でもいけそう』
『なんかワクワクしてきた』
『……ちょっと本格的じゃない?』
月菜は、知らないうちに胸の前で手を握っていた。
(演劇……)
不安はある。
でも、それ以上に――なぜか、胸が少し高鳴っていた。
「……私、がんばる」
小さく呟くと、背後から淡々とした声が返ってくる。
「当然」
振り返ると、陽菜がこちらを見ていた。
「やるなら、勝ちに行く」
相変わらず短い言葉だったけれど、不思議と心強い。
演劇に決まってからの教室は、目に見えて空気が変わった。
さっきまでの迷いが嘘みたいに、皆がそれぞれ「何をするか」を考え始めている。
『じゃあ次は台本ね』
委員長がそう言った瞬間、数人が困ったような顔をした。
『……台本って、誰が書くの?』
『既存のやつ使う?』
『でもオリジナルの方が評価高いって聞いたけど』
ざわつく教室。
月菜も内心で頷いていた。
演劇に決まったはいいけれど、台本は大きな壁だ。
(誰が書くんだろ……)
その時だった。
「私がやる」
静かな声が、教室に通った。
視線が一斉に集まる。
「……陽菜?」
月菜が思わず名前を呼ぶ。
陽菜は相変わらず無表情で、椅子に座ったまま淡々と言った。
「大体の案は考えた」
『え』
『もう?』
どよめきが起こる。
陽菜は立ち上がると、黒板の前に歩き、チョークを取った。
「舞台は文化祭前日の学校」
黒板に、短い箇条書きが書かれていく。
「準備中の舞台で、小さな異変が起きる」
「物が勝手に動く。音がする。照明が落ちる」
『……ホラー?』
「怖がらせるのが目的じゃない」
陽菜は即答した。
「原因は未練」
その言葉に、教室が静まる。
「昔、この学校で舞台に立てなかった生徒がいる」
「文化祭の日、舞台に上がることだけを夢見たまま、想いを残した」
「それが、前夜にだけ現れる」
月菜は、思わず息を呑んだ。
(……なんだか、リアル)
「でも」
陽菜はチョークを止める。
「最後は、その存在を否定しない」
「クラス全員で舞台を完成させて、一緒に舞台に立ったことにする」
「それで未練は消える」
少しの沈黙。
そして。
『……それ、めっちゃいい』
『怖いけど、ちゃんと救いあるじゃん』
『文化祭向きだわ』
次々と賛同の声が上がった。
委員長が感心したように頷く。
『構成もしっかりしてるし、オリジナルだし……』
『桑原さんの脚本担当でみんな異議ない?』
反対の手は、一本も上がらなかった。
「……ありがとう」
陽菜はそう言うと、席に戻ろうとしたが、ふと月菜の方を見た。
「月菜」
「え、なに?」
「主人公役、やって」
「……え?」
一瞬、頭が真っ白になる。
『主人公?』
『マジで?』
教室がざわつく。
「舞台の中心になる役」
「異変に最初に気づく生徒」
月菜の胸が、どくんと鳴った。
「無理だよ……私、そんなの」
「できる」
陽菜は即答だった。
「主人公は月菜をイメージしてるから」
理由になっているようで、なっていない。
けれど、その言葉には妙な説得力があった。
「……台本は、月菜を基準に書く」
その一言で、逃げ道がなくなる。
(えぇ……)
不安でいっぱいなのに、なぜか断れなかった。
「……わ、分かった。がんばる」
そう答えると、陽菜はほんの一瞬だけ目を細めた。
「決まり」
こうして、
脚本制作:陽菜
主人公役:月菜
という体制で、舞台発表の準備は本格的に動き出した。




