第15話 雨が降ってますよ。
「うきゃあっ! なんでこんなに雨降ってるのぉ!」
登校して教室に入るなり、月菜は悲鳴に近い声を上げた。
制服は雨をたっぷり吸って色を濃くし、髪の先からはぽたぽたと雫が落ちている。
「逆に聞くけど、梅雨の時期なのにどうして傘を持ってこなかったの?」
隣の席で鞄を下ろしながら、陽菜が呆れたように言った。
彼女も多少は濡れているが、しっかり傘を差していた分、被害は最小限で済んでいる。
「うぅ……これなら、ちゃんとお兄ちゃんの言うこと聞いておけばよかったよぉ……」
月菜は肩を落とし、鞄からタオルを取り出すと、髪や制服を無心で拭き始めた。
冷えた指先が、じんわりと痛む。
そのとき――
『おい、京田さんの制服、透けてないか?』
『まじかっ!?』
ひそひそとした声が、耳に届く。
数人の男子の視線が、はっきりと月菜に集まっていた。
「……むっ」
だが当の本人は、視線の意味を理解していない。
ただ、居心地の悪さだけを感じて、きょろりと周囲を見回した。
「月菜。着替えた方がいい」
低く、しかしはっきりとした声。
陽菜はそう言って、すっと月菜の前に立ち、自然に盾になる。
「え? なんで?」
きょとんと首を傾げる月菜。
「いいから」
短く言い切る陽菜の声音に、いつもの軽さはなかった。
「……?」
そこでようやく、月菜は教室の空気に違和感を覚える。
視線、ざわめき、妙に静かな男子たち。
「……え、なに……?」
陽菜は月菜の肩を掴み、ぐっと引き寄せると、耳元で囁いた。
「制服、透けてる」
「………………」
数秒の沈黙。
理解が追いついた瞬間、月菜の顔が一気に赤く染まった。
「――――ええええええっ!?」
慌てて胸元を押さえ、涙目になる。
「ちょっ、見ないで! 見ないでってば!!」
「遅い」
陽菜は即座に背中を押し、教室の出口へと向かわせる。
「保健室。今すぐ」
「うぅ……私、今日ついてない……」
しょんぼりとした背中が、廊下の向こうへ消えていく。
その様子を、少し離れた場所から眺めていた人物がいた。
「……ふーん」
腕を組み、壁にもたれながら、佐々木星菜は小さく笑う。
濡れた制服に慌てふためく月菜の後ろ姿は、どこか無防備で――ひどく目を引いた。
(今日の月菜ちゃん、いつにも増して隙だらけじゃん)
からかうような、しかし興味を含んだ視線。
「……やっぱり、ザ・妹って感じだよね」
そう呟いたところで、チャイムが鳴る。
担任が教室に入ってきたのを確認し、星菜は自分のクラスへ戻っていった。
(今、保健室に行ったら面白いかも)
にやり、と。
少女の胸に、静かな好奇心が芽生えていた。
―――――
「ったく、雨とか信じらんねぇよ!」
別の教室で、ショージが不満たっぷりに声を上げていた。
「だから、梅雨の日は晴れていても天気予報をチェックしろって言ってるだろ」
月菜といい、なんで梅雨の日に折りたたみ傘すら持っていかないんだ。
多分、あいつもびしょ濡れだろうな。
「寒っ! 暖かくなってきたけど、これ風邪ひくぞ!」
「大丈夫よ。馬鹿は風邪引かないわよ」
「だな。安心して帰りも濡れて帰れ」
「酷いぞ! 俺に傘を貸してやろうという優しさはないのか?」
「「ない」」
「……即答かよ」
ショージは深くため息をつき、濡れた袖を軽く絞った。
「教室で絞んなよ。さっさと着替えろ」
「じゃあ体操服貸してくれ。服としての機能が死んでる」
「大丈夫だ。そのうち乾く」
「世知辛ぇ……」
……月菜、大丈夫か
ふと、脳裏に月菜の顔が浮かんだ。
朝は元気そうだったが、ああいう日は決まって無理をする。
しかも今日は、傘を持っていけと言ったのに、
『私、晴れ女だから大丈夫!』なんて笑っていた。
あいつ、ただでさえ体を冷やしやすいのに。
「……なぁ」
「なに?」
「悪い、俺ちょっと用を思い出した」
「は? どこに?」
「保健室」
「……あぁ」
二人はすぐに察した。
「シスコン」
「うるせぇ」
タクローは迷いなく教室を出て行った。
その背中を見送りながら、ショージがぽつりと呟く。
「……あいつ、ほんとに兄だよな」
「そうね。あれはもう兄というより、保護者枠よ」
二人は呆れたように肩をすくめ、タクローの背中が見えなくなるまで見送っていた。




