21話 湯煙、白装束女と時々こけし⑦
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「タクローせんぱーい、起きてますかー? おネンネの時間にしては、まだ鼓動がバクバクいってますよ?」
深夜。旅館の部屋はとうに消灯し、部屋では地響きのようないびきと、穏やかな寝息が響いている。
タクローは眠りという時間は与えられず、右に妹、左に美少女と両手とガッチリ結合されたままで寝かされて、目が冴えていた。
「……いや、これは寝れんだろ。というか、腕が痺れて感覚がなくなってきたんだが」
「あら、あたしの体温だけじゃ物足りませんか? ではでは、少し夜の道を散歩しに行きませんか? 涼しい夜風に当たれば、少しはリラックスできるかもしれませんよ♪」
星菜はタクローの耳元で悪魔の囁き……いや、天使の誘いを提案してきた。
ーーーだが、問題が一つ。
「散歩はいいけどさ……。隣のこいつはどうすればいいんだ?」
タクローの右腕にしっかりとしがみついたまま、幸せそうな寝顔を月菜は晒していた。
「……すかぁー……むにゃ、お兄ちゃん、そこは私のおかず……」
爆睡である。
この連結状態では、一人を置いていくことなど物理的に不可能である。
「それはぁ……えいっ♪」
星菜は迷うことなく、自由な方の手で月菜の鼻をギュッと摘んだ。
「ふがっ!? ぶはっ、な、なになに、溺れる!? ――って、星菜ちゃん?!」
突然の呼吸困難に陥った月菜が、飛び起きるように目を覚ます。
そこには、暗闇の中で三日月のような笑みを浮かべた星菜がいた。
「月菜ちゃん、おはよう。夜の散歩、行こっ!」
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浴衣の上に羽織を引っ掛け、タクローたちはこっそりと部屋を抜け出した。
深夜の温泉街は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っている。立ち並ぶ旅館の灯りが石畳を淡く照らし、立ち上る湯煙が幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「おーっ、今日は夏なのに少し肌寒い気がするな」
夜風がタクローの火照った頬を撫でていく。三人は相変わらず、右に月菜、左に星菜ちゃんと肩を寄せ合って歩いていた。
「そうですねぇ。あ、タクロー先輩。見てください、あそこ!」
「ん? なんだ、あそこの土産物屋か?」
「違いますよ! ほら、あそこの電柱の影……ペペロンチーノ星人です!!」
「ペペロンっ!? ――って、そげっぷ!!」
タクローが指差された方に顔を向けた瞬間、視界が火花を散らして反転した。
後頭部に、正確無比な《星菜手刀》がクリティカルヒットしたのだ。
「ぐ、ふ……っ」
膝から崩れ落ちるタクロー。
しかし、手が繋がっているために地面に倒れることは許されず、左右の少女に支えられたまま意識の闇へとダイブした。
「お、お兄ちゃんっ!? ちょっと星菜ちゃん、何するの!?」
「安心して月菜ちゃん。ちゃんと峰打ち(?)だから。……これで、やっと二人きりで話せるね」
意識を失い、ぐにゃりと首を垂れたタクロー。それを真ん中に挟み、少女たちは向かい合った。
「……二人きりって、お兄ちゃんもいるよ。星菜ちゃん、一体何を考えて――」
「タクロー先輩が起きてると、話がややこしくなるでしょ? だから、ちょっと強制スリープモードに入ってもらっただけだよ」
星菜の瞳から茶目っ気が消え、の真剣な光が宿っていた。
「月菜ちゃん。この呪いの元凶を――叩きに行くよ」
「えっ、でも元凶って……やっぱりあのこけしか、白装束女の幽霊?」
「まぁ、十中八九それが原因だと思うよ。アレらを何とかしたら、この呪いも解けるはず」
「でも、そんな都合よく出てくるなんて――」
月菜がふと足元に視線を落とすと――そこには、あのこけしが当たり前のように立っていた。
「よし、じゃあ、壊そう」
「待って待って、こういうのは順序を追わないと呪い返しが――」
物理攻撃で解決しようとする月菜を星菜が制した、その時。
『……十分に、愛しあえたかな?』
「こ、こけしが喋ったぁぁぁっ!!?」
静寂を裂く月菜の悲鳴。
対して、星菜は眉一つ動かさず冷静に応じた。
「なるほど。こけしに霊が取り憑いているんだね」
『……ふふ、君は驚かないんだね』
「おあいにくだけど、あたしは似たような経験、掃いて捨てるほどあるから」
こけしが次の言葉を紡ごうとした、その瞬間だった。
『コ、コココココココッッッ!!!!』
近くの池から、怨念の塊のような白装束の女――華子が姿を現した。
「うわぁあああっ!! で、出たぁあああっっっ!!!」
「月菜ちゃん、叫んでる暇はないよ。戦闘準備!」
星菜が《テラ・コア》を握りしめ、魔力を充填する。
「う、うん。……怖いけど、気合で我慢っ!」
月菜も震える手で《ルナ・コア》を取り出した。
「「《シャイニーパワー・オン》!!」」
温泉街に爆発的な光の奔流が吹き荒れた。
『……驚いた。君たち、魔法少女だったんだね』
無機質なこけしの声に、明らかな動揺が混じる。
「べ、別に……魔法少女じゃないし……」
「月菜ちゃん、照れてる場合じゃないよ!」
月菜は魔装のフリルに顔を赤らめるが、星菜は既に戦闘態勢を整えていた。
『でも、丁度いい。お願いだ……華子を、あの哀れな魂を救ってあげて』




