8話 スキャンダルですよ!⑨
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「タクローさんは白でした。あの時は上手く誤魔化せたみたいです」
時刻は深夜。
エヴァは月菜と陽菜を近所の公園へ呼び出していた。
人気のない夜の公園には冷たい風が吹き抜け、街灯の淡い光だけが三人を照らしている。
「ほっ……よかった……」
月菜は胸を押さえ、へたり込みそうになる。
「お兄ちゃんに危害が加わらなくて……ほんとよかった……」
「でも、油断しちゃだめ」
腕を組んだ陽菜が、いつもより厳しい声で言う。
「タクローさんが巻き込まれていないだけで、状況はむしろ悪化してるの」
「悪化……?」
月菜の表情がこわばる。
「ここ数日、ニブラの動きが不自然なの。散発的じゃなくて……明らかに何かを探している動きに変わっている」
「……探してる?」
「恐らくは、私たちが追っているものと同じですね」
エヴァはきっぱりと言い切った。
陽菜は拳をぎゅっと握る。
「月菜の家に来たあのニブラも、同じね」
「えっ……」
「本来なら単独で動く個体が、今は街の外れで複数同時に反応してる。焦ってるのか、あるいは……目的に近づいているのかも」
「……」
月菜は息をのむ。
「じゃあ……また家に来るかもしれないってこと……?」
「十分ありえます」
エヴァは淡々と告げる。
「だからこそ、タクローさんに変な疑いを持たれないようにしないと」
「えっ」
エヴァは目を丸くする。
「えっ……えええ!? 怪しまれているんですか!? 我ながら良い演技だと思っていましたのに!?」
「エヴァは誤魔化すとき目が泳ぎすぎ」
陽菜は呆れたようにため息をつく。
「そ、そんな事ありませんよ……!」
エヴァは案の定、今も目が泳いでいた。
「むしろあんな嘘を信じる方がおかしい」
「うぅ……」
「そんな……!」
公園の静けさの中、二人の情けない声だけが吸い込まれていく。
陽菜はそんな二人に歩み寄り、穏やかな声で言った。
「大丈夫。完全にバレたわけじゃない。ただ、違和感は与えちゃった。今のままだと、ほんとに巻き込まれる」
「……やだ……」
月菜は唇を噛む。
「お兄ちゃんに何かあるの、絶対いや……」
「それは分かっています。だから対策をしようと思います」
エヴァは二人を順に指差す。
「明日からも普段通りに過ごしましょう。妙な事はしないでタクローさんに気を使いすぎない。いつもの三人に見えるように振る舞うことです」
「う、うん……」
「了解」
月菜も陽菜も表情を引き締めてうなずく。
「それと」
エヴァの声が一瞬だけ険しくなった。
「万が一タクローさんが大きく巻き込まれそうになったら……処置として軽い記憶操作くらいなら、最悪必要になるかもしれません」
「――っ」
月菜は青ざめる。
「ま、待って……それは……!」
「最終手段です。それは変わりません」
エヴァは静かに言い切る。
三人の間に、しばし重い沈黙が落ちた。
だが、その空気を断つようにエヴァが夜空を見上げる。
「……今は嵐の前の静けさ、ですね」
どこか寂しげな声。
「でも、心配はいりません」
振り返ったエヴァは、不器用ながらも頼れる上司の表情で微笑む。
「あなたたちも、タクローさんも。私が守ります。必ず」
その言葉に、月菜と陽菜の胸の重さがわずかにほどける。
「よし、今日は解散。早く帰って寝ましょう。明日も学校ですよ」
「……うん!」
「分かってる」
二人はそれぞれの帰路についた。
夜の公園にひとり残ったエヴァは、風に髪を揺らしながらぽつりとつぶやく。
「……嵐が来なければ……ですね」




