10話 魔法少女になった日⑨
―――――
様々な不安要素を抱えつつ、一行は月菜の家にたどり着いた。
「うーん……本当に大丈夫かなぁ……」
月菜の声にはまだ不安が滲んでいた。
「勿論ですっ! ドンっと任せてください!」
エヴァは胸を張り、少しでも頼もしく見せようと笑顔を作る。
(……不安だなぁ……)
月菜は胸の奥でざわつく感情を押さえつつ、玄関のドアノブを握った。そして深呼吸して開ける――その瞬間、三人の足が同時に止まった。
「……嫌な気配がしますね」
エヴァの声が普段より低く、冷たい響きを帯びた。手にはすでに魔術カードが握られている。
「月菜さん、後ろに──」
陽菜が前に踏み出し、魔装を展開しようとした瞬間。
リビング奥の暗がりが、不気味に揺れた。
黒く濁った影。普通のニブラより一回り大きく、輪郭が揺らめき、まるで生き物のように蠢いている。その目――赤く光る瞳が、月菜を見据えた瞬間だけ鋭く光った。
――中型ニブラ。
低い唸り声が床を震わせ、空気を振動させる。
「な、なんで……家の中に……」
月菜の声は震えていた。
その足元、影の手前に倒れ込む人影。
「……! お兄ちゃん!!」
タクローだった。左肩から脇腹にかけて深く裂かれ、血が床に滲んでいる。
エヴァが即座に判断する。
「生命の危険はまだありません……! ただの物理的な裂傷です! 月菜さん、落ち着いて!」
「近づいちゃダメ!!」
陽菜が、タクローへ駆け寄ろうとした月菜を抱き留めたその瞬間――
中型ニブラが、まるで嗤うかのように顔を歪め、床を叩きつけた。
ドンッ、と衝撃波が広がり、影が触手のように伸び、三人へ襲いかかる。
「来るよ!!」
二人の魔装がほぼ同時に展開される。
「《フォルド・シールド》!!」
エヴァが即座に防御魔法を発動する。青い半球状の結界が三人とタクローを包み込む。
触手が結界に叩きつけられ、黒い火花が散った。
「……くっ、強度が……!」
「なら私が削る! 《サンバースト・スラッシュ》!!」
陽菜の炎剣が煌めく。月光を帯びた炎の軌跡が触手を焼き切る。中型ニブラは一歩退くが、なお月菜だけを睨み続けていた。
(……完全に月菜さんを狙ってる……!)
その時――
月菜の胸元。服の上から魔具が脈打った。弱く、しかし確かな金色の光。
ニブラの瞳がさらに赤く染まる。
「やっぱり……魔力に引かれてるんです!」
「わ、わたしっ……どうしたら……!」
「何もしなくていい! あなたは隠れて!」
陽菜が背後から月菜を庇う。
「でも……お兄ちゃんが……!」
タクローは意識を保とうと微かに目を開いた。力なく、震える声で絞り出す。
「……月菜……逃げ……ろ……」
「お兄ちゃんっ!!」
月菜は涙を拭い、震える手で胸元の魔具に触れながら、顔を上げた。
(お兄ちゃんを守らなきゃ……!)
「月菜さんから離れなさい!!」
エヴァがカードを扇状に広げ、魔法式を空中に展開する。
「《グラヴィティ・ピラー》!!」
床から青白い光柱が突き上がり、中型ニブラの動きを一瞬拘束する。しかし影はすぐ形を崩し、光柱の隙間から抜け出した。
(……重力魔術が効かない……!?)
額に汗を滲ませるエヴァ。
「陽菜さん! 二重防御、お願いします!」
「うん、《サンシールド》!!」
陽菜が炎の障壁を追加し、エヴァと半円形の防御陣を作り上げる。だが、中型ニブラは結界の隙間を探るかのように触手を細かく変形させ、差し込んでくる。
「……こいつ、知能がある……!」
「月菜さんは絶対に渡しません!!」
エヴァの声が怒りで震える。焦りと恐怖が混ざり合っている。
(……お兄ちゃん、無事でいて…!)
その瞬間――
中型ニブラが跳びかかり、結界が悲鳴を上げてひび割れた。
「来る!!」
陽菜が剣を構え――
エヴァがカードを正面に向け――
中型ニブラが月菜へ一直線に襲いかかる。
しかしーー
「ぐぅっ!!」
背後から何者かが襲いかかる音。
「エヴァっ!? まさか……」
陽菜の予感は的中した。背後にもう一体、中型のニブラが現れたのだ。
「くっ、油断しました……」
「エヴァっ、大丈夫!?」
「えぇ、大丈夫です……しかし――」
戦況は絶望的だった。前方と背後の二体の中型ニブラ。タクローは重傷で意識不明。エヴァも負傷した。
今、まともに戦えるのは陽菜ただ一人。
(今の戦況を覆すのは難しい……なら――)
「陽菜ちゃん、月菜さんを連れて逃げてください」
「え、え、何を言っているの……!?」




