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妹は魔法少女になりましたか?  作者: 吉本優
5月

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第11.5話 兄妹だから間違いは起きませんよ!






―――――





「うーんっ!! 楽しかった!!」


 パレードもすべて終わり、俺たちはホテルのレストランで遅めの夕食を取っていた。

 昼間の喧騒が嘘みたいに静かな空間で、テーブルの上には見慣れない料理が次々と並んでいる。


 コース料理、ってやつだよな。

 正直、順番も食べ方もよく分からない。こんなちゃんとした食事、人生で何回あっただろう。


「そりゃ、楽しんでいただけて何よりだよ」


「ご飯も美味しいし、ユウゲンさん様々だね!」


「アイツは金持ちだからな……」


 そう言いながらも、改めて実感する。

 学校じゃ普通にバカ話もするし、変に気取ったところもないから忘れがちだけど、やっぱりユウゲンは別世界の人間だ。


 こんなホテルに泊まって、こんな料理を食べるなんて、俺一人じゃ一生縁がなかったかもしれない。


「はっ! お兄ちゃん、私……テーブルマナー、ちゃんとできてるかな?」


 月菜が急に不安そうな顔で俺を見る。


「はは、俺がテーブルマナーなんて分かるわけないだろ。とりあえず――」


 ちらっと顔を見て、思わず笑ってしまった。


「ほっぺにソース付いてるぞ」


「―――っ!!?」


 慌ててナプキンで拭く月菜を見て、テーブルに小さな笑いが落ちる。


 こういうところは、いつも通りだな。




―――――





 夕食を終え、部屋に戻ると、昼間の疲れが一気に押し寄せてきた。


「お兄ちゃん、先にシャワー浴びてくるね!」


 そう言うなり、月菜は勢いよくシャワールームへ消えていった。


 扉が閉まると、部屋には一瞬、静寂が落ちる。

 俺はソファに腰を下ろし、スマホを手に取ってニュースを眺める――フリをした。


 ……静かだな。


 正直に言えば、月菜の声が聞こえないだけで、少しだけ落ち着かない。

 別に大した理由はない。ただ、いつも近くにいる存在が一時的に消えただけだ。


「……ふぅ」


 深呼吸ひとつ。

 部屋の空気は、パレードの余韻と夕食の賑やかさがゆっくり沈んでいくような感じだった。


 しばらくして、シャワーの水音が弱まり、やがて止まる。


 俺はスマホを伏せ、ソファに深く座り直した。

 換気扇の低い音だけが、やけに大きく聞こえる。


 ……遅いな。

 やっぱり、女の子のシャワー時間って長いんだな。


 そう思った直後だった。


「……お兄ちゃーん」


 浴室の向こうから、間延びした声が響く。


「どうした?」


「タオル、取ってー……」


「は?」


 思わず立ち上がり、洗面台を見る。

 そこには、きちんと畳まれた予備のタオル。


「……なんで忘れるんだよ」


「だってー……!」


 仕方なくタオルを手に取り、浴室のドアの前に立つ。


「いいか、開けるなよ。隙間から渡すからな」


「はーい」


 ドアがほんの少しだけ開き、白い湯気がふわっと漏れ出す。

 中は見えない。ただ、温かい空気だけが肌に触れた。


 タオルを差し出すと、すぐに引っ張られる。


「ありがとー!」


「次からは先に準備しとけ」


「気をつけまーす」


 軽い返事と一緒にドアが閉まり、俺は苦笑しながらソファに戻った。


 ほどなくして、浴室の扉が開く。


 月菜は部屋着に着替え、濡れた髪をタオルで包んだまま出てきた。

 頬はほんのり赤く、湯上がりそのものだ。


「ふぅ……さっぱりしたー」


「のぼせてないか?」


「大丈夫だよ」


 そう言って、月菜は俺の隣にぽすっと座る。


「今日さ……ほんとに楽しかったね」


「ああ」


 短く答えると、月菜は満足そうに頷いた。


「パレードも、ご飯も、ホテルも……全部」


「欲張りだな」


「だって、全部初めてだったんだもん」


 月菜は窓の外を見て、ゆっくり息を吐く。

 夜景は相変わらず綺麗で、昼間の賑やかさが嘘みたいに静かだった。


「……ねぇ、お兄ちゃん」


「ん?」


「連れてきてくれて、ありがとう」


 一瞬、言葉に詰まる。


「……別に。たまたまだ」


「ふふ、そういうとこだよ」


 月菜はくすっと笑い、肩を軽く俺に預けた。






―――――







 少し前、浴室。


 シャワーの水音が、規則正しく響いている。


(……恋人同士、みたい……)


 その言葉が頭に浮かんだ瞬間、月菜は自分で自分に驚いた。


(ち、違うし!? お兄ちゃんだし!? でも……)


 泡だらけの手で、無意識に胸元を押さえる。


(肩、近かったし……さっき夜景見てるとき、なんか雰囲気あったし……)


 思い出すだけで、心臓が落ち着かない。


(もし……もしもだよ?)


 妄想スイッチ、オン。


『月菜』


(呼ばれた!?)


 脳内のタクローは、いつもより少し真剣な顔をしている。


『……今日、楽しかったな』


(そ、それは……私も……!)


 月菜はシャワーの下で、もじもじと体を揺らす。


(で、でも次の台詞は!? 本で見たやつだと――)


『月菜は、もう子どもじゃないよな』


「――――っ!?」


 現実の月菜が、盛大にのけぞった。


「ちょ、ちょっと待って!? 急にそれはズルくない!?」


 誰もいない浴室で、ひとり赤面ツッコミ。


(いやいやいや! お兄ちゃんはギザなこと言わない! 絶対言わない!)


 頭をぶんぶん振る。


(でも……)


 でも、を考えた瞬間。


(もし言われたら……私、どうするんだろ……)


 想像しただけで、顔が熱くなる。


「……むり……」


 慌ててシャワーの温度を少し下げる。


(落ち着け、私。これはただの旅行で、ただの兄妹。でも――)


「……でも、楽しかったのは本当だし……」


 ぽつりと零れた本音。


 胸の奥が、きゅっと締めつけられる。


(……お兄ちゃん、鈍いんだもん)


 妄想の中のタクローは、もう消えていた。

 残ったのは、現実の兄と、少し背伸びした自分。


「……私、ちょっと大人になったのかな」


 そんなことを考えながら、シャワーを止める。


 そして。


「……あ」


 タオルが、ない。


「…………」


 数秒の沈黙。


「……お兄ちゃーん……」


 さっきまでの甘い妄想は、

 現実の生活力ゼロ問題によって、

 一瞬で吹き飛んだのだった。





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