11話 GW、遊ぶぞっ!②
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「ただいまー……って、おい。なんだこの匂い。」
玄関を開けた瞬間、焦げと甘さと酸味が混ざった“料理事故の三重奏”が鼻を突いた。
嫌な予感しかしないままキッチンを覗くと――
「……お兄ちゃん! おかえり!」
月菜が鍋とにらめっこしていた。
火は止まっているのに、鍋からはまだ薄く煙が立っている。
「あぁ。ただいま。で、それは何を作ろうとしてこうなった?」
「煮物……の、はずだったんだけど……勝率が……その……」
月菜は目をそらす。
“勝率”って単語が料理に出る時点で終わってる。
「まぁ、その話は置いとけ。これ見ろ。」
俺は部長ことユウゲンからもらったフリーパスを月菜に渡した。
「……チケット……? え、これアズマアイランドの!? しかもプレミア……!?」
目がまん丸になる。
無理もない。普通に買ったら財布が泣くレベルだ。
「部長からの差し入れだ。ゴールデンウィーク、行くか?」
「い、行く!! 行くよお兄ちゃん!!」
月菜は俺の手をガッと掴んで上下に振りまくる。
「お、おい、破ける破ける!」
「あ、ごめん……! えへへ……でも嬉しくて!」
頬をほんのり赤くして笑う。
遊園地なんて何年ぶりだ、そりゃ嬉しいだろう。
「じゃ、当日は弁当でも――」
俺が言いかけた瞬間、月菜の視線が鍋に落ち、表情が絶望に染まっていく。
「……お兄ちゃん、お弁当作ってください。」
「最初からお前に作らせるつもりなかったよ」
「うぅ……お兄ちゃん優しい……」
「友人の関係者が経営する遊園地で食中毒事件なんて起こしたくないだけだ」
「そんなの起こしたくても起こさないよ!」
月菜はむぅっと頬をふくらませ、それからチケットをぎゅっと抱きしめた。
「でも……ほんと楽しみだなぁ。お兄ちゃんと遊園地なんて、めっちゃ久しぶりだし」
「まぁ最近はいろいろ忙しかったからな。学校だの、部活だの」
「うん……だから、すっごく嬉しい」
小さくつぶやく声。
年相応で、なんかちょっとだけくすぐったい。
「そういやアズマアイランドって何があるの? 絶叫系すごいって聞いてるけど……」
「まぁ多いな。お前、絶叫系得意じゃないだろ」
「だ、だいじょ……ぶ……だと、思う……」
自信ゼロ。
「乗れなきゃ無理すんなよ。ゆっくり系回ってやるから」
「うんっ!」
ぱぁっと花が咲いたみたいに笑う。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん」
「ん?」
「遊園地って……デートって言うのかな?」
「デートじゃねぇよ。兄妹だろ」
「そ、そうなんだけど……高校生と中学生が二人で遊園地って、なんか、そういう……」
月菜は視線を落とし、チケットを指でくるくる回した。
……この場合どう扱われるんだろうな、確かに。
「それより、写真いっぱい撮っていーい?」
「別にいいけど……変な顔のは保存すんなよ」
「やる!」
「やめろ」
「お兄ちゃんの変な顔レアなんだから!」
くすくす笑いながら椅子に座り、机にチケットを並べて眺める。
「ねぇ、どこから回る? あの巨大な観覧車、ずっと気になってたの!」
「ああ、“アズマホイール”な。バカでかいぞ」
「乗りたい! てっぺんまで行ったらめっちゃ景色きれいなんでしょ?」
「高所怖くて泣くなよ?」
「お兄ちゃんが一緒なら泣かないもん!」
……おい。なんだその可愛い攻撃。
「で、でも! もしお兄ちゃんのほうが先に怖がったらどうしよう?」
「俺は怖がらねぇよ」
「ほんと? あのときのジェットコースターの顔、すっごく――」
「忘れろ」
「えへへっ」
月菜が楽しそうに笑ったあと、急に、
「……あ、お腹すいた」
と言い出した。
「だよな。鍋は……諦めよう」
「うん……。ごめん」
「いいって。今日は簡単なので済ませるか」
俺は冷蔵庫を開け、サッと材料を取り出して夕食を作り始めた。
台所に立つと、月菜は椅子の上で足をぶらぶらさせながらこっちを眺めている。
「お兄ちゃんの料理してるところ……なんか安心する」
「見られてるとやりづらいんだけどな」
「えへへ」
そんなやり取りをしながら、簡単な炒め物と味噌汁を並べる。
「いただきます!」
月菜はぱくぱくと嬉しそうに食べ始めた。
「……美味しい……。お兄ちゃんのご飯、好き」
「そりゃどうも」
「明日のお弁当も楽しみだなぁ」
「プレッシャーかけんな」
「ふふっ」
食べ終える頃には、さっきまでの騒ぎが嘘みたいに穏やかな空気が流れていた。
「明日……早く起きなきゃね!」
「お前にそれ言われるの、珍しいな」
「今日だけは違うもん!」
「寝坊したら置いてくぞ」
「やだ! 絶対起きる!」
そう言いながら――
「なんか……眠くなってきた……」
「まだ20時だぞ?」
「明日……楽しみすぎて……ねむ……」
「ほら、寝る前に歯磨け」
「はぁい……」
ふにゃふにゃした返事で部屋へ戻ろうとした月菜は、ドアの前で一度振り返った。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「なんだよ」
「明日、楽しみにしてるね」
そう言って、嬉しそうな笑顔で部屋へ消えていった。
リビングに残されたチケットを見つめながら、俺は小さく息をつく。
(……まぁ、たまにはこういうのも悪くないな)
自然と、笑みがこぼれた




