10話 魔法少女になった日④
風呂から上がった月菜は、濡れた髪をタオルで雑にこすりながら自室へ直行した。
顔は真っ赤、心臓はばくばく。
胸ポケットには――あの紙がしっかり潜んでいる。
(落ち着け私……! 絶対に知られちゃダメ! “風呂場に金髪の女が乱入しました”なんて……説明できるわけない! お兄ちゃんに言ったら即通報案件!!)
ひとり悶絶していると――
「月菜、ちょっといいか?」
「ひゃい!!?」
ノックもそこそこにタクローが入ってきた。
月菜は紙を胸ポケットに押し込み、背筋をカチンと固める。
「な、なななに……?」
「いや、さっき変な声出してただろ。ほんとに大丈夫か? 覗きとか、変なやつとか……」
(いたよ!? 一名確実に!! でも言えるわけない!!!)
「べ、べべ別に〜? なんにも〜ないよ〜?」
棒読みにも程があった。
タクローは眉をひそめる。
「……本当か?」
「ほんとほんと! 世界一なんにもない!!」
「じゃあなんでそんなに汗かいてんだ?」
「お風呂上がりだからでしょ!? 当たり前でしょ!?」
月菜は汗を拭うふりをしながら、胸ポケットを死守する。
だがタクローの兄レーダーは異様に鋭い。
「……なあ、なんか隠してないか?」
「!!!」
(今日に限って勘が冴えるのなんでぇぇぇ!?)
「い、いや〜? 私が隠し事なんてするわけ――」
その瞬間。
胸ポケットの紙が、ひらっと浮いた。
タクローの視線がそこに吸い寄せられる。
「……今、白いの見えたぞ?」
「見えた気がしただけです!!」
「ちょっと見せ――」
「やめてぇぇぇぇっ!!」
月菜は胸元を全力で押さえ、タクローの手をバシッと叩いた。
「なんだよ急に!?」
「女の子には色々あるの!! 乙女の秘密ゾーン触れないで!!」
「いや紙だろ?」
「違います!! もっとこう……説明できないけど……
とにかくお兄ちゃんは触っちゃだめなやつ!!」
月菜は半泣きでタクローを押し出し、部屋から追い出す。
「と、とにかく! 私これから宿題!! お兄ちゃんはリビング行って!!」
「……ほんとに何もないんだな?」
「な・い・よ!!」
バタン。
月菜は背中を壁に預け、そのまま床にずるずる座り込んだ。
(はぁ……危なかった……。これ以上突っ込まれたら絶対バレる……)
胸ポケットから例の紙を取り出す。
「……行きたくない……でも、放っとけないし……」
⸻
月菜は自分の部屋のドアに耳を当てた。
(……お兄ちゃん、まだリビングにいる……このまま出たら間違いなく質問攻め……!)
タクローはそわそわしているらしく、生活音がやけに近い。
(今日のお兄ちゃん鋭すぎじゃない……!?)
そう思いながらカーテンをそっと開けた。
外は夜。風が冷たい。
「……ここから、出るしか……ない!」
二階の窓を開け、下を覗く。
高い。でも降りられない高さではない。
(足くじいたら終わりだけど……背に腹は代えられない!)
月菜は室内を見回し――
「よし。ロープの……代わり!」
体操服、ジャージ、マフラー、タオル、抱き枕カバーを
カーテンレールに結びつけて即席ロープを作った。
「こんなの絶対落ちる……!!」
震える指で結び目を確認し――
(でももう時間が……!)
窓枠に足をかけた、その時。
「月菜、お茶いれるけど飲むかー?」
「ひゃあああっ!!?」
思わぬ声に全身が跳ね上がる。
ロープ代わりの布にしがみつき、なんとか落下を防ぐ。
(やめてお兄ちゃん!! タイミング悪すぎる!!)
「……月菜?」
タクローの足音が階段へ向かう。
(来ないで来ないで来ないで!!)
「い、いらない!! もう寝るから!!」
「寝る? 早くないか?」
「女の子は色々あるんだよ!!」
タクローの足音がリビングに戻る。
(……助かった……!!)
月菜は息を整え、ロープを伝ってゆっくり降りる。
だが――
ビリッ。
「え?」
結び目が裂けた。
「やだやだやだやだぁぁぁ!!?」
月菜は全身でしがみつき、
どうにか尻もちをついて着地。
「……いたっ……けど、成功!!」
スニーカーを履き、庭の影へ移動。
そのとき二階で灯りがついた。
「月菜? 部屋の電気ついてるのに返事ない……」
(ひいっ!? お兄ちゃん!!)
月菜は物置の裏で震えながら隠れる。
「……本気で寝たのか? まさか、こんな時間に外出てるわけ……」
(います!! ここにいます!! ごめんなさい!!)
窓が閉まる音。
(よ、よし……今だ……!)
影から影へ移動し、裏口から住宅街へ。
「……こわ……こんなスニーキングミッション、誰がしたいの……?」
何故小学生の女の子がそのよいな言葉を知っているのかはさておき、公園近くまで走ると――
「月菜さん。よく来ましたね」
「でたぁぁぁ!?!? この出方ほんとやめて!!」
暗がりから金髪の女が静かに現れる。
「監視カメラの死角を完璧に使っていました。流石素質ありますね」
「違うの!! ただお兄ちゃんにバレたくなかっただけなの!!」
月菜の声が公園に響いた。




