第16話 文化祭準備中
部室での出来事から、しばらくの時間が流れた。
あれ以降、少なくとも俺の知る限りでは、目立った怪奇現象は起きていない。
……もっとも、月菜は相変わらず夜な夜な家を出ている。
何もない、というわけではないのだろう。
『じゃあ、うちのクラスの出し物、何にするー?』
委員長の明るい掛け声が教室に響いた瞬間、クラス全員が示し合わせたかのように視線を逸らした。
机の中を覗く者、窓の外を見る者、急にノートを取り始める者。
――この反応、どう考えても何も決めていないな。
「はいはーい!! メイドカフェ!!」
元気よく挙がった手と声。
言うまでもなく、ショージだ。
『却下』
間髪入れず、委員長が言い切った。
「なんでだよ!?」
『平良くんは現実を見た方がいいわ。……ほら、周り』
促されるままショージが辺りを見回す。
クラスの女子たちは、揃って引いた目をしていた。
生温かいというより、完全に拒絶の視線である。
……そりゃ、そうだよな。
「いやいや、文化祭だぞ? 男子のロマンだろ!」
「ロマンを押し付けるな」
即座にミアが切り捨てる。
腕を組み、呆れたように溜め息をつくその姿は、もはや様式美だった。
「第一、誰が着るのよ」
「それはもちろん――」
ショージの視線が、ゆっくりとクラスの女子たちへ向く。
女子たちは一斉に顔をしかめ、まるで腐った生ゴミでも見るかのような目を向けた。
「……あ、いや。普通に女の子に着せるのもつまらないか」
「……お前、まさか」
「大丈夫だって! 最近は男の娘ってジャンルも――」
『平良くん。次にそういう発言をしたら、廊下に立ってもらうから』
委員長の声は穏やかだったが、有無を言わせぬ圧があった。
「……すみませんでした」
ショージは即座に頭を下げる。
こういう時の判断だけは、無駄に早い。
『じゃあ、現実的な案を出そうか』
委員長はそう言ってチョークを取り、黒板に向き直った。
『飲食系、展示系、体験系……あとは舞台発表。この四つが無難だけど』
『飲食は衛生管理が面倒だしな』
『展示はちょっと地味じゃない?』
教室のあちこちから、小声の意見が飛び交う。
俺は机に肘をつき、その様子を眺めながらぼんやりと考えていた。
文化祭、ねぇ……。
正直なところ、あまり興味はない。
準備は面倒だし、人も多いし、騒がしい。
だが、月菜が「お兄ちゃんの出し物、楽しみ!」と無邪気に笑っていたのを思い出すと、適当に流すのも気が引けた。
「……お化け屋敷とかは?」
ふと、口をついて出た言葉。
一瞬、教室の空気が止まった。
『お、それいいじゃん!』
『男女関係なく参加できるし』
『装飾も凝れそう!』
予想以上に反応がいい。
委員長も少し考え込んだあと、ゆっくりと頷いた。
『確かに。準備は大変だけど、クラス全員でやれるわね』
「え、マジで?」
ショージが目を輝かせる。
「爆発とか使える?」
『使えません』
「ですよねー」
即死だった。
こうして、俺たちのクラスの出し物は――
お化け屋敷の方向で話が進み始めた。
……嫌な予感が、しないでもない。
だが、今は深く考えないことにする。
とりあえずは、流れに身を任せてみるとしよう。
――――――
同時刻。
『舞台発表するに決まってるだろ!!』
『いやっ!! 恥ずかしいから展示にしようよ!』
月菜のクラスでは、舞台発表派と展示派に分かれて激しい口論が続いていた。
「あはは……なんか、みんなヒートアップしてるね。陽菜はどっちがいい?」
「別に。どっちでもいい」
陽菜は興味なさそうに本を読みながら、素っ気なく答える。
「うーん……私は、恥ずかしいから展示の方がいいかな?」
『それに三菜姫の二人がこっちにはいるんだ! 舞台発表なら一位が取れるぞ!』
紫苑学園の文化祭は、中等部と高等部の合同開催だ。
各クラスは、飲食系・展示系・体験系・舞台発表系のいずれかに分類され、
それぞれの部門ごとに順位が付けられる。
――もっとも、賞状が渡されるだけで、特別な褒賞があるわけではない。
だが、それでも。
男という生き物は、勝負事と聞くだけで無駄に熱くなるらしい。
『舞台発表だって言ってるだろ! 展示じゃ地味すぎるんだよ!』
『だから恥ずかしいって言ってるでしょ!? 失敗したらどうするの!』
議論は次第に言い合いへと変わり、教室は騒然としていた。
月菜は少し困ったように、その様子を眺めていた。
(うーん……これは、まとまりそうにないなぁ)
「……ねえ」
月菜は、少しだけ勇気を出して手を挙げた。
「もし舞台発表にするなら、みんなでちゃんと練習すればいいんじゃないかな?」
一瞬、教室が静かになる。
「一人でやるわけじゃないし、失敗しても……みんな一緒なら、きっと楽しいと思う」
ぎゅっと拳を握りしめ、言葉を続ける。
「それに……せっかくの文化祭だし、思い出に残ることしたいなって」
『……確かに』
『どうせなら、派手な方がいいかも』
『練習、みんなでやれば何とかなるよな』
少しずつ、空気が変わっていく。
『じゃあ、最終確認ね』
前に出た委員長役の生徒が言った。
『舞台発表に賛成の人』
一瞬の間。
そして、ゆっくりと手が上がり始める。
最初はまばらだったそれは、やがて過半数を超えた。
『……決まりね』
その一言で、教室に拍手と歓声が広がった。
『よっしゃああ!!』
『勝ちに行くぞ!!』
「舞台発表、かぁ……」
月菜は小さく呟き、胸の前で手を組む。
(大丈夫だよね。みんなでやるんだもん)
その背後で、陽菜が本から目を離さずに言った。
「……やるからには、手は抜かない」
「え?」
「どうせやるなら、勝つ」
淡々とした声だったが、どうやら陽菜は負けず嫌いのようである。
こうして、月菜たちのクラスの出し物は――
舞台発表に決定した。
その選択が、後に思いもよらない形で非日常へと繋がっていくことを、
この時の彼女たちは、まだ知らなかった。




