11話 GW、遊ぶぞっ!⑬
少し人の少ない通路へと移動し、俺はポケットからスマホを取り出した。
園内の喧騒が少し遠のき、BGMだけが妙に耳に残る。
――数コール。
『はい?』
「母さん、俺」
『どうしたの? もう帰る時間でしょ』
珍しく早い時間に帰ってきていたようである母さん。
電話口の声はいつも通り落ち着いているが、わずかに警戒が混じっている気がする。
「それなんだけど……」
俺は言葉を選びながら、要点だけを簡潔に説明した。
遊園地に来ていること。
夏限定のナイトパレードがあること。
敷地内に併設されたホテルがあること。
そして――頼れる人がいること(※ユウゲンの存在はぼかした)。
『……つまり、泊まりたいってこと?』
「月菜もな。ちゃんと部屋は別だ」
ホテルの手配はユウゲンが何とかしてくれると言っていた。
あいつなら大丈夫であろう。
多分……。
『ふーん……』
電話越しでも、じっと値踏みするような視線が突き刺さってくるのが分かる。
『月菜は?』
「すぐそばにいる」
『代わって』
俺はスマホを月菜に差し出した。
彼女は一瞬だけ目を見開き、それから背筋を伸ばして両手で受け取る。
「は、はい! 月菜です!」
声が少し裏返っている。緊張が手に取るようだ。
――数十秒。
月菜は何度も「うんうん」と頷きながら、
時折「はい」「大丈夫です」「ちゃんとします」と、やけに模範的な返事をしている。
そして。
「……はい! お母さん、ありがとう!」
通話が切れた。
スマホを返してきた月菜は、
一瞬だけ間を置いて――ぎゅっと拳を握りしめる。
「……許可、出た!」
「マジで?」
正直、俺にはかなり怪しんでいるようにしか聞こえなかったんだが。
「うん! ちゃんと連絡することと、明日は早めに帰るって約束で!」
「まぁ、とりあえずは良かったな」
「やったね、お兄ちゃん」
ほっとしたように笑う月菜。
その瞬間だった。
――ブブッ。
「ん、何だ?」
ポケットの中でスマホが震えた。
画面を確認して、俺は思わず固まる。
『お泊まりは許したけど、月菜の身に何かあったら滅だから。勿論だけど、月菜に手を出したチョッキンするわよ』
……。
いや、手は出さんわ!!
心の中で全力でツッコミを入れながら、
俺はそっとスマホを閉じた。
―――――
少し離れた物陰。
「……許可、下りたみたいですね」
双眼鏡を下ろしながら、エヴァが小声で言う。
「うん。月菜、すごく嬉しそう」
陽菜はそう答え、兄妹の姿をじっと見つめていた。
その表情は、いつもより少し柔らかい。
「お泊まり、かぁ……一夜を共に……」
「エヴァ、言い方!」
慌てて陽菜がエヴァの口を塞ぐ。
「もがっ!? し、失礼……!」
エヴァは咳払いを一つして、気を取り直す。
「ですが、これは非常に重要なイベントです」
「……尾行、続けるの?」
「当然です。夜の遊園地、そしてナイトパレード」
エヴァの瞳が、きらりと不穏に光る。
「何かが起きない方がおかしい」
「……起きてほしくないこともあるんだけど」
「陽菜ちゃん?」
「なんでもない」
陽菜は視線を逸らしつつ、
遠くで並んで歩く兄妹の背中をもう一度見た。
「……でも」
「?」
「今日は、普通に楽しい日で終わってほしいなって思う」
「……そういえば、陽菜ちゃんにお兄ちゃんはいるのですか?」
不意の問いかけに、陽菜は一瞬言葉を失った。
「――――いるよ」
短く、しかしどこか影のある声。
「……そうなのですね」
エヴァも陽菜の異変に気づき、それ以上は踏み込まなかった。




