第14話 市街地にて月、太陽、そして地球。③
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星菜との一件後、陽菜たちとはその場で別れ、月菜は自室に戻るなり、枕に顔を埋めていた。
「うーーっ、意味が分からないよぉ!!」
先ほどの出来事が頭の中で何度も再生され、思考がぐちゃぐちゃになっていた。
―――すると。
「こんな夜遅くに、どうした?」
ノックと同時に、タクローの声が聞こえてきた。
「お兄ちゃん……」
(そうだ。ちょっと、お兄ちゃんに相談してみよう)
「ゴキブリでも出たのか?」
「ううん。でも……ちょっと、お話しできる?」
「いいけど……ゴキブリじゃないなら、なおさら深刻そうだな」
そう言いながら、タクローはドアノブに手をかける。
「入ってもいいか?」
「う、うん……」
ドアが静かに開き、部屋の明かりが廊下へと零れた。
月菜はベッドの上で正座し、ぎゅっと枕を抱きしめている。
「……で、話ってなんだ?」
「……」
「……」
「……お兄ちゃん、変な質問してもいい?」
「恋愛相談には乗れないぞ?」
「そんなんじゃないもん!」
むっとしながらも、月菜は視線を泳がせる。
「もしね。もし……同級生が、とんでもない秘密を持ってるって分かったら……どうする?」
「ふーん」
タクローは月菜の隣に腰を下ろし、腕を組んだ。
「それは、びっくりする系?」
「……うん」
「危ないこと?」
「……うん」
「本人は、悪いことをしてる?」
少し考えてから、月菜は首を横に振った。
「……してない、と思う」
「じゃあ、答えは一つだな」
「え?」
タクローは軽く肩をすくめる。
「下手に正義感で首を突っ込まないことだ。とりあえずは、様子見」
「それでいいの?」
「ああ。秘密を持ってるってことは、理由がある。それを無理に暴こうとすれば、相手はもっと警戒する」
月菜は目を丸くした。
「……なんか、お兄ちゃん、大人みたい」
「“なんか”は余計だ」
タクローは苦笑し、月菜の頭を軽く撫でた。
「月菜が悩むってことは、それだけ相手のことを考えてるって証拠だ。それだけで十分だと思うぞ」
「……」
胸の奥に溜まっていたものが、少しだけ溶けていく。
「ありがと、お兄ちゃん」
「どういたしまして」
立ち上がり、タクローはふと立ち止まった。
「……ちなみに、その同級生って」
「な、なに?」
「女の子で、やたらチヤホヤされてるタイプだろ?」
「なんで分かるの!?」
「……いや、なんとなくな」
それ以上は何も言わず、タクローはドアを閉めた。
残された月菜は、しばらく呆然としたあと――
「……お兄ちゃんの観察力、すごい」
そう呟き、もう一度枕を抱きしめた。
―――――
「エヴァ、何で止めたの?」
自宅に戻るなり、陽菜は靴も脱ぎきらないままエヴァに詰め寄った。
「……市街地の真ん中でした。人々が行き交う場所で、二人が本気でぶつかれば、一般人に被害が出る恐れがあります。それに――」
エヴァは一度言葉を切る。
「あの時の陽菜ちゃんは、冷静さを欠いていました」
「……っ」
「そのまま続けていれば、やられていたのは陽菜ちゃんです」
「そんなわけ――」
反論しかけた陽菜は、言葉を詰まらせた。
思い出されるのは、星菜の圧倒的な身体能力と、地面を揺るがす一撃。
「……確かに」
唇を噛みしめる。
「悔しい気持ちは分かります」
エヴァは静かに続けた。
「ですが、感情のまま突っ込むのは無謀です。月菜さんを守るためにも、撤退は最善でした」
「……」
反論できなかった。
(星菜のあの力……それに、“佐々木”って苗字)
エヴァは、わずかに視線を伏せる。
「……エヴァ?」
「いえ。何でもありません」
すぐにいつもの調子に戻り、軽く手を叩く。
「少しお腹が空きましたね。夜食でも作りましょうか」
「太るよ?」
「うっ……その分、明日たくさん動きますから大丈夫です!」
そのやり取りに、陽菜は小さく息を吐いた。
「……ありがと」
「何がですか?」
「止めてくれて」
エヴァは一瞬だけ目を瞬かせ、ふっと微笑んだ。
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夜食を食べ終え、自室に戻った陽菜はベッドに腰を下ろし、天井を見つめていた。
(月菜、そして佐々木星菜……)
陽菜に関わる二人の女の子にはとある共通点があった。
(……お兄ちゃん)
そう、陽菜にも兄が存在している。
「……会いたいよ」
小さく呟き、陽菜は目を閉じた。




