11話 GW、遊ぶぞっ!⑮
ホテルを出ると、夜のアズマアイランドはすっかり別の顔になっていた。
昼間の賑やかさとは違う、
光が主役の世界。
通路沿いの街灯は落とされ、代わりに地面や建物の輪郭をなぞるように、無数のライトが浮かび上がっている。
青、紫、金――色とりどりの光がゆっくりと脈打ち、まるで遊園地全体が呼吸しているみたいだった。
「……すごい」
月菜が、目を輝かせながら思わず声を漏らす。
「昼と全然違うな」
「うん……同じ場所なのに、夢の中みたい」
パレードルート沿いにはすでに人だかりができていた。
家族連れ、カップル、友達同士――それぞれが思い思いの場所で、始まりの瞬間を待っている。
そのとき。
係員がこちらに気づき、小さく会釈した。
「失礼します。プレミアムチケットをお持ちのお客様ですね」
「あ、はい」
差し出したチケットを確認すると、
係員は人の流れから外れるように、静かに手招きする。
「こちらへどうぞ」
通されたのは、ロープで区切られた一画。
ルートのすぐ真横――というより、ほとんど目の前と言っていい距離だった。
「……え」
月菜が、目を丸くする。
「ここ……近すぎない?」
「近いな。普通に最前列だ」
立ち位置はわずかに段差がついていて、視界を遮るものは何もない。
人混みの圧もなく、空間が丸ごと開けている。
「すご……」
月菜は思わず一歩前に出て、ロープの向こうを覗き込んだ。
「これ……本当にいいの?」
「プレミアム様様だな」
やがて、遠くで音楽が鳴り始める。
低く、ゆったりとしたリズム。
足元から伝わる振動に、距離の近さを実感する。
月菜が胸元に手を当てた。
「……音、すごい」
「迫力あるな」
そして――
最初のフロートが、光の中から姿を現した。
「……っ!」
思わず息を呑む。
あまりにも、近い。
フロートの装飾ひとつひとつがはっきり見える。
光の粒が舞い、衣装のスパンコールが細かく瞬く。
ダンサーの動き。
表情。
息遣いすら伝わってきそうな距離だ。
「きれい……!」
月菜の声は歓声に埋もれることなく、そのまま俺の耳に届いた。
ダンサーが手を振る。
――目が、合った。
「え、今……!」
月菜が思わず手を振り返す。
するとそのダンサーは、くすっと笑って、
もう一度大きく手を振ってくれた。
「……見てた。絶対見てた」
「最前列の特権だな」
次のフロートが通り過ぎる瞬間、
光の粒子がふわりと宙を舞い、こちらへ流れてきた。
「わっ……!」
反射的に、月菜を引き寄せる。
それは害のない演出用の光だったが、
星屑が降ってくるみたいだった。
「……すごい……」
月菜は俺の腕に軽く掴まったまま、空を見上げている。
距離が近いぶん、
音楽も、光も、感情も――すべてが直撃してくる。
終盤、音楽が一気に盛り上がり、
最後のフロートが目前で止まった。
次の瞬間。
演出用の光が一斉に弾け、
夜空いっぱいに広がる。
「……来れてよかった」
月菜が、ぽつりと呟いた。
「ああ」
俺は短く答える。
この瞬間だけは、
母さんのことも、ホテルのことも、余計な心配も全部どうでもよかった。
ただ――
隣にいる妹が、心から楽しんでいる。
それだけで、十分だった。
パレードが終わり、
音楽が余韻を残して、ゆっくりと消えていく。
「……ねぇ、お兄ちゃん」
「なんだ?」
「また来ようね」
「……ああ」
夜の光が少しずつ落ちていく中、
俺たちはしばらく、その場から動けずにいた。
「――っ!! 二人の姿が、人混みで見えません!」
「どうやら、プレミアムチケットを持っていると最前列で見られるみたいだね」
エヴァと陽菜が手にしているのは、一般チケット。
人の波の向こうに、月菜たちの姿は見当たらなかった。
「はぁ……二人の様子が見られないのは残念ですが……」
そう言いながらも、エヴァはふと視線を巡らせる。
ライトアップされたアズマアイランド。
闇に浮かび上がる建物と、色彩豊かな光の演出。
「……まるで、魔術で作られた空間みたいですね」
「うん。綺麗……」
二人とも、いつの間にか言葉を失い、
ナイトパレードの幻想的な光景に見入っていた。
音楽、光、歓声。
すべてが溶け合い、現実感を曖昧にしていく。
「……パレードが終わったら、帰ろうか」
「え? まだ二人のモニタリング……ではなく、監視は終わっていませんよ?」
「私たちはホテルを取ってないでしょ」
「……しゅん」
年上のはずのエヴァが、年下の陽菜にたしなめられる形になっていた。
(……月菜。お兄ちゃんと、ちゃんと楽しんでね)
陽菜はそう心の中で呟きながら、
再び視線をパレードへ戻す。
幻想的な光に包まれながら、
友の幸せを、静かに願っていた。




