11話 GW、遊ぶぞっ!⑪
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「ふぅー、美味しかった!」
「はいはい、お粗末さま」
弁当を堪能し、月菜はすっかりご機嫌だ。
少し多めに作ったせいで余るかも、と心配していたが、結果はきれいに完食。
芝生の上で軽く伸びをしながら、次の目的地を探す。
「さーて、次はどれに乗ろうかなぁ?」
「さすがに、ゆったりしたのにしてくれ」
朝からスリル系ばかりだった。
月菜は相変わらず元気だが、正直こちらの体力が限界に近い。
「えー? でも楽しかったじゃん」
「楽しかったのは否定しない。だが人間には限界がある」
「お兄ちゃん、年かな?」
「誰がだ」
額を軽く小突くと、月菜は「えへへ」と笑って一歩距離を取る。
「じゃあ……あれは?」
月菜が指差した先。
園内の奥、空を大きく切り取るようにそびえ立つ巨大な観覧車。
――アズマホイール。
東の名を冠した、遊園地のシンボルだ。
「アズマホイールか」
「うん。高いし、ゆっくりだし、景色も良さそうだよ?」
「……今の俺にはちょうどいい」
「でしょ!」
月菜は嬉しそうに頷いた。
「じゃあ、行くか」
「やった!」
立ち上がると、月菜は自然と隣へ並ぶ。
アズマホイールは、静かな音を立てながら回っていた。
一周に時間がかかる、空をじっくり味わうタイプの観覧車だ。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「なんだ?」
「周りから、カップルって思われないかな?」
「ない。どう見ても兄妹だろ」
「むぅ、ロマンがないなぁ」
ゴンドラがひとつ、またひとつと降りてくる。
空に近づく順番が、ゆっくりと迫ってきた。
「ほら、次だぞ」
「うん!」
月菜は元気よく返事をして、ゴンドラへ乗り込む。
ドアが閉まり、
アズマホイールはゆっくりと上昇を始めた。
遠ざかる地面。
広がっていく景色。
「……おぉ」
月菜が窓の外を覗き込み、小さく声を漏らす。
「思ったより高いね」
「まだ序盤だ。ここからが本番」
「そっか……」
そう言いながらも、月菜は楽しそうに外を見続けている。
遊園地全体が、少しずつミニチュアのようになっていく。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん?」
「さっきさ、怖いのいっぱい乗ったでしょ?」
「月菜の希望でな」
「えへへ……でも」
月菜はくるりとこちらを向き、
少しだけ声を落とした。
「一緒だったから、ちゃんと楽しかった」
「……それは良かった」
「ほんとはね」
膝の上で手を組み、足をぶらぶら揺らす。
「最初、お化け屋敷のときとか、お兄ちゃんに迷惑かけてるかなって思ってた」
「迷惑?」
「だって、私ばっか怖がってさ」
「気にするな。想定内だ」
「想定内!?」
「昔からホラー苦手だっただろ」
「うっ……」
一瞬むっとしてから、すぐに笑う。
「でもさ、それでも一緒にいてくれるのが嬉しいんだよ」
ゴンドラがさらに上昇し、
差し込む光が月菜の横顔を柔らかく照らす。
「……こういう普通の日、私けっこう大事にしてるの」
「普通って言うには、だいぶ贅沢だがな」
「遊園地行って、お弁当食べて、観覧車乗って」
指を折りながら数える。
「これ以上、何が必要なの?」
「……確かに」
自然と、そう答えていた。
しばらく二人で外を眺める。
ゴンドラの中は静かで、遠くの音もぼやけている。
「ねぇ」
「まだあるのか」
「お兄ちゃんはさ」
少し真剣な目でこちらを見る。
「今日、楽しい?」
一瞬、言葉に詰まる。
「……楽しいよ」
「ほんと?」
「嘘ついてどうする」
「えへへ」
安心したように笑い、
月菜は肩を軽く預けてきた。
「じゃあ、よかった」
「……重くないか」
「ちょうどいい」
「そうか」
ゴンドラは、最上部に近づいていく。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「なんだ」
「またさ、こうやって出かけよ?」
「気が向いたらな」
「気が向くように、私が頑張る!」
「何をだ」
「いろいろ!」
よく分からないが、楽しそうだからいいか。
そして――
ゴンドラが支柱を越えた、その瞬間。
ガタン!!
「うわっ」
「きゃっ!」
思った以上の揺れ。
咄嗟に手を伸ばして、月菜を支えようとして――
「……あ」
掴んだ感触で、嫌でも理解してしまった。
「悪いっ!!」
「だ、だだ大丈夫!!」
慌てて手を離すが、月菜の顔は真っ赤だ。
「別に……お兄ちゃんなら、大丈夫だから……」
それは、兄妹だから、って意味だよな?
気まずい沈黙が、ゴンドラ内を支配する。
――ていうか。
(……月菜、ちゃんと胸あったんだな)
「んっ!? お兄ちゃん、なんか失礼なこと考えてなかった?」
「考えてない!」
即答した。
ゴンドラは、何事もなかったかのように、
ゆっくりと回り続けていた。
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「羨ましいですねぇ。年頃の男女が乗る観覧車……まさにラブコメです!」
「エヴァ、言い方がおっさんくさい」
アズマホイール乗り場の近く。
二人は人影に紛れながら、こそこそと様子を窺っていた。
「それに月菜とタクローさんは兄妹だよ。ラブコメにしちゃダメでしょ」
「陽菜さん……それを禁断の愛というのですよ」
得意げに胸を張るエヴァに、陽菜は深くため息をつく。
「はいはい……」
「あ、ほら。そろそろ下に着きますよ」
ゆっくりとゴンドラが降りてくる。
「まさかまさか……ロマンスに当てられて、キスでも――」
「そんなわけ――」
言い終わる前に、ゴンドラのドアが開いた。
出てきたのは――
気まずそうに視線を逸らすタクローと、
顔を真っ赤にして俯く月菜。
一瞬の沈黙。
「きゃあああっ!! 本当にしてしまったのですかぁ!?」
「もがっ!」
叫びかけたエヴァの口を、陽菜が慌てて塞ぐ。
「ちょ、エヴァ! 声大きいって!」
「もごもご……!」
「まさか、本当にキスを――」
「これぞ、禁断の兄妹愛ですよ……!」
目を輝かせるエヴァと、頭を抱える陽菜。
――もちろん。
二人はキスなどしていない。
していないが。
ラッキースケベが起きていたのは、事実である。




