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妹は魔法少女になりましたか?  作者: 吉本優
4月

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10話 魔法少女になった日③





 家の前に着くころには、月菜の手はすっかり冷えきっていた。

 吐く息は白く、たい焼きの袋だけがほんのり温かい。


「さむいよぉ……はやく入ろ」


「お、おう……鍵、鍵……あっ、手かじかんで開けづれぇ!」


「だめじゃんお兄ちゃん……ほら、貸して」


 月菜はタクローの手から鍵をひったくり、カチャリと軽い音を立てて玄関を開けた。


「ただいまー」


「ただいま戻りましたー……うお、あったかっ」


 暖かい空気がふわりと二人の頬を包み、冷えきっていた身体がじんわりと解けていく。


「……はぁー……家って天国だなぁ」


「そんな大げさな」


 月菜はくすっと笑いながら靴を脱ぐ。

 その拍子に、ポケットの中でペンダントが小さく音を立てた。


(……これ、やっぱり変だよね)


 胸に不安がよぎる。


「月菜、手洗ってこいよ。早く食べないと夕飯が入らなくなるぞ」


「お兄ちゃんもでしょ」


「俺は犬に襲われて腹ペコだから大丈夫だ!」


「その話はもういいから!」


 タクローの言葉をばっさり切り捨て、月菜は苦笑する兄の後ろを歩いた。


 二人で洗面所へ向かいながら、月菜は思い切って口を開いた。


「ねぇ……さっき話した変な人のことなんだけど」


「んー?」


「ほんとに“アンブラ”って知らない? お兄ちゃん聞いたことある?」


「ーーないな。スパイ用語?」


「そんな気軽なテンションで使う言葉じゃなかったよ……」


 タクローは手を拭きながら肩をすくめた。


「外国人観光客多かったから、誰かと間違われた?」


「……あ、それは……あるかも」


 金髪女性の鋭い視線を思い出しつつも、月菜は少し納得したような顔になる。

 けれど、胸の奥にはまだ重たい疑問が残っていた。


 そんな様子に気づいたのか、タクローはぽん、と軽く頭を叩いた。


「気にしすぎだって。そんな心配なら今度母さんに相談しような」


「……うん、そうする」


「よし。まずたい焼き温めるか。俺、チョコのやつ食うからな」


「それはわたしの!」


「ほら出た、食に貪欲な妹!」


「うるさい!」


 兄妹のやり取りに、さっきの不気味な出来事が少しだけ遠ざかった。





-----





 夕食を終え、月菜は湯気の立つ浴室でようやく息をついた。


「はぁ〜……あったか……。今日はほんと色々あったなぁ……」


 肩まで湯に浸かりながら、例のペンダントを眺める。

 月の模様が静かに浮かび上がる。


(……これ、何なんだろ)


 そう思った瞬間――


 ガララッ!!


「失礼します」


「きゃあああああああああああああ!!?!?!」


 浴室の窓が突然開き、金髪の女性が滑り込んできた。


 バスタオルも巻いていない月菜は、反射的に湯船の中で身体を縮める。


「なっ、なっ、ちょっ……!! なんで入ってくるのっ!? ていうか誰っ!? 変態ぃぃ!!」


 しかし金髪女性はそんな叫びを完全に無視し、ずいっと距離を詰めてきた。


「あなたに伝えなければならないことがあります。この紙に書かれた場所に、今夜――」


「紙っ!? このタイミングで!? ていうか誰なのあなたぁぁぁ!?」


 月菜が湯の中でバシャバシャしながら叫ぶ中、

 金髪女性はお構いなしに紙を差し出す。


「あなたは選ばれたです。だから――」


「だからって何に選ばれたの!? まず自己紹介! あと窓閉めて! 寒いし恥ずかしいから!!」


 月菜の悲痛な訴えに、金髪の女性は一度だけ姿勢を正した。


「……申し遅れました。私は――」


 ――コン……。


「月菜? 悲鳴聞こえたけど大丈夫か?」


 タクローの声。


(うそでしょ……!? なんで今!!)


「や、やだっ! 入ってこないで!! ただの独り言!! 全然大丈夫!! 何も問題ない!!」


「いや、絶対なんかあっただろ!?」


「なんもないってばぁぁぁ!!」


 月菜が涙目で叫んだ、まさにその一秒後――


 金髪の女性は、音も気配もなくスッと姿を消していた。


「…………は?」


 しばらく月菜は湯気の中で固まった。


「ほんとに平気か? 変な声してたけど……」


「へ、平気! 平気だから! 絶ッッ対に入ってこないで!!」


「わ、分かったよ……」


 タクローの足音が遠ざかる。


 月菜は胸の鼓動を必死に抑えながら、濡れた指で紙を開いた。


――“今夜22:00、近所の公園へ来てください”――


「えっ……どういうこと……?」


 浴室に、月菜の小さな不安の声が響いた。




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