第15話 雨が降ってますよ。②
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保健室は、雨音のせいか、いつもより静かだった。
『……はい、これ』
養護教諭から体操服を差し出され、月菜は小さく頭を下げる。
陽菜は月菜をここまで送ると、授業のため教室へ戻っていった。
「ありがとうございます……」
カーテンの向こうで着替えを済ませ、濡れた制服をビニール袋に詰める。
まだ体の芯が冷えていて、指先がわずかに震えていた。
(最悪だよ……透けてた、とか……)
思い出しただけで顔が熱くなる。
もし陽菜が気づいてくれなかったらと思うと、背筋がぞっとした。
着替え終え、ベッドに腰を下ろす。
静かな空間に、雨音だけが一定のリズムで響いていた。
「……」
ぼんやりと天井を見つめていると――
「失礼しまーす」
軽いノックとともに、保健室の扉が開いた。
「え……?」
視線を向けた月菜は、思わず息をのむ。
「……あ」
そこに立っていたのは、佐々木星菜だった。
腕を後ろで組み、こちらの様子を探るような視線。
昨日のことなどなかったかのように、星菜はにこやかに笑った。
「あれー? やっぱり月菜ちゃんだ」
「せ、星菜……ちゃん?」
反射的に背筋が伸びる。
星菜はその反応を楽しむように、一歩距離を詰めてきた。
「制服、びしょ濡れだったもんね。大丈夫?」
「え、えっと……うん……」
言葉を選びながら答える月菜に、星菜は軽く首を傾げる。
「さっきの教室、ちょっと騒がしかったよね」
「……」
月菜は視線を逸らした。
「雨の日ってさ、色々と見えちゃうこと、あるよね」
くすり、と含み笑い。
「……やめてよ」
声は小さいが、月菜ははっきり言った。
「あ、ごめんごめん。恥ずかしかったよね」
星菜は両手を上げるが、どこか楽しそうだ。
「別に責めてるわけじゃないよ。ただ……」
一瞬だけ、星菜の目から冗談めいた色が消える。
「月菜ちゃんって、結構天然だよね?」
「……え?」
「守られてるっていうか、無防備っていうか」
胸の奥が、ひくりと鳴った。
そのとき――
ガラッ、と勢いよく扉が開く。
「月菜!」
聞き慣れた、少し焦った声。
「お、お兄ちゃん!?」
振り向くと、そこに立っていたのはタクローだった。
髪は少し乱れ、息もわずかに上がっている。走ってきたのが分かる。
「大丈夫か? 濡れて冷えてないか?」
「だ、大丈夫だよ……」
安堵と恥ずかしさが混じり、月菜は視線を泳がせた。
その様子を、星菜は黙って観察していた。
「……へぇ」
ぽつりと漏れた声。
「お兄さん?」
タクローの視線が、ゆっくり星菜へ向く。
「……?」
空気が、わずかに張りつめる。
「ん? 何で冥夜の妹がここに居るんだ?」
「それは私と月菜ちゃん、仲良しだからですよ!」
星菜は即座に、作ったような笑顔で答えた。
「え? そうだったかな……?」
月菜は首を傾げ、頭に疑問符を浮かべる。
「タクロー先輩こそ過保護ですね」
「妹なんで」
タクローは即答する。
「月菜、着替えたなら早く教室に戻れ。授業始まってるぞ」
「え、うん……」
タクローは鞄から折りたたみ傘を取り出し、月菜に手渡した。
「明日から、晴れてても持ってけ」
「……ありがとう」
星菜はそのやり取りを見て、くすっと笑った。
「ほんと、大事にされてる」
「……星菜ちゃん、もう授業中だ。お前も戻れ」
タクローの声は穏やかだが、距離を測るような響きがあった。
「はーい。じゃあ、その前に――」
星菜は月菜の方へ近づき、囁く。
「月菜ちゃん、気をつけた方がいいよ」
「……え?」
「最近、人が集まる場所にニブラが出るらしいから」
その言葉に、タクローの眉がわずかに動く。
「ニブラ?」
「ゲームの話ですよ。最近、月菜ちゃんと陽菜ちゃんでやってるんです」
一瞬、視線が交わる。
短く、重い沈黙。
「……まぁいいや。月菜、教室まで送るぞ」
「う、うん」
タクローは月菜の隣に立ち、出口へ向かう。
すれ違いざま、星菜は小さく呟いた。
「――やっぱり、本物は違うな」
その声は、二人には届かなかった。
保健室の扉が閉まる。
残された星菜は、静かに、楽しそうに笑った。




