10話 魔法少女になった日⑪
二体のニブラが黒い霧となって消え去ると、ようやく家の中に静けさが戻った。
けれど月菜の耳の奥では、まだ“ドクン、ドクン”と自分の心臓の音だけが騒がしい。
「は、はぁ……はぁ……」
震えた手から杖がカランと落ち、月菜はその場にへたり込む。
「月菜、大丈夫……?」
陽菜も膝をつき、肩で息をしていた。さっきの衝撃と緊張で、全身の力が抜けている。
エヴァは壁にもたれながら、痛む体を押して周囲を確認した。
「二人とも、まず落ち着いて……。怪我人の状態を確認しないと……っ」
その言葉で、月菜の意識はようやくタクローへ向けられる。
「お、お兄ちゃん……!」
リビングの床に倒れたタクロー。
肩口から大きく裂けた傷が広がり、服が赤黒く濡れていた。
ニブラの爪は深く肉に達し、血の量も多い。
「だめ……こんな……!」
月菜は震える指先で触れるのも怖く、息が詰まる。
エヴァはよろめきながら膝をつき、応急処置キットを取り出した。
「月菜さん……陽菜ちゃん……私の指示に従って。大丈夫、落ち着いて……できますから」
「……うん」
「はい……っ」
声は震えているのに、エヴァの手だけは確かだった。
「まず止血。陽菜、清潔な布を。月菜さんはタクローの頭を支えて……呼吸は……まだ安定してる……よかった……」
月菜は震える手でタクローの頭をそっと持ち上げる。
普段はからかってくるくせに、今はこんなにも弱々しい。
「お兄ちゃん……聞こえる……?」
名前を呼んでも返事はない。それでも呼吸している音だけが救いだった。
陽菜が布を押し当て、エヴァが確かな動きで圧迫していく。
「傷は深いですが……致命的ではありません。救急が必要ですが……外はまだ安全とは言えませんね……」
月菜の胸はずっと苦しく、魔具は脈のように熱を放っていた。
覚醒したばかりの力は制御できず、ニブラを倒せたとはいえ怖いだけだった。
「月菜……さっき、すごかったよ。でも……無茶しすぎ……」
「わ、わたしも……何がどうなったのか……っ。ただ……勝手に身体が……」
エヴァは布を押さえながら振り返り、優しい声を向ける。
「月菜さん……あなたは覚醒しました。巻き込んでしまって……本当に申し訳ありません。でも……無事でいてくれてよかった……」
月菜は唇を噛んで小さく頷いた。
圧迫し続けたおかげで出血が弱まり、ひとまず危険は遠のいた。
だがタクローの呼吸は弱く、顔色も悪い。
「……お兄ちゃん……お願い、起きてよ……!」
月菜の声は震え、涙がぽろぽろと頬を伝った。
「……駄目、これ以上は……処置が追いつかない……」
陽菜が悔しげに唇を噛む。
エヴァも肋を押さえながら、険しい顔で呻く。
「搬送すべきですが………」
月菜だけではなくタクローまで巻き込む事になる為、エヴァは悩んだ。
(……お兄ちゃんが……死んじゃう……)
怖い。
でもそれ以上に――
(……助けたい……助けたい……!!)
その瞬間だった。
胸元のペンダントが、ぽうっと温かい光を放つ。
「え……?」
まるで月菜の願いに応えるように、金色の光が脈打つ。
「月菜……離れ――」
陽菜の声より早く、
月菜の手が、無意識にタクローの傷へ伸びた。
「お兄ちゃん……お願い……助かって……!」
――ぱぁぁぁぁ……!
柔らかくて優しい金色の光が、月菜の手のひらから溢れ出す。
「うそ……!?」
陽菜が思わず手を止める。
「この出力……治癒魔術……? そんな……覚醒直後で……」
エヴァは驚愕に目を見開いた。
光がタクローの傷へ吸い込まれるように広がり、
裂けた皮膚が閉じ、損傷がみるみる再生していく。
荒かった呼吸が、ゆっくりと安定していく。
「お兄ちゃん……よかった……!」
月菜は胸に手を当て、泣きそうな笑顔で呟いた。
だがタクローはまだ目を覚まさない。
傷が塞がっただけで、意識までは戻らない。
「……こんな精度の治癒……いきなりできるものじではありません……」
エヴァは呆然としたまま月菜を見つめていた。
陽菜は月菜の横顔を見つめ、ぽつりと呟く。
「月菜……ほんとにただの小学生だったの……?」
「わ、わかんないよ……! ただ……お兄ちゃんを助けたいって……思ったら……勝手に光が……!」
月菜自身、何が起きたかわからず困惑していた。
それでも――
タクローの呼吸が落ち着いたのを見て、そっと手を握る。
「……お兄ちゃん……大丈夫だから……ゆっくり休んでね……」
その声は、静かな部屋に優しく響いた。




