11話 GW、遊ぶぞっ!⑧
「つ、次は……お化け屋敷、だね!」
遊園地のマップを抱えながら、月菜はふんすっと胸を張る。
だが、その額にはうっすらと汗が浮かんでいた。
「月菜、お化け屋敷大丈夫か? 苦手だったろ?」
「だ、だだ大丈夫!! 今日は……お兄ちゃんとだし……!」
語尾が小さくなる。
いや、ほぼ聞こえていない。
「ま、まぁせっかくだし行ってみるか」
「う、うんっ!! 行こっ!」
そう言って腕を掴む月菜の手は、ぷるぷる震えている。
―――――
「……ふむ。次はお化け屋敷に入るようですね」
人混みの陰から、エヴァが望遠鏡じみた単眼鏡を覗く。
「ねぇエヴァ……月菜震えてるよ?」
「ですね。恐らくは月菜さんは幽霊や怪奇系が苦手みたいですね」
「それに近いニブラと戦ってるのに……じゃあ何で行くの?」
「お兄さんの隣に居たいからでしょうね」
「……あー、なるほど」
陽菜は納得するように何度も頷く。
「でもさ、怖がってるのになんであんなに強気なの?」
「好きな人の前では強く見せたいものですよ」
「……よく分からない」
「陽菜ちゃんにはまだ早いって事ですよ」
二人は物陰の中でこそこそと移動しながら、入口へ向かう兄妹を追う。
―――――
お化け屋敷の入口は暗く、赤黒い照明がぼんやり照らしている。
入口から「うぉぉん……」という低い呻き声が鳴り響いていた。
「……うっ」
「月菜、やっぱ無理そうならやめても……」
「い、いく!! ここで逃げたら……妹として恥ずかしい!!」
「妹としてなのか……?」
「だ、だって……お兄ちゃんに情けないとこ見せたくない……」
月菜はキッと暗闇を睨むが、やっぱり膝はほんのり震えている。
入口にいるスタッフがにこやかに声をかける。
「はい、お二人さま〜。手を離すと迷子になりますので、しっかり繋いでくださいね〜」
「「っ!?」」
言われた瞬間、月菜の手がきゅっと強く握られた。
その手は、熱くて、少し汗ばんでいた。
「……だいじょぶ。お兄ちゃんは私が守るから」
「いや、明らかに守られる側だろ……?」
そんな軽口を交わしながら、二人は暗い通路へと踏み込んだ。
お化け屋敷の中へ足を踏み入れた瞬間――
視界は真っ暗になり、足元だけをかろうじて照らす微弱なランプが点滅した。
「……お、お兄ちゃん……?」
月菜の声は、ひっくり返りそうなほど震えている。
「ここにいるぞ。そんなに怖いなら無理しなくても――」
「む、無理じゃない!! わ、私、こう見えて肝が据わってるって……えへへ……へへ……」
言葉の割に、腕に絡む力はどんどん強くなっていく。
――ギィィィ……。
古い扉が開くような音が、暗闇の奥から響いた。
「ひゃぁああああっ!?!?!?」
月菜は完全に跳ね上がり、腕にしがみついてきた。
腰も膝もガタガタ震え、ほぼ抱きついているような形になっている。
「お、おい月菜、前が歩けないって……!」
「む、無理無理無理無理っ!! こっちなんかいる!! 何かいるよぉ!!」
「たぶん機械だって……」
「うぅ〜……こ、ここ嫌ぁ……!」
月菜はその後も背中に隠れたり、腕に絡んだり、忙しなく位置を変える。
さらに奥へ進むと、足元のランプがぱっと消えた。
「いやああああああああああああ!!!!!」
月菜はほぼ反射的に、お兄ちゃんの首に腕を回して抱きついた。
息がかかるほど近くて、体温も伝わる。
「お、おいっ!? 苦しい苦しい!」
「ごめんっ!! でも無理!! お兄ちゃん離れないでっ!!」
暗闇の中、しがみつく月菜は半泣きで――
でも離れない。絶対に離れない。
「……わかったから、ちゃんと歩けよ」
「むり……お兄ちゃんが……先に行ってくれるなら……行ける……」
「はいはい。じゃ、手をしっかり握ってろ」
「うん……絶対離さない……」
月菜はぎゅっと手を握りしめてきた。
そして、暗闇の通路を抜けると、わずかに光が差す細い廊下に出た。
ほっと胸を撫でおろしたように、月菜が小さい息をつく。
「……や、やっと……明るい……」
「出口はもうすぐだな。ほら、言ったろ? 大したこと――」
そのときだった。
――パチン。
小さなスイッチのような音がして、廊下の照明が一度だけふッと消えた。
「ひっ……!」
直後。
――ガタァアアアアアアアアアアッ!!!
壁が大きく震え、床下から何かが揺さぶるような音が響き、
廊下の奥に人影のようなシルエットが一瞬だけ浮かび上がる。
「――――――――!?!?!?!?!?!?」
月菜の悲鳴は、もはや声になっていない。
次の瞬間、全力でお兄ちゃんの腰に抱きついた。
完全にしがみつき、足まで絡んできそうな勢いだ。
「むりむりむりむりむりむりむり!!!!! いまの完全に出た!! 出た!! お兄ちゃんなんで前歩くの!? おばけいたよ!!」
「月菜、落ち着け! あれは演出だって!」
「ちがっ……ちがっ……あれおばけだって!! 絶対にっ!!」
「だから仕込みだって言ってんだろ……!」
腰にしがみつかれ過ぎて、前に進めない。
「お兄ちゃん帰ろ!! もう帰ろ!!」
「この先が出口だから!! ほら、手離せ月菜!」
「いやぁぁぁぁぁ!! 離れたら死ぬ!!!」
泣きながら完全にへばりつく妹を引きずるように前に進む。
月菜は涙目のまま震える手でしがみついていた。
そして――
曲がり角を抜けた瞬間、スポッと明るい光が視界を満たした。
「……あっ」
お化け屋敷の出口だった。
月菜は数秒ぼうっとして、状況を理解する。
「……お、おわった……?」
「終わった。」
「ほんとに……? もうでない……?」
「出ねぇよ。」
その瞬間、月菜の膝ががくんと抜けて地面にへたり込みそうになる。
「こわかったぁ……!!!」
涙目でこちらにしがみついてくる月菜を、俺はため息混じりに受け止めた。
「こんなに怖がるなら最初から入んなきゃいいだろ……」
「だ、だって……お兄ちゃんが一緒なら大丈夫かなって……!」
「大丈夫じゃねぇじゃん。」
「……うぅ。でも一緒がよかったの!」
素直に言われて、さすがに返す言葉がなくなる。
月菜は泣き笑いのような顔で、袖をぎゅっと掴んだ。
「……次は、怖くないの行こ……?」
「ああ、そうしよ」
―――――
お化け屋敷前のベンチでぐったりしている月菜を横目に、
少し離れた観葉植物の影から、二つの影がひそひそと顔を出していた。
「……陽菜ちゃん。今の、聞こえました?」
「聞こえた。すっごい叫び声だった」
「そんなに怖かったのですね」
「月菜、ほんと何で入ろうとしたんだろ」
「でも……怖がる月菜は可愛いですね……!」
エヴァがほくほく顔で頬に手を当てる。
「……エヴァ、ちょっと楽しんでる?」
「えっ……あ、いえ違いますよ? これはあくまで観察です!」
(絶対ちがう……)
陽菜は呆れた顔をしながら、ベンチに座る兄妹を見つめた。
月菜はまだ震えたまま腕を抱えて座り、
お兄ちゃんはその横で水を渡しつつ、ため息をついて頭を軽く撫でている。
「……優しい」
「ですね。タクローさん、すごく面倒見が良いです。羨ましいぐらいに」
「エヴァも、ああいうふうに頭撫でられたいの?」
「な、なにを言うのですか! 別に、そういう……いえ、まぁ……」
(図星なんだ……)
陽菜はじーっとタクローの方を見つめた。
「……陽菜ちゃん?」
「べつに。なんでもない」
「あっ、嫉妬ですか? 嫉妬しました?」
「してないってば!」
しゅばっと顔をそらす陽菜。
エヴァはにやにやしながらさらに観察ノートを取り出す。
「ふふ……兄妹のデート、非常に興味深いです。これは良い研究になりますね……!」
「エヴァ、隠密って知ってる?」
「もちろんです! 私はプロ、プロですよ!」
そう言いながら観葉植物の陰から半身出ているのだが、
陽菜が指摘した瞬間に慌ててしゃがみ直した。
「……よし、次はどこ行くのかな?」
「月菜さんの気分的に、絶叫系はまだ無理でしょうね」
「まぁ……しばらくはゆっくり系かな」
二人はまたそっと身を潜めつつ、
兄妹の次の行き先を追うため、静かに移動を開始したのだった。




