第13話 疑心と暗鬼②
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「……よ、陽菜? どうしたの?」
本日の午前の授業は体育で、星菜のクラスとの合同授業だった。
「別に……何でもない」
そう答える陽菜の視線は、明らかに一方向に向けられている。
(多分、月菜はこういうのが苦手。だから――私だけで佐々木星菜を監視する)
いつもとはどこか違う陽菜の雰囲気に、月菜もすぐ気づいていた。
(陽菜、大丈夫かな……? さっきから、ずっと星菜ちゃんの方を見てる気がする)
その視線の先では、クラスメイトに囲まれた星菜が、相変わらず中心に立っていた。
「あっ、月菜ちゃんに陽菜ちゃん! 今日は一緒に体育なんだね!」
百点満点の笑顔を浮かべ、星菜が二人のもとへ駆け寄ってくる。
「そうだね! 今日はよろしくね!」
月菜はいつも通り、にこやかに応じた。
「佐々木星菜……」
一方で、陽菜の声は低い。
「もう、陽菜ちゃん。フルネームじゃなくて星菜って呼んでよ」
「私は、あなたと馴れ合うつもりはない」
「よ、陽菜……?」
月菜が慌てて間に入ろうとする。
普段の陽菜も、決して愛想が良いわけではない。
だが、星菜に向ける態度はそれを通り越し、もはや露骨な拒絶だった。
「……ふーん、そうなんだ」
星菜は笑顔を崩さない。
だが、その瞳には確かに感情が宿っていなかった。
『おいおい……学園のアイドルとクールビューティーがバチバチだぞ』
『これ、中等部一年のトップ争いじゃね?』
男子たちは面白がるように、ひそひそと声を潜める。
だが――
月菜は、二人の間に漂う空気が、単なる張り合いではないことを感じ取っていた。
「はいはい、全員集まれー! 準備運動から始めるぞー!」
体育教師の声で、張り詰めた空気が一旦断ち切られる。
準備運動の列に並びながらも、陽菜の意識は星菜から離れなかった。
(……魔力の反応は、今のところなし)
「ねえ、陽菜ちゃん」
準備運動の最中、星菜が小声で話しかけてくる。
「何?」
「さっきから、あたしのことじーっと見てるよね」
「……偶然」
「ふふ。嘘が下手だね」
星菜はくすりと笑った。
「もしかして陽菜ちゃん、あたしのこと気になってる?」
その一言に、陽菜の指先がわずかに強張る。
「……何の話?」
「分からないふりしなくていいよ」
星菜は前を向いたまま、声だけを落とした。
「だって、あたしのこと敵視してるの、丸分かりだもん」
心臓が、ひとつ大きく跳ねる。
(……やっぱり)
「でも安心して」
星菜は振り返り、いつもの笑顔を向けた。
「特に何かするつもりはないよ。ここ、学校だもん」
その言葉は、どこか警告のようにも聞こえた。
「星菜ちゃん、何の話してるの?」
何も知らない月菜が、不思議そうに首を傾げる。
「なんでもないよ!」
星菜は即座に明るい声に戻った。
「ね、月菜ちゃん。今日の体育、リレーらしいよ!」
「えっ、そうなの?」
「うんうん!」
星菜は、意味ありげに陽菜を見る。
「一緒のチームになれるといいね」
その瞳の奥に、一瞬だけ別の色が宿った気がした。
(この子……やっぱり、何かを隠している)
陽菜は、そう確信した。
―――――
授業中の高等部の屋上にて
中等部のグラウンドを見下ろせる位置で、ひとり立っている男がいた。
佐々木冥夜である。
(……また、騒がれているね)
視線の先では、準備運動を終えた生徒たちがリレーの説明を受けていた。
その中心に、星菜の姿がある。
誰にでも笑顔を向け、自然と人を集める。
――昔から、そうだった。
(あいつは、目立ちすぎてる)
冥夜は小さく息を吐く。
自分とは真逆だ。
人に恐れられ、距離を置かれる兄と。
人に好かれ、囲まれる妹。
「……だが」
冥夜の視線が、一瞬だけ鋭くなる。
星菜の隣。
視線を逸らさず、静かに警戒心を向ける少女――陽菜の存在。
(あの目……)
敵意でも嫉妬でもない。
もっと別の、星菜を警戒するの目。
(面倒な奴に、目をつけられたか)
冥夜は腕を組み、しばし考え込む。
星菜は何も知らない顔で笑っている。
だが――それが本心かどうかを、冥夜は知っていた。
「……星菜」
誰にも聞こえない声で、妹の名を呼ぶ。
(あまり余計な事をするんじゃないよ)
それは、陽菜たちへの警告であり、
同時に――妹への祈りでもあった。
リレーの開始を告げる笛が鳴る。
冥夜はその場を離れながら、最後にもう一度だけ振り返った。
(必要なら……俺が出る)




