11話 GW、遊ぶぞっ!⑤
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家を出て、最寄り駅まで歩く。
春の朝の空気は思ったよりひんやりしていて、浮ついた心を少し落ち着かせるような澄んだ匂いがした。
その隣で月菜は、手提げを胸の前にぎゅっと抱えながら小走り気味の足取り。
歩幅がいつもより明らかに半歩速い。
「お兄ちゃん、電車混んでるかな……?」
「GWだからな。まぁ覚悟しとけ」
「うぅ……ぎゅうぎゅうはイヤだけど……でも、今日はがんばれる!」
「その根性は別のところで使え」
「えへへっ」
返事の声まで弾んでいる。
浮き足立つ、というのはこういうことを言うんだろう。
駅が近づくにつれ、道行く家族連れや学生の数も増えてきた。
どこか同じ方向に向かっている高揚感のようなものが道全体に流れていて、月菜はその波に自然と乗せられている。
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駅のホームに着くと、そこはすでに人でいっぱいだった。
同じ遊園地を目指しているのだろう、リュックを背負った子ども、ペアで来たらしい学生、カメラを首に下げた大人――いかにもGWらしい光景が広がっている。
「わぁ……みんなアズマアイランド行くのかな?」
「だろうな」
電車が近づいてくると、月菜はぴょこんと背伸びして車内を覗き込む。
その仕草もいちいち楽しそうだ。
「結構……混んでるね……」
「行くぞ。離れるなよ」
「う、うん!」
想像以上にぎゅうぎゅうの人混みに、月菜は思わず俺の上着の裾をつまんでくる。
まるで置いていかれまいとする子どもみたいだな。
俺は入口近くの手すりにつかまり、月菜は袖を握ったまま、小さく体を寄せてきた。
大きな揺れが来ると、月菜の肩が俺の腕にふわっと触れる。
「う……わ、わわっ……!」
「ほら、掴まれ」
「ありがと……」
月菜は心なしか頬を赤くして、俺の袖をしっかり握りながら景色を見ようとして背伸びする。
届くはずないのに。
「見えないなら無理すんな」
「んー……でも、なんか……こういうの、いいなぁって……」
「こういうの?」
「電車でおでかけって感じ。お兄ちゃんと二人でさ」
その言い方が、妙に胸にくすぐったい。
電車が揺れるたびに、月菜は小さく跳ねては、
ちらっと俺の顔を見上げてくる。
「変な顔してない? 酔ってない?」
「心配しすぎだろ」
「大事な予定なんだもん、失敗したくないよ……!」
「失敗する遊園地ってなんだよ」
「あっ、そういえば……お弁当、めちゃ楽しみ」
「あんま期待すんなよ?」
「いやだ! 期待する!!」
満面の笑顔。
本気で楽しみすぎているのが、見ていてちょっとおもしろい。
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電車は目的の駅へ到着し、降りた瞬間、空気がふわっと変わった。
ホームの広告も、通路の案内も、アズマアイランド一色だ。
浮き足立つ人々の声と、どこか遠くから響いてくるテーマソングのようなミュージック。
まだ入口は見えないのに、すでにテーマパークの一部に踏み込んだような感覚になる。
「わぁぁぁ……!! すごい……!!」
「まだ入口も見えてねぇからな?」
「でももう楽しい!!」
月菜はぴょこぴょこ跳ねるように前を進む。
まるで地面に足がついていないみたいだ。
「ほら、走るなって」
「走ってないもん、浮いてるだけ!」
「意味わかんねぇよ」
そんな会話をしながら遊歩道を抜けていくと――
視界がぱっと開けた。
巨大なゲート。
鮮やかな旗。
流れてくる明るいBGM。
観覧車“アズマホイール”が空を貫くようにそびえ立ち、奥にはジェットコースターのレールがビルのようにうねっている。
その光景を見た瞬間、月菜はぴたりと止まって固まった。
「――っ!! お兄ちゃん、見て! あれ! あれだよ!!」
「見えてるっての」
月菜の瞳は、宝石みたいに輝いている。
「……やば……ほんとに来ちゃった……」
「来たな」
俺がそう言うと、月菜は胸の前で手をぎゅっと握りしめ、
満面の笑みで俺に向き直った。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「今日、絶対いっぱい楽しもうね!」
「ああ、任せろ」
その言葉に、月菜はふわっと笑って、俺の腕を軽く引っ張った。
「じゃあ、行こっ!!」
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「……これはだいぶ浮ついていますね」
「浮ついてるね」
アズマアイランドの入り口より少し離れた場所で、
二人の影――エヴァと陽菜――がひっそりと様子を見守っていた。
「いいですか陽菜ちゃん。これはあくまで月菜さんの監視であって、遊びに来たのではないのですよ!」
「その言葉、もう何回聞いた」
「はいはい。とりあえず気配の警戒だけはしてください」
「……エヴァの方こそ」
気合いだけは一人前である。
名目は監視、本音はただ月菜とタクローのデートを観察したいだけ。
それを指摘されるたびに、エヴァは妙に堂々と胸を張るのだった。




