第12話 新たな魔法少女?⑥
放課後の校舎は、昼間の喧騒が嘘のように静かだった。
部活へ向かう生徒の足音と、遠くから聞こえる掛け声だけが、長い廊下に反響している。
「月菜、今日は部活あるからね。長くはならないと思うけど」
歩きながら、陽菜が淡々と告げる。
「分かってるよ。今日は何するの?」
「今日は……日本のコスプレ文化? に触れようって言ってた」
「それ、エ……」
エヴァ、と言いかけて、月菜は言葉を飲み込んだ。
「……由香里さんの趣味じゃないの?」
苦笑しながら隣を見ると、陽菜は前を向いたままだった。
表情はいつも通り――のはずなのに、どこか張りつめている。
(……なんか、様子が違う?)
その時だった。
「ねぇ、月菜ちゃん」
背後から、柔らかく弾む声。
振り返らなくても分かる。
昼休み、人だかりの中心にいた少女――佐々木星菜だ。
「……佐々木さん」
月菜が足を止めるより早く、陽菜が半歩前に出た。
「用事は?」
声は低く、必要最低限。
さっきまでの穏やかさが、はっきりと消えている。
「え? そんな怖い言い方しなくてもいいのに」
星菜はくすっと笑い、首をかしげた。
「ただ、どこに行くのかなって。ちょっと気になっただけだよ、月菜ちゃん」
そう言いながら、一歩、距離を詰める。
――その瞬間。
陽菜の空気が、明確に変わった。
「……近い」
短く、それだけ。
星菜は一瞬きょとんとしたが、すぐに笑顔を作る。
「そう?」
「そう」
陽菜は視線を逸らさない。
星菜の一挙一動を逃さないように、静かに睨み据えている。
(……今日の陽菜、ちょっと怖い)
月菜の胸に、じわりと違和感が広がった。
「今から部活だから。話はそれだけ?」
「冷たいなぁ」
星菜は唇を尖らせるが、その目は笑っていない。
「月菜ちゃん、陽菜ちゃんってこういう子?」
「……?」
「黙ってるけど芯が強いっていうか。近くにいると、なんだか冷たいっていうか……」
ぞくり、と背中を冷たいものが走る。
それを感じ取ったのか、陽菜はさらに一歩、月菜を庇う位置に立った。
「それ以上、踏み込まないで」
低く、鋭い声。
星菜は一瞬だけ探るような視線を向け――
「……そっか」
すぐに、いつもの柔らかな笑顔に戻った。
「ごめんね。邪魔しちゃった」
軽く手を振り、踵を返す。
「またね、月菜ちゃん」
そう言い残し、星菜は廊下の向こうへ消えていった。
しばらく、沈黙。
「……陽菜?」
月菜が声をかけると、陽菜は小さく息を吐いた。
「……あの子、怪しい」
「え? どこが?」
「笑ってるけど、見てくる。私たちを、値踏みするみたいに」
陽菜は拳を握りしめる。
「月菜、しばらく学校では一人で行動しないで」
「……陽菜、ちょっと心配性じゃない?」
そう言いながらも、月菜は小さく頷いた。
「分かった」
理由は聞かなかった。
陽菜の声音が、それだけで十分だったからだ。
―――――
「陽菜ちゃん、月菜さん。コスプレって凄くないですか?」
さっきまでの空気が嘘のように、由香里は目を輝かせて語り出した。
「衣装の再現度とか、情熱とか……日本文化ですよ日本文化!」
「……意味が分からない」
陽菜は即座に切り捨てる。
「確かに凄いとは思うけど」
月菜は苦笑しながらフォローした。
しばらく、他愛もない会話が続く。
だが、月菜は気づいていた。
陽菜が、いつもより口数が少ないことに。
部活が終わり、片付けを終えた後。
「……月菜」
「なに?」
陽菜は少しだけ視線を伏せてから、ぽつりと口を開いた。
「佐々木星菜……あの子、多分怪しい」
「普通じゃない、って?」
「距離の詰め方が自然すぎる。なのに、感情が薄い」
言葉を選びながら、続ける。
「好奇心じゃない。相手の出方を伺っている目だった」
月菜は昼休みと放課後の星菜を思い出す。
柔らかい笑顔。
けれど、どこか温度のない視線。
「……番長の妹さん、だっけ」
「うん。番長も番長で良い噂は聞かないけど」
陽菜は静かに言った。
「だから――」
月菜の方を見る。
「私がそばにいる」
「……ありがとうね。陽菜」
月菜は小さく微笑んだ。
その胸の奥に、また一つ、消えない予感が残っていることを――
まだ、この時は深く考えないことにした。




