第13話 疑心と暗鬼③
―――――
「…………」
「あはっ、よろしくね。陽菜ちゃん」
リレーの編成は、陽菜たちのクラスと星菜のクラスの混合だった。
何の因果か、陽菜と星菜は別チーム。
しかも――二人ともアンカーである。
「もう、無視しないでよー」
「無視はしていない。返事をしていないだけ」
「それを無視って言うんだよ!」
星菜はぷくっと頬を膨らませ、拗ねたような仕草を見せる。
だが、それが本心かどうかは分からない。
「ま、あたしは月菜ちゃんと同じチームになれたからいいけどね!」
事実、月菜と星菜は同じチームだった。
「……それが?」
「あれ? 嫉妬とかしないの?」
「しない。所詮は授業の一環。誰が勝とうと、特別な意味はない」
「ふーん……じゃあさ」
星菜は、いたずらっ子のように口元を緩める。
「賭け、しよっか」
「賭け?」
「うん。あたしが勝ったら――陽菜ちゃんの今日の下着の色、教えて」
「なっ……!!」
あまりに唐突な提案に、陽菜は思わず言葉を失った。
「そんな賭け、乗るわけが――」
「じゃあさ」
星菜は、さらりと言葉を重ねる。
「もしあたしが勝ったら、あたしの秘密、どれでもひとつ教えてあげる」
「――っ!!」
陽菜の胸に、疑念が強くよぎる。
仮面の少女の正体が星菜だとしたら――この賭けは、決定的な手掛かりになる。
「ちなみに、あたしの下着の色も教えてあげるよ?」
「……それは興味ない」
「ちぇー」
星菜は残念そうに肩をすくめた。
「あ、最初の走者が位置についてるよ。こっちの一番目は……月菜ちゃん!」
半周先のスタート地点で、月菜が軽く身体をほぐしていた。
『おっ、三菜姫の一人、月菜ちゃんが走るぞ!』
『月菜ちゃん、足速いんだよな』
『でも相手チームも速いぞ』
ざわめきの中、スターターの笛が高く鳴る。
――ピッ。
「っ……!」
合図と同時に、第一走者たちが一斉に飛び出した。
月菜は、普段の穏やかな印象からは想像できないほどの鋭い初速で前へ出る。
「はやっ……!」
思わず星菜が声を漏らした。
「月菜……!」
月菜はコーナーを抜け、バトンゾーンへ。
風を切る音と、鼓動だけが耳に残る。
(――今)
バトンが確かに次走者へと渡される。
「ナイス、月菜ちゃん!」
「……うん!」
息を切らしながらも、月菜は小さく頷いた。
「うわぁ、これは結構差がついちゃったね。賭け、成立しないかも?」
「……賭け?」
「なんでもないよ。月菜ちゃんは気にしないで」
その間も、トラックではバトンが次々と繋がれていく。
月菜のリードはあったが、陽菜のチームも猛追し、差は縮まっていた。
「――アンカーだね」
星菜は軽く肩を回し、隣のコースを見る。
そこには、無言で前方を見据える陽菜。
「ね、陽菜ちゃん」
「……何」
「負けたら、ちゃんと約束守ってよ?」
「そっちこそ」
短く言い切った、その直後――
最後のバトンが、二人の元へ放られた。
「お願いっ! 桑原さん!」
声援と同時に、陽菜はバトンを掴む。
「……っ」
地面を蹴った瞬間、身体が弾けるように前へ出た。
一直線に伸びる、無駄のないフォーム。
『速っ……!』
どよめきが起こる。
隣では、星菜も並ぶように走っていた。
「ふふっ、いいね……陽菜ちゃん!」
楽しげな声とは裏腹に、そのスピードは本物だった。
二人の差は、ほとんどない。
『アンカー同士、接戦だ!』
『どっちも速すぎるだろ!』
そして――ラストスパート。
(負けるわけには……)
その瞬間、星菜が横目でこちらを見る。
「――本気、出してるね」
「当然だ」
「でもさ……」
星菜は、楽しそうに笑った。
「あたし、まだ本気じゃないんだよ」
「……っ?」
次の瞬間。
星菜が、一気に加速した。
「――!?」
置き去りにされる感覚。
視界の端で、星菜の背中が遠ざかっていく。
そして――
星菜は、先にゴールを切っていた。
陽菜は、呆然と立ち尽くす。
(……負けた)




