10話 魔法少女になった日⑩
陽菜の剣が微かに震える。二体の中型ニブラに挟まれ、しかも前方のニブラの足元には負傷したタクローが横たわる。
(……ここで迷っている場合じゃない……! でもこの子を連れて逃げるのは……)
今は家の中という狭い空間。
一人では逃げる事は何とかなりそうではあるが、月菜を連れて逃げるのは困難である。
それにーー
「嫌だよ!! お兄ちゃんとエヴァさんを置いて逃げるだなんて!!」
二人が撤退に成功したとしても、残されたタクローとエヴァがどんな目に遭うのかは目に見えている。
心臓が早鐘のように打つ。陽菜は剣を握りしめ、魔具の力を呼び覚まそうとするも、どうにも身体がこわばる。
「……どうしよう……どうすれば……!」
声にならない声を漏らし、目の前の光景に圧倒される。目の前の中型ニブラ、負傷したタクロー、そして自分の後ろに震える月菜。
(……私がみんなを守る……! でも……!)
その瞬間、月菜の胸元がピカリと光った。魔具のペンダントから、強い金色の光が迸る。
「っ……!?」
月菜は驚きと恐怖で胸を押さえる。その光はただの光ではない。熱を帯び、脈打つ光はまるで月菜自身の意思と同期するかのように揺らめく。
「……どうして……こんな……?」
恐怖で固まった月菜の心を、同時に何かが突き動かした。胸の奥で、強い力が渦巻く。魔具が、そして自分自身が――声にならない声で訴えかける。
(……お兄ちゃんも……エヴァさんも……守らなきゃ……!)
月菜の手が無意識に胸元の魔具に触れる。ペンダントが体温を帯び、脈動はさらに強くなる。身体中に電流が走るような感覚。恐怖と決意が交錯し、胸の奥から熱が込み上げる。
「……私、やらなきゃ……!」
その言葉と同時に、月菜の身体から光が迸った。金色の光がじわじわと全身を包み、周囲の空気まで震わせる。床の埃が舞い上がり、リビングの影が押しのけられるように揺れる。
月菜の瞳が光を宿した。恐怖で震えていた瞳が、戦う意思に変わった瞬間だった。胸元のペンダントと月菜の魔力が完全に共鳴し、周囲に魔法陣の紋様が浮かび上がる。
(……これが……力……?)
月菜は自分の身体に流れる力を感じ、驚きながらも自然に手を前に伸ばした。掌から光が溢れ、周囲の空間に魔法式が描かれる。
「……これが……わたしの……力……!」
光の紋章が浮かび上がり、触手が迫るニブラを遮る。青白く、金色を帯びたオーラが月菜を包み込み、中型ニブラの目を赤く染めた。
「……まさか……魔具と……私が……共鳴してる……!」
陽菜は目を見張った。今までただの一般人だった月菜が、魔具と一体化し、魔力を制御している。力は未熟かもしれない。しかしその光は明らかに、戦う者の意思を宿していた。
「……月菜っ!! 《シャイニーパワー・オン》と言って……!」
「ーーーシャ、《シャイニーパワー・オン》!!」
月菜がそう叫ぶと身に纏ったいた服が黄色を基調とした魔装に変わった。
そして手には自分の身長ぐらいある杖を持っていた。
「え、えぇぇええっ!! 何この服っ!?」
「それが魔装。月菜は今魔術師になったんだよ」
(この服の感じは…魔法少女だよ……)
月菜はそう思っていると、ふいに杖を振るうと光の球が小さな衝撃波となり中型ニブラの触手を弾き飛ばす。 驚きの呻き声と共に、ニブラは一瞬後退した。
「えっ、なんか出たっ!?」
(凄い……やっぱり月菜さんはただの子じゃない)
エヴァは月菜の底知れない実力に感嘆としていた。
「多分、月菜は遠距離系の魔術を使える。援護して」
「え? どうやってするの?」
「さっきみたいな事をニブラにするだけでいいから」
月菜はぎこちなく杖を抱え、足をすくませながら二体の中型ニブラを見つめた。
さっき偶然放たれた光弾も、再現できる保証はない。
「ど、どうしよう……! さっきの、もう一回できるの……?」
「大丈夫。月菜ならできるよ」
陽菜は震える声で言った。彼女自身も恐怖を押し殺している。
前方に一体。タクローのすぐそばで唸っている。
後方からもう一体。触手がのたうち、狭い部屋に圧迫感を放つ。
「月菜さん、深呼吸を。魔力の流れを整えてください」
傷ついたエヴァが壁に寄りかかりながらも、的確に指示を飛ばす。
「む、無理……と思う……けど……! そもそも魔力の流れって何っ!?」
月菜は半泣きになりながら深呼吸した。胸元のペンダントは鼓動のように明滅し、彼女の震えを少しだけ和らげる。
「意識を杖の先に。光を集めるイメージです」
「い、イメージって……そんな急に言われても……!」
ニブラのひとつが甲高い声を上げ、触手を振り上げた。
「月菜っ!!」
「ひっ!?」
咄嗟に杖を前へ突き出す。
その動きに反応するように、杖の宝玉が強く輝いた。
ボンッ!
不格好な光弾が放たれ、ニブラの胴に直撃する。
爆発というより、押し飛ばしたような力。ニブラの身体がぐらりと揺れ、家具に激突した。
「や、やった!? 当たった!? 私!?」
「当たってる! その調子!!」
陽菜が励ますように叫ぶ。
(ほんとに……ほんとに魔法が出てる……!)
しかし成果に驚く暇もなく、もう一体のニブラが背後から迫っていた。
「後ろ!!」
「えぇぇっ!?」
月菜は振り返るが、構えも何もあったものではない。
触手が迫り、悲鳴を上げようとしたその瞬間――
ガキィィィン!!
陽菜の剣が横から割って入り、触手を受け止めた。
「月菜は後ろに! 絶対に離れないで!!」
「う、うんっ!」
陽菜は必死に剣を押し返しているが、まだ完全に魔力を扱いこなせていない。
エヴァも怪我で自由に動けない。
(……私、だけでも……何かできる?)
月菜は震えたまま杖を握りしめる。
ペンダントが、応えるように心臓のような脈動を返した。
「エヴァさん……! わ、私、どうすれば……!」
「狙うのは中心です。身体の核を光で打ち抜くんです!」
「な、なんかRPGみたいなこと言われても……!!」
それでも、月菜は必死に杖を構えた。
狙って撃つなんてしたことない。けれど、逃げるわけにもいかない。
(お兄ちゃんを……死なせない……! エヴァさんも……陽菜ちゃんも……!)
「……い、いくよっ……!」
月菜の杖先に、再び光が集まる。
先ほどよりも大きく、しかし揺れて不安定な光弾。
「いけっ!!」
叫ぶと同時に光弾が発射され――
狙いは甘く、ニブラの肩をかすめる。
だがニブラは体勢を崩し、陽菜の剣にも余裕が生まれた。
「今っ……! 陽菜ちゃん!!」
「任せて!!」
陽菜は渾身の一撃を叩き込み、ニブラの核を斬り裂く。
呻き声とともにその身体が崩れ落ちた。
「一体……倒した……!」
月菜は膝が震え、杖にしがみつく。
だがまだ一体残っている。
タクローのすぐそばで、怒り狂ったように触手を逆立てていた。
「月菜さん、いいですよ! まだまだ魔力は充分に残ってます……!」
エヴァの声は震えているが、迷いはない。
「この距離で私が斬りに行ったらあなたのお兄さんに危害を加えるかも知れない。だから、今は月菜の魔術が必要。……核だけを狙って」
「無茶言うぅ……!」
それでも、月菜は杖を前に向けた。
手は震え、涙は浮かぶ。だけど――
(怖い……でも……逃げない……!)
ペンダントが光り、月菜の魔力を導く。
杖先が花のように輝いた。
「……お兄ちゃんから離れてっ!!」
放たれた光弾は、先ほどよりも真っ直ぐに――
タクローの横をかすめ、ニブラの胸へ突き刺さる。
ニブラが苦鳴を上げ、痙攣する。
陽菜がその隙を逃さず斬り込み――
「はぁああっ!!」
核を断ち切った。
ニブラの残滓が崩れ落ち、部屋に静寂が戻る。
「……うそ……倒せた……の……?」
月菜は杖を握りしめたまま、その場にへたり込んだ。
戦意などではなく、ただ必死に動いた結果だった。
「月菜……すごいよ……! 本当に……!」
「すごくなんて……ないよ……こ、怖かったよぉ……!!」
月菜はぽろぽろと泣き出す。
戦ったというより、泣きながら撃った。
だが――その光が、全員を救ったのだった。




