9話 オカ研と日文研②
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放課後、校舎の奥。
部室棟の一階、使われていない美術準備室の隣――そこが、オカルト研究部の部室だった。
(……ここ、でしたよね)
エヴァは月菜、陽菜のふたりと一緒に、部室の外の窓まで静かに歩いてきた。
窓のガラスは磨りガラスで中はよく見えない。だが、声は思ったよりも漏れていた。
『なぁタクロー! 昨日の写真、やっぱ本物だったと思うんだよ!! 魔法少女って、絶対どこかに――!』
ショージの声だ。
エヴァは無意識に息を呑んだ。
月菜も陽菜も、ぴたりと足を止める。
(……また“魔法少女”の話題。彼ら、どこまで踏み込むつもりなんですか)
中から、タクローのため息が聞こえた。
「お前さぁ……朝も言ったけど、いい加減夢から覚めろって。あの写真は加工だって新聞部も謝罪してただろ」
「だけど! あんな自然な合成ある? 俺の目は誤魔化されないね!!」
「ショージの目なんか簡単に誤魔化せるっての……」
ミアが呆れた声を出し、優玄太郎丸の落ち着いた声が続く。
「まぁ落ち着け。昨日の騒ぎで、うちの部にも問い合わせが来たくらいだ。学校も早々に火消しをした――つまり、そういうことだろう?」
(……この声の人が、部長の東優玄太郎丸……)
エヴァは耳を澄ませる。
月菜と陽菜は、その肩越しからじっと窓を見つめていた。
「うわぁ、お兄ちゃんの声だ。やっぱりカッコいいなぁ」
「……月菜は黙ってて」
ブラコンを発揮する月菜に陽菜は呆れた表情をしていた。
「でもよ、部長。こういうのって逆に怪しくないっすか? ほら、裏で“何か”動いてる感じが……!」
「ショージ、お前は陰謀論を読むな。心が汚染されるぞ」
「心はとっくに汚染されてるよ!」
月菜がぷっと笑いそうになり、エヴァが慌てて口元を押さえた。
「し、静かに……! 声が入ります!」
「ご、ごめんなさい……」
月菜は心配そうに窓を見つめる。
「でも……お兄ちゃん、もしかして本当は魔法少女がいるって思われるのかな?」
「ふむ、それは判断しかねる)
(タクローさんの口からは魔法少女はいないとは言ってるけど、それが本心だとは限らない)
部室の中では、まだ議論が続いていた。
「俺は信じてんだよ!! 魔法少女は“いる”!! 絶対にだ!!」
「ショージ、声でかいって……! もし本当にいたとして、その子に迷惑かかるって考えねぇのかよ」
タクローの声がほんの少しだけ、強くなった。
「……え……?」
エヴァは思わず息を止めた。
月菜と陽菜も目を丸くする。
タクローは続けた。
「もし、“本物”がいたとして……そいつは人知れず戦ってんだろ。だったら俺らが騒ぐほど、そいつを追い詰めるだけじゃねぇか」
ショージが言葉に詰まった気配がした。
「……タクロー、なんか優しいな」
「別に優しくねぇよ。俺の周りにまで火の粉来たら困るっつーか……」
「わかる。タクローってそういうのに巻き込まれやすいしね」
「五月蠅ぇわミア」
月菜がぽつりと呟いた。
「……お兄ちゃん、優しい」
陽菜も小さく頷く。
「……うん。あれで、ちゃんと人を守ること考えてるんだよね」
エヴァは胸の奥がきゅっと締め付けられるような感覚を覚えた。
(……どうして……あなたがそんな言葉を……)
自分たちの正体を知らないはずのタクローが――
まるで本物の魔法少女を案じるような言い方をした。
部室の中では、優玄太郎丸が話をまとめていた。
「まぁ、どちらにせよ。俺様たちは真実だけを追いかける。願望で世界は動かん。動くのは――証拠だ」
「……くっそ、まぁ今日は飲み込むよ……!」
椅子のきしむ音。
どうやら部活が終わったらしい。
「どうやらオカ研の活動が終わるみたいですね」
エヴァは月菜と陽菜の腕を軽く引いた。
同時に扉が開く音が聞こえてきた。
「ほらショージ、帰るぞ」
「あ〜〜〜くそ! 絶対いるのにぃ!!」
「帰って風呂入って寝ろ。疲れてんだよお前」
「タクローにだけは言われたくねぇ!」
そんな掛け合いをしながら、四人は部室を出ていった。
残った静寂の中で、エヴァは壁に背を預けて小さく息をつく。
(……厄介ですね。ショージさんの魔法少女に対するこだわりも面倒ですが……一番厄介なのは――)
エヴァの胸の奥に、ひとりの男子生徒の影が浮かぶ。
(タクローさん……あなたの勘、侮れません)
月菜と陽菜が心配そうに彼女を見上げた。
「エヴァさん……。お兄ちゃん、なんか……気づいてたりしますか……?」
エヴァは、唇を噛んだまま答えた。
「――わかりません。ですが……気づかれる前に、私たちも動く必要があるかもしれません」
静かな夕暮れに、少女たちは思い馳せていた。




